長い冬のおはなし
いまではないいつか。
ここではないどこか。
とある国に、春、夏、秋、冬をつかさどる四人の女王様がいました。
女王様は国の中心にある季節の塔に一人ずつ順番に入ります。
春の女王様が塔にいればその国は春に、夏の女王様が塔に入れば夏。
そうやってこの国の季節はめぐってきました。
あるとき、冬がいつまでたっても終わらなくなってしまいました。
カレンダーはもう五月になっています。草原を気持ちいい風が吹き、暖かくなった大地から小さな芽が顔を出して、この国に命あふれる春がやってきているはず。
しかし、実際は一面の雪景色。身も凍るような風が吹き、大地は固く冷えたままでした。
この国の住民たちも、長く続く冬に困り顔です。
「すげー雪積もってる! 雪合戦しようぜ!」
「かき氷食い放題じゃんやったー!」
「吹雪うめぇぇぇぇー!」
季節は冬ですが、どうやら住民たちの頭には一足早く春がきてしまっているようでした。
ハッピーな生き様をさらす住民たちはともかく、この国を動かす王様はそんな無責任な生き方は許されません。
終わらない冬を終わらせるため、王様はおふれをだしました。
「雪像コンテストやろーぜ! 一番でかいのつくったやつ優勝な!」
王様も春でした。
住人と王様が、はしゃぎながら雪像をつくったりこわしたりして冬をエンジョイしています。
その様子を高い空の向こうから、渋い顔をしてみている神様がいました。
天空の神様は、話が一ミリも進まないことを大変憂慮していました。
そこで、一人の若者に神の言葉を与えて、季節を次に導くことにしたのです。
その若者は、猛吹雪の街角で満面の笑みを浮かべながら何かをつぶやいていました。
空一面の黒い雲に穴が開き、そこから一筋の光が若者にふりそそぎます。
光に包まれた若者に、威厳のある、重厚な声がどこかから聞こえてきました。
『人よ……人の子よ……我が声を聞け……この終わらない冬を』
「すっげー! 誰もいないのに声がする! やっぱりハブギフの連中が俺を監視(以下童話にはふさわしくない表現のため省略)
なんということでしょう、若者はいけない薬を(以下童話にはふさわしくない表現のため省略)
ありがたい神様のお告げでしたが、若者はハッピーな夢だと思い込んでしまいました。
成功か失敗かでいえば、ふつうありえないレベルの失敗でしたが、神様はあきらめません。
今度は相手を慎重に吟味してお告げにのぞみます。
今回の相手は、雪像コンテスト会場で不安そうな顔をして立っている少女です。
前回のように、光をふりそそいで話しかけました。
『人よ……人の子よ……我が声を聞け』
「えっ、なに? だれ?」
初々しく正常な反応に、神様もにっこりです。
『我は天空の神……人の子よ……』
「えっ、神様? 神様! お願いがあります!」
『終わらない冬を……えっ?』
唐突のお願いに出鼻をくじかれた神様はあせりました。実はアドリブが苦手だったのです。
用意しておいたせりふが全部むだになって頭真っ白です。
「私たちのチームがつくってる雪像がどうしてもうまくいかないんです!」
『あ、はい』
「どうすればいいですか!」
『えーと、雪を積み重ねて形をつくるより、大きい雪のかたまりを用意してそれを削って形をつくるといいんじゃない……かなあ』
「! すごい! そんな方法があるんだ!」
少女はきらきらした目で光さす天の方をみます。
「神様! 私たちに雪像のつくり方をもっとおしえてください!」
『あ、うん』
こうしてわりと押しに弱い神様は、少女のチームにアドバイザーとして参加することになりました。
少女と神様はチーム崩壊の危機や、それを乗り越えて成長した少女とかのイベントを経て雪像コンテストで見事な雪像を披露しましたが、不明瞭な審査の結果おしくも準優勝。
優勝した王様チームに対する妬み嫉み僻みにみもだえする神様が、ふとカレンダーをみると六月も半ばをすぎていました。
物語は一ミクロンも進んでいないのに、月日は容赦なく過ぎ去っていきます。
大地はあいかわらず白く覆われています。天気は吹雪が標準装備。
食料もそろそろ底をつき、さすがに頭が春の住民たちも困窮しています。
「今日は氷のステーキ! うめぇ!」
「雪のサラダつくった! うめぇぇ!」
「吹雪うめぇぇぇぇー!」
意外と元気でした。
