10モーニング
「月村さん、おはようござ……っえ?」
看護師が布団をめくるがベッドの中には誰にもいない。
「うっうるせぇ、セミ!」
同室の病人が窓をバンッと音をたて閉める。
「すこし早いんじゃねぇのか?」
路地裏を走り抜ける詩朗に話しかける。
「店を開いてすぐ来る可能性もある、急がないと!」
仮面を被りながら、人から目立たないルートで喫茶バタフライを目指す。
その喫茶店ではすでに客が訪れていた。
朝のモーニングメニューを頼み、席に着く。
すでに5人、喫茶店の店長を合わせた6人。
そして7人目、店のドアが開く。
「いらっしゃ……」
客の女は仮面で顔を隠しながらつぶやく。
「……朝から騒がしいな……静かにさせてやる」
妙な仮面を被る女に店内の視線が集まる。
コーヒーの匂いで染まっている店内の空気が凍り付く。
女の片腕の巨大な刃、もう片腕は鋭い爪。
コーヒーで眠気を覚ました客たちは彼女が普通の人間でないことをすぐに察する。
「あ……」
「うあぁあああああッ!!」
店内の客たちが店の奥へと逃げ込む。
店長は店から自宅につながる廊下から外に出るように誘導する。
だが、全員が逃げきるまで待っているわけがなかった。
客と共に自分も避難しようとした店長の首に大きな刃が当たる。
「あらぁ店長さぁん?コーヒー淹れてくださる?」
「…………ッ」
つばを飲み込み、カウンターへと戻る。
目の前に座る客は相変わらず妙な仮面を外さない。
震える手でハンドピックを回す。
「あぁ~この匂い、朝にはこの匂いよねぇ~」
コーヒーがカップに注がれると湯気と共に良い香りが漂う。
それを楽しむ女はカウンターテーブルの上を鋭い爪で機嫌よく叩く。
「そうだわぁ……『この子』プリンが食べたいって言ってたわ~あります?」
「……かしこまりました……」
コーヒーを入れるだけでも生きた心地がしなかったがまだ彼女の要求は続いた。
今すぐにも逃げたいが従わなければ間違いなく殺されるだろう。
「……ッ」
準備をするふりをして、自分もこっそり外へ出ようと考える。
もし追いかけてきてもそれはそれで良い、彼の孫の霧香がまだ家で寝ているからだ。
彼女が騒ぎで目を覚まし鉢合わせになるのが最悪であった。
その最悪の状況が実際に起きた。
「おじい……ちゃん?」
さっきの客たちの悲鳴で起きたのだ。
そして様子を伺いにこちらに来てしまった。
「…………あらぁ」
女は気づく、そして霧香も昨日の化け物であると寝起きの眼がぱっちり開く。
「あ……ッあああッ!!」
「や、やめろォ!」
孫に近づく女を後ろから肩を掴んで止めようとする。
しかし彼女に触れたと同時に、力が入らなくなる。
触れただけのはずの手の平がまるでノコギリを握りしめたかのように大きく傷が開く。
「うぉっ……!!」
「おじいちゃんっ!」
女はその場でうずくまる店長の方へと振り向く。
「あらぁ、その手じゃプリンは無理そうね、残念だけど……」
痛みをこらえながら、そして自分の死を悟りながらも孫に今のうちに逃げろと叫ぶ店長。
そんな彼の頭上には、大きく振り上げられた刃。
「ごちそうさま……」
巨大なそれの重さに頼り振り下ろされたそれは店長の首元を狙う。
「いやぁあああっ!!おじいちゃあああんっ!!!」
「……ッ!?」
肉に刃が食い込む感触がした。
しかしそれは斬ろうとした標的ではなかった。
仮面を被った少年が開いたままのドアからものすごい勢いで店内に入り、そしてうずくまる店長をかばった。
そして仮面から声が聞こえる。
「逃げろ、ガキッ!!ジジィ連れて早く!!」
その声にも聞き覚えがある。
霧香はその仮面の少年の正体を悟りながら、両手が血まみれの彼女の祖父の代わりに外につながるドアに手をかける。
言葉は返さない、少女は黙々と祖父と共に店から出た。