本屋で
私は直接家には帰らず、少し遠回りをして本屋へとやってきた。
何故なら今日は待ちに待った新刊の発売日だからだ。
前までは通販でしか買ったことが無く、こうして自分で直接買いに来るのは初体験だ。
私は今、凄くドキドキしている。
「有った。」
新刊の並ぶ棚に置いてあった小説を手に取り、いそいそとレジへと向かう。
私の順番になったので本を出して会計してもらう。
「800円になります。カバーはお付けしますか?」
あれ? どこかで聞いたような声な気がする…
店員の顔を見ると、ゲーセンで犬のぬいぐるみをくれた人だった。
「あ、ぬいぐるみをくれた…」
「ぬいぐるみ? 何の話です…って、お前ゲーセンに居た女か?」
「そうですけど、そのことで少し話が有ります。」
「ちょっと~、会計早くしてよ~」
列に並んでいる他の客が苦情を言ってきた。
「あっ、申し訳有りません。この話は後だ、カバーは要るか?」
「お願いします。」
「先に会計だ、1000円だからお釣りの200円だ。」
何か言葉使いが適当になったが、対応には問題無いので何も言わないでおく。
お釣りにも問題無かったのでレシートと一緒に財布へしまった。
「後30分もしたら休憩に入る、適当に店内で時間潰していてくれ。」
そう言ってカバーした小説を渡してきた。
「わかりました。」
とりあえず仕事の邪魔をする訳にも行かないので、レジから離れて適当に本を立ち読みして時間をつぶすことにする。
今読んでいるのはファッション雑誌で女子高生に人気の『JKティーン』だ。
「この服良いなぁ~、これとこれを組み合わせた方が可愛いと思うんだけど、全部で25000円かぁ~、高いなぁ~」
私があーだこーだと雑誌を見ながら悩んでいると、後ろから声を掛けられた。
「待たせたな。」
先ほどの男性が休憩に入ったらしくやってきた。
「いえ、こちらこそ仕事中に申し訳有りませんでした。」
「此処で話するのも何だから外行くか。」
そう言ってお店の出口へと歩き出したので、私もそれに着いて行く。
お店を出た所でこちらへと振り返った。
「で、話しって何だ?」
「きちんとお礼を言ってませんでしたので。
ぬいぐるみを取って頂き、ありがとうございました。」
男性はきょとんとしている。
「それだけか?」
「それだけですけど?」
「そっか、俺はてっきり…」
「てっきり何ですか?」
「…いや、こっちの話だ。
それにしても髪型変えたんだな、眼鏡もしてないし、最初分からなかったよ。」
「色々と理由が有りまして。」
「理由? ああ、あの動画のせいか。」
「ご存知だったんですね。」
「逆に知らない人の方が珍しいと思うぞ。」
「そうですか…」
どうやらかなりの有名人になってしまったみたいだ。
人の噂も四十九日と言いますし、ほとぼりが冷めるのを待つしか無いですね。
「一つだけ聞いても良いですか?」
「何だ?」
「何で、私にぬいぐるみを取ってくれたんですか?」
「そ、そんな事俺の勝手だろ。」
ぷいっってそっぽを向いてしまった。
でも、照れているのか耳が真っ赤に成っていた。
何かこの人可愛いかも。
「そうですか。では、お礼も言えましたし私はこの辺で。」
私はペコリと頭を下げて帰ろうとした所で、男性が声を掛けてきた。
「お、お前の名前…」
「私ですか? 私は『綾小路 明日香』と申します。
それでは坂本様、ごきげんよう。」
そう言って私は立ち去った。
「お、俺の名前を…」
ポツリと坂本様が呟いたのが聞えたが、そのまま帰ることにした。