冷静に考えれば全部水なのですが、なぜか住民たちはつやつやしています。
頭が春になると、精神が肉体を凌駕してしまうのでしょうか。
それとも世の理をこえた領域に到達してしまうのでしょうか。
もう春とか冬とか季節とかどうでもいいのかもしれません。
季節をすすめようとしていた神様は、カレンダーをみたあと全部放り投げました。
今は少女のアドバイザーとして、反王国組織をつくって王制転覆革命政権樹立に夢中です。
このままこの国は永遠の冬に閉ざされてしまうのでしょうか。
しかし希望は失われてはいませんでした。
この国の住民はほとんど春でしたが、わずかながらきちんと冬をしている常識的な人々がいたのです。
その人々は、一般住民が氷のロースト雪のソースがけ霜柱添え(全部水)に舌鼓をうつ横で、残り少ないまともな食料をわけあい懸命に生きていました。
しかし節約に節約を重ねても、生きて食べている限り食料は減っていきます。
ついに常識的な人々は進退窮まるところまで追いつめられてしまいました。
「このままでは……来月までもたないな」
「冬の女王様はいったいどうされたのだ……」
「吹雪うめぇぇぇぇー!」
追いつめられすぎて春に到達する人も出てきました。
常識的な人々は、満面の笑みでかき氷(氷味)をかきこむかつての仲間の姿をみながら、常識を持って生きることの意味について思わず考えこんでしまいます。
自分たちの背負う物を投げ捨て、そこにいけば全ての不安はなくなり、安楽が約束される。
しかし彼らはいまさら生き方を変えることはできませんでした。
自分たちが今まで見て聞いて生きてきた世界、その秩序と常識を取り戻すため、彼らは眼前にひろがる白く冷たい困難に対し戦うことを決意したのです。
この国の冬を終わらせて春を迎えるため、志を同じくする常識的な人々が一人、また一人と集まりました。
総勢二十二人。これがこの国に残された最後の秩序。
全ては彼らにたくされました。
「まずは塔に行き、何が起こっているか確認せねばな……」
「不敬にあたるが……やむをえまい」
「つららうめぇぇぇぇー!」
二十一人になりました。
彼らは国の中心に位置する王宮の中にある季節の塔を、決意をこめたまなざしで見つめます。
普段は王族以外入ることのできない季節の塔ですが、今は王様が雪像コンテストに続くイベント“ドキッ、流氷だらけの水泳大会。コロリもあるよ!”の準備に夢中で、王宮には誰もいません。
まさに千載一遇の機会です。
強い意志を胸に有志たちは、王宮に向かって力強く歩を進めるのでした。
いつも吹雪でどんよりと曇っている空が、めずらしく晴れ間をのぞかせています。
八人の有志たちは今、あけっぱなしになっている防犯なにそれおいしいの的な王宮の扉の前にたたずんでいました。
王宮周辺の人々は、かなり末期の狂……ではなく春になっていて、王様含めて全員もれなくウインター野宿をエンジョイ、その結果このあたりは人っ子一人いないという状態です。
とても静かな空間でした。
風はなく雪も降らず、動くものは八人の人影のみ。
そのうち一つの影が、急にがたがたと震えて、その場に座りこんでしまいました。
「……! おい、どうした!」
七人が震えている一人に駆け寄ります。
「……うまいんだ」
震えている人影は、うつむいて搾り出すように声をだしました。
苦しいような、悲しいような、うれしいような。
「空気が……空気が甘くてうまいんだ……」
「おいしっかりしろ!」
声が弱々しくなっていく人の肩をつかんでゆさぶります。
「奥さんと子供を正気に戻すんじゃなかったのか! おい!」
「そう、そうだ、そうなんだ、またみんな一緒に……そうか、あいつらはこれを……これを……」
がたがたと震えていたからだが、ふっ、と、静かになりました。
七人が固唾をのんでみまもるなか、ゆっくりとあげた顔には、おさえきれない喜びが、笑顔のようなかたちではりついて、そして、そして――
「空気おいC!」
七人はそっと目をそらして、旅立ちを見送りました。
太陽が音もなく雲の向こうに隠れて、白くきらきらと騒がしかった辺りが沈むように静かになりました。
七人は考えました、これまで長い長い冬を耐えてきた自分たちがなぜいきなりここまで減るのか。
七人は考えました、なにかがある、なにかがあるはず。
七人は考えました、減る前と減った今、何がちがう?
