悪:とは
ついにこの時がやって来た。
伝説の装備を全て集め、妖精や女神の加護を授かりし、最強の勇者が今、魔王城の門をくぐる。
「とうとう見つけたぞ、魔王。今こそお前を倒…す?」
勇者の勢いが止まる。無理も無いだろう。何故なら…
「その姿、まるで子供じゃないか!」
「まるで、ではなく間違いなく子供だ。我、二代目魔王は、人間で言うところの十歳程度の年齢なのだ。魔力も弱い。我に出来る事など、低級モンスターを使役する程度だ」
「二代目、というのは…」
「初代魔王─我の父、この世界をモンスターや悪魔が溢れる世界にした諸悪の根源は、先月『セイカツシュウカンビョウ』とやらでポックリ逝ったよ。やれやれ、無駄に豪華な食事ばかりしてるから」
勇者は呆然とした。生活習慣病、今、人間の世界でも問題になりつつあるものだが、魔王がなるものなのか、それ、と勇者は首を傾げる。
「何を呆けておる。早く我を殺せ」
「何を…」
「形だけとはいえ、我も魔王だ。我を殺せば世界中に溢れた魔物族は弱体化し、いずれ人間どもの平和が訪れる。我には父上のような野望も執念も無いからな」
さ、早く殺せ─そう言う魔王に対して、勇者は握っていた剣を収めた。
「何故だ」
「俺は勇者だ。善を助け、悪を滅する。それが勇者のあり方だと思っている」
「そうだ、その悪こそがこのわ…」
「俺にはお前が悪だとは思えない」
「は、何を言ってる。ま、まさか、これが噂に聞く『しょたこん』というヤツか。うわー、ひくわー」
「それは断じて違うっ!」
勇者は咳払いをし、真剣な面持ちで言った。
「悪を成そうとしない魔王など悪ではない。悪ではない、それも子供という弱者を殺めるなど、俺の正義に反する」
それを聞いて魔王はニヤリと笑った。
「ほう、面白い。ならばどうする?我がいる限り、魔物達はどんどん勢力を強めるぞ。我にはアレらを操る力は無い。強い魔物が野放しにされ、世界はどんどん荒れていくぞ」
「ならばお前を、魔物を鎮められるだけの強い魔王にしよう」
クハハハハ、と大声で魔王は笑った。子供の無邪気さと魔王の威厳が混ざったかのようなその笑い声は、ほんの少し勇者を怯ませた。
「滑稽、滑稽過ぎるぞ、貴様。真の阿呆かと思ったわ」
「俺は本気だ」
しかしそんな魔王にも屈せず、勇者は真っ直ぐとした瞳で魔王を見据える。
「そうか、ならばもし、我が強力な悪の魔王になったらどうする?」
「その時はお前を殺す」
「我が強くなるまで時間も掛かるだろう。その間にも魔物達は猛威を振るうぞ。それはどうするのだ」
「ひたすら倒すだけだ」
フッ、と魔王は鼻で笑ったが、
「やはり真の阿呆だな。だが、面白い。良いだろう」
魔王はさながら、友人を遊びに誘うかのような感覚で勇者に言った。
「我を、最強の魔王にしてみせよ」