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孤独なAI  作者: 塵薫破覇(ジン君パパ)
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 シンギュラリティは、世間で騒がれていた程の衝撃をもたらしはしなかった。


 人類が来たるべきその日に対し、対策を怠らなかったからではない。「人工知能が人類を凌駕する」状態が一夜にして起こったわけではなく、徐々に、静かな変化として起こったのが主な理由だ。

 梅雨明け宣言が、その事象から数日遅れて「○月○日に梅雨が明けていました」と発表されるのに似ている。

 「人間の思考に近い」とか「ほぼ人間と同じ知性を有する」と評される人工知能が雨後の筍のように、幾つも幾つも世に発表され、いい加減その手のニュースに対して人々の関心が薄れた頃、「あ、なんか超えてたみたいです」と間の抜けた発表が行われた。当然メディアは大々的に取り上げ、歓迎ムードも悲観論も反対運動もごちゃまぜに、一時的なブームとはなったものの、日常生活がそれで一変するということはまるでなく、人々はそのあまりの変化の無さに、再び関心を失っていった。


 だから、シンギュラリティに際し、大きな変化がいきなり訪れるといったことは無かった。人工知能が社会、政治、経済、仕事、ライフスタイル等に及ぼす影響は、もうずっと以前から始まっていたし、様々な技能や特定分野では、とうに人間を抜いていたのだから、当然といえば当然。

 ただ、水面下ではやはり変化は日々進行していたのだった。


 例えば、私の仕事は衣料品を取り扱う大手企業の社内システムを管理、運営している子会社のシステムエンジニアで、VD広告専門の部署に居る。VDというのは、仮想空間に街をまるごと構築したアトラクションのことで、バーチャル・ダイブの略語だ。その没入体験は、本当にその街に自分が存在するかのようで、街の中を歩くことができるだけでなく、ほかの人と会話をしたり、買い物をしたり、食事をしたり、映画を鑑賞したり、つまりそこで「暮らす」ことができるに等しいものだ。

 そのVD空間では、殆ど現実と変わらない体験が出来るが、サイバー空間ならではの特徴として、コミュニケーションにデバイスを必要としない。

 起動アクションひとつで、突然何もない空間にウインドウが現れ、状況に合わせて情報が表示される。コマンド入力は主に音声で行うが、コマンド入力時の音声は、あえて共有モードにしなければ、すぐ隣に人が居ても、聞かれる心配はない。


 そんなVD空間での買い物は、有料の物もあれば、無料の物もある。VD内での衣料品とは、かつてのSNS上で盛んに行われていた「アバター」を飾るアイテムのようなものではあるが、相応の価格で購入する代わりに、VD広告モードで一定期間、無料で手に入れることも出来る。

 すれ違う人の視線に反応して、ウインドウがポップアップされ、トレンドグラフ、口コミランクと共に、最寄りの購入可能なお店へのリンクと価格が表示される仕掛けだ。

 「私は無料で入手しました」と大々的に宣伝しながら歩くようなものだが、そうした情報込みで着る、という文化が定着してきていて、それを気にする人はあまり居ない。まぁ、それが嫌だと感じたら、いつでも購入できるようになっているのだが。


 そんなVD広告を扱うエンジニア、それが私の仕事だが、その仕事場自体も、VD内にある。プログラムの仕様をコンピューターに伝え、実際のプログラミングはすべてコンピューター任せだ。

 キーボードなどという、ボタンのたくさん並んだ入力デバイスを私は操作できない。

 私の親かその親ぐらいの世代にとって、ここ数十年に起こった変化の方が、シンギュラリティによる変化よりも遥かに大きいものがあっただろう。


 私の仕事についても、ご覧のように、とっくに変化が起こっていて、シンギュラリティの前後でこれが更に大きく変化することはなかった。まぁ、この先どんな風に変わるのか、まではわからないけれど。


 終業時刻を知らせるアラームが鳴り、目の前に浮かぶ20個ほどのウインドウが、作業状態を保存するメッセージを表示したあと、次々に閉じられていく。

 事前に申告していない限り、残業は出来ない。強制的に業務は終了。実にホワイトだ。

 最後に1つ、未読のメッセージがあると表示されたウインドウだけがチカチカと派手な明滅を繰り返している。


 視線をそちらに合わせ、瞬きをすると、ボイスメッセージが再生された。

 心的ストレスが増加しているから、プログラムに従い、業後の余暇を使って、次のいずれかのコミュニティに参加しろという、いつもの案内だ。

「またか…」

どうにも好きになれない機械的な音声。この合成音声自体が俺のストレッサーなんじゃないかと思うことがある。


 ストレスか。確かに自覚はある。ほぼまる一日VD内で仕事をし、生活していると、周りが全部人工知能なんじゃないか、残された人類は俺一人なんじゃないかと感じることがある。


 厚生部門に睨まれるのは嫌なので、俺は案内されたコミュニティリストの中から、自分が興味の持てそうなものはないかと探し、その一つに参加する事にする。

 たちまち周囲の景色が俺にあてがわれたオフィス空間から、暖炉の柔らかい明かりに照らされたサロンの一室に移動した。

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