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マスカブレード  作者: 黒野健一
第六章 裏/霧
102/120

102生惨

 重い鉄のドアが閉まる。

ここは詠と村上の二人だけの空間。

いや、あるいは第三者が存在しているかもしれない。


目の前の可憐な女性、月村詠。

彼女が今、仮面の怪物、魔刃に憑りつかれているのか、否か。

それを見極めるためここに来た。


 詠は買い物袋から食材を冷蔵庫に詰め込んでいる。

野菜、そうめん、麺のつゆ。


「そうめんですか?」

「いえ、にゅうめんです。今日のシメですよ」

「それは……いいですね」


季節は真夏から肌寒い秋に移り変わった。

彼女と出会ってからおよそ数か月だが、村上刑事の詠への想いは本物である。


「そういえば、ハンカチ直接渡せなくてすみません」

「いえ、気にしなくても……そういえば、お互いハンカチを交換してましたね」


 詠はくすっと、笑みを浮かべた。

村上は彼女と出会ってからの記憶をよみがえらせる。

最初に出会ったのは食堂で、彼女を驚かせていしまったこと。

そのあと、自分が大けがを負ったときに救急車を呼んで、助けてもらったこと。

そして、ずっと彼女を見つめていたこと。


「詠さん……」

「どうしましたか?」


ほんの数か月。

夏から秋にかけての短い期間。

きっかけはひとめ惚れ。

怪物をおびき寄せるために付きまとったり、あまり格好のつかないことばかりしてきた。

だけど、ここで一つ、自分の強い意志で懐の『それ』を握りしめ口にする。


「あなたは……詠さんですか?」

「……」


その質問への反応は、たとえば彼女が魔刃と無関係なら意味不明の質問に困惑するだろう。

もし彼女が魔刃に精神を侵されていたのなら、怪物の本性を表すだろう。


だが。


「……」


答えは沈黙、表情は虚ろ。

だからもう一度、今度は握りしめた覚悟の証、拳銃の銃口を彼女の頭部に向けて叫ぶ。


「お前は……詠さんなのかッ!!」

「……くすっ」


凍えそうな冷たい部屋に、先ほどの微笑とは違う、温かみのない笑みを浮かべる。




「くっははははは、きゃはははははッ!!」

「……ッ!!」


村上は引き金を引く。

銃口の先から放たれた弾丸が、詠の額に向かう。

発砲された弾丸の衝撃を受け、彼女は後ろにのけぞる。


もうあと戻りはできない。

愛する人を銃殺してしまったのか、それとも怪物に一矢を報いたのか。

村上は引き金を引いた時点でその二択の未来のどちらが『現実』となるのか、予想はついていた。


だが、その予想は少し裏切られた結果となった。


「いててててて……」


詠の顔には無機質な仮面。

額に当たった弾丸は、刃で切断されたようにきれいに真っ二つになり、床に転がっている。


一矢報いるどころか、まったく効いていない。

二発目は、仮面ではなく彼女の足を狙う。

まだ、彼女の身体までは怪物と化していないと願って。


「いた……追跡者」


二発目を放とうとした直後、発砲音ではなく、窓ガラスが割れる音が響く。

ガラスの破片と共に降り立ったのは、一人の少女。


「自由時間しゅーりょー」

「えぇ~」


突如現れた第三者、銃口はその少女に向けたが、それよりも早く、彼女の懐から何かが村上の方へ飛び出す。

……まるで呪物のような、禍々しい形のナイフだ。

それを村上は腹部に受ける。


「ぐっ、がぁつっ……!」

「明日に備えて今日はもう帰ろー、追跡者」

「はぁ……結局、馴染む身体は見つからなかったなぁ……」


痛みにもがき、血を流す村上に興味をまったく抱いていない二体の化け物たちが、まるで世間話をしているようにふるまっている。


「よいしょ、っと。追跡者、この女の人はどうだったの?」

「まぁ、他の奴よりは悪くないけど……ちょっと地味だったかにゃー」


詠の顔から剥がされた仮面は、窓ガラスを割って侵入してきた少女のもつ、熊のぬいぐるみの顔に張り付く。