七人は考えました、行動を起こしたから? 王宮に向かったから?
季節の塔に近づいたから?
なにかがある、季節の塔になにかあるはず。
五人は互いに顔を見合わせると、無言で走り出しました。
早く、速く、はやくしないと、だれもかれも、いなくなる。
王宮内の離れに、その塔は建っていました。
一人は、最後に残った一人は、白い息を吐き出してその塔を見上げます。
塔は白く冷たくあらゆるものを拒むように見えました。
最後に残った一人、若者は、ゆっくり、自分の歩みを確かめるように塔へと向かいます。
最後に残った者として、残ってしまった者として、近くて遠い所に旅立った人たちの分を背負い、塔の螺旋階段を登りました。
階段をのぼりきった彼の眼前には、大きな扉がたちはだかっています。
この先にある部屋で、春夏秋冬の女王様が、それぞれの季節をうみだしている、そのはずでした。
今、いったいこの部屋で何が起こっているのか。一人残った若者は、大きく息を吐き出すと、その扉に手をかけました。
ゆっくりと開いた扉のむこうには、ごく普通の部屋がありました。
小さな音をたててはぜる炭のある暖炉、暖かそうなベッド、きれいに磨かれているテーブル、その向こうに置いてある大きい岩。
「……岩!?」
突然視界に飛び込んできた、あまりに部屋の雰囲気とあっていない物体に、思わず声がでてしまいます。
若者がその物体を見ながら用途などを考えていると、どこかから奇怪な音がきこえてきました。
「ふっ、ふっ、ふしっ、ふしっ」
妙にリズミカルなその音の発生源の方向をむいた若者が見たのは、部屋の隅ででかい岩を頭上に掲げてしゃがんだり立ったりを繰り返す筋肉の塊のような人物でした。
若者が呆然とその物体の上下運動をながめていると、相手も彼に気づきました。一瞬交差する互いの視線。
筋塊は持ち上げていた大きな岩を、ゆっくりと自分の横に置きました。
ずしんとおなかの底に響きそうな振動が、足元から伝わってきます。
「うぬは、誰だ?」
こちらもずしんと魂の底に響きそうな重低音が筋塊の口から放たれました。
若者は改めて前方にいる物体を注視します。
中に燃え上がるエネルギーを内包した、今にも噴火しそうな肉体。
ドレス(?)から見える胸の筋肉は、鉄板を何枚も重ねたように頼もしく見えました。
丸太と見紛うような足は、なんかびくんびくんしています。
若者の胴体より太い腕からは、ゆらめく闘気が立ち昇ります。
黒くまっすぐ腰まで伸びた髪は美しくきらめき、りりしく太い眉の下には修羅のような目が力強く侵入者を見据え、あとアゴが割れていました。
その物体は、巨体を感じさせない静かで力強い足取りで若者の近くへやってきました。
呆然と見上げる若者へ、全身から湯気を出しながら物体がその重量級の声を放ちました。
「……曲者か」
「えっ、いや、ちがいます! 僕はこの国の国民で、冬の女王様を……」
そこまで言いかけたところで、若者の頭に一つの疑問がうかびました。
「あの、あなたは、その、どなたさまで?」
「我か、我は春の女王」
ウソつけこの肉塊が! という言葉が喉まで出かかりましたが、雪解け水を全部上流に押し返しそうな上腕二頭筋をみては、沈黙するしかありませんでした。
「あの、あなたは春の女王様なので?」
「うむ」
「えっ? あの、その、冬の女王様はどちらに?」
「あの娘なら外の世界が見たいというのでな、我が代わりに冬を担当してその間外に出かけている」
「へ?」
「思ったより冬は難しくてな、悪戦苦闘中だ」
春の女王様は、割れたアゴに手を当てて苦笑い。
人々の思いを背負い、ただ一人残った若者の頭の中にいろんなものが吹き荒れます。
まさか、まさか、春の女王様が無理やり冬を担当したから……したから……みんな……。
若者はそこから先を考えることをやめました。大事なのはこれから、これからどうするかなのです。
「あの、もう七月になりますので、そろそろ春に……」
「ほう、もう七月か。月日のたつのは早いものだな」
なにのんきな事いってんだよはったおすