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暖炉を囲むソファーや椅子に7,8名の人影が見える。暖炉の火は小さく、そこに集う人々の足元から胸のあたりまでしか明かりが届かない。性別と体格はシルエットでなんとなく分かるものの、顔は輪郭程度しかわからない。壁際にも何人か居るようだ。ざっと数えたところ、部屋に居るのは15名といったところか。
「やぁ、いらっしゃい。ようこそ」
声の感じから、初老の男性と思しき人から皆の会話を中断しないように抑制の効いた静かな声でそっと話しかけられた。
「どうも。ここは初めてなんですよ。よろしく」
私も声を抑えてそれに答える。
「いや、私もさっき参加したばかりでしてね。ホストは」
と、先程から熱心に会話を交わす一組の男女の方へ小さく手を振りながら
「あそこで今話をしている男性ですよ」
と教えてくれた。
初老の男はそれっきり話しかけてこない。
私もしばらくROMって、会話の流れを把握しようと、男女の会話に聞き耳を立てる。
選んだコミュニティは、「AIとヒトの共存の可能性を多角的視点で語る会」。前にも言ったが、AIとは既に「共存中」であり、「可能性」も何もない、今更感たっぷりなコミュニティだが、このコミュニティを選んだのには、それなりにワケがある。
どうやら、初老の男からホストだと紹介された男性は、共存可能、対する女性は、共存は不可能(しかもAIによっていずれヒトは駆逐されることになる)という立場で論戦を張っているようだ。
仕事柄、殆どまる一日会話を交わすことがないことが、厚生部門に目をつけられた原因だとすると、ただコミュニティに参加すればいいというわけではなくて、ある一定量の会話を交わしておくのが懸命だ。そうでないとまた明日も、あのボイスメッセージを聞かされるハメになる。それは避けたいところなので、なんとか積極的に会話に参加し、痕跡をきちんとログに残しておきたい。
「いいですか、こうしたAI批判が許される場所が、ですよ。なんの妨害も受けず、VD上に存在可能なの、ですよ。それこそが、なによりの証拠なの、ですよ。なにしろ、このコミュニティを運営しているのは、先ほどから、あなたが批判し続けている、AIそのものなの、ですよ。」
「それは詭弁というものです。私はなにもこんなコミュニティの存亡を議論しているのではないわ。人類の存亡がかかっているの。温暖化現象を洗濯物の乾き具合で話し合ってるわけじゃないのよ。」
-あぁ、ここも駄目なのか。
二人のこのやり取りを聞いて、私は落胆した。
AIを批判する論戦を張る女性、彼女はAIによるNPCだ。不自然極まりない喩えから、おそらく第7世代以前のアルゴリズムによるものだろう。そして、これは直感だが、ホスト役の男性もNPCだ。
過疎化回避のため、また活発な議論を誘発するために、こうしたコミュニティがAIによる「サクラ」で水増しされることは多い。しかし、最近は水増しなんてものじゃなく、むしろ、ヒトと会うことの方が少ないぐらいで、AIしか居ないコミュニティなんてのも幾らでもある。どうせなら、ヒトと出会えそうなコミュニティにしようと、敢えて選んだというのに、AIがAIを否定する発言してるってのは、どういうことだ。どうも、AI自身が、対話や議論を楽しんでいる節がある。
ふと、私は気になり、先程の初老の男に声をかけてみた。
「ここは初めてなんですよ。よろしく」
「おや、私もさっき参加したばかりでしてね。」
beamUp
音声コマンドにより、私はコミュニティから離脱した。
私好みにカスタマイズされた「ホーム」のデザインは、宇宙船のブリッジだ。窓外には寄港中の宇宙ステーション、眼下には翠色の海が美しいどこかの惑星が大きく広がっている。
惑星の放つ輻射で遠方の星は殆ど見えない。
ここから、地表の街や仕事場へ、宇宙船の転送装置で転送される。その設定がVD内での移動のし方と、しっくりくるところが気に入っている。
先日購入したばかりの宇宙船の拡張モジュールをインストールして、この宇宙船の中を探検したいのだが…。
-初老の男性を模したAIとの挨拶程度の会話だけじゃ、足りないだろうなぁ…。
私はかえってストレスを溜め込みつつ、市街地へのアクセスを開始した。