「なーんか、一周まわってこのくまちゃんが一番おきにかもー」

「えーーー」


「まて……」


村上は、ただのナイフが刺さったにしては、異常な激痛と奇妙な感覚に襲われながらも、この場から立ち去る二人に向けて銃口を向けている。

だが、当の二人は道端の萎れた花程度にしか思っていない。


「んじゃ、帰りお願いしちゃおっかなー」

「うん、明日は『……の日』今日はゆっくりして備えよ……」


仮面を被ったぬいぐるみを抱えた少女が、割れたガラスの破片を踏み砕きながら窓の外へと向かう。


「ま……て……ッ!?」


痛みで視界が歪む中、なんとか標的を少女の後頭部へ定めた村上が引き金を引こうとしたその直後。

拳銃は、バラバラになった。

破損ではない、なにか『刃物』で切断したかのような、破壊されたのだ。


「あっ……あっ……」


少女とぬいぐるみは窓から飛び去っていく。

それと同時に、床に倒れていた詠の意識が戻る。


「刑事……さん?」

「……ッ」


村上は理解した。

今、自分の肉体に起きていることを。

身体の内側から引き裂かれるような痛みと、体温が消えて冷めていくのを感じながら。


「やめ……ろ」

「刑事さん……おなかに、ナイフが……」


芋虫のように地面をはいずる彼をみた詠は、彼が腹部に刺さったそれが彼を苦しめているのだと思った。

だから、せめて血を止めようとして、彼女は以前のように白いハンカチを取り出しナイフの刺さった部分に手を伸ばす。


「だめ……だ」


声にならない。


「触れては、いけない」


今の自分は、もう、すでに。


「刑事さんまってて、すぐに止血……を……へ?」

「……ぁあッ!!」


うつぶせに這いずり回っていた彼の顔を、詠は良く見えていなかった。

刺さったナイフが床に引きずられ、彼の肉に食い込み、苦痛を与えているのだとそう思っていた。


だがナイフの痛みで、村上がのたうち回っていたのではない。

彼自身が、全身を内側から刃物で裂かれていたから。


『刃物でできた新たな肉体が、人間だった彼の身体を破壊していたから』


彼の顔の半分は、あの怪物たちと同じ無機質なものへと変貌していた。


「あっ……ああぁ」

「やめ、やめぇ……」


彼に触れたと同時に、彼の身体の内側に生まれた『化け物』が詠へ襲い掛かる。

止血をし、赤く染まったハンカチは無残に引き裂かれ、そしてそのまま手、腕、肩、そして首へと見えない刃がすっと進んでいく。


「いやだ……やめてくれ」

「刑事……さ、あっ……」


ぱっくり。


真っ赤な血が引き裂かれた詠の血管から飛び出す。

詠はどこか、遠くを見つめながら、自分の血液に溺れていく。


「嫌だ。嫌だ嫌だッ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!」


血に沈む彼女を抱きかかえ、そして直後に公開する。

彼が触れた肩の皮膚が裂かれ、真っ赤な血が止まらない。


「う……あぁあああああああ!!」


気が動転し、大切な、命の温もりが失われていく彼女を放り投げてしまう。

べちゃり、と嫌な音を立て、人形のような見開いた眼球が、村上を見つめる。

赤く染まった、近くにばらまかれていたガラス片には、怪物と化した彼自身が映る。


村上星、彼の目の前にあるモノすべてが彼を狂気に陥れた。


……そして。


この狂った空間に何も知らずに足を踏み入れてしまった彼が、その怪物に話しかける。


「なんで……刑事さん、なんで……」

「……」


「詠さんが死んでるんだよォ!!」


死んでいる。


死んでいる。


死なせた。殺した。


誰が……自分が。


「うあぁああああああああッ!!」


村上星だったそれの顔は刃の仮面が覆い隠し、そして彼は窓の外から飛び降りると、四足で、獣の様に夕空のしたを駆け抜ける。

どこへ向かうわけでもなく、ただ、狂気のままに。


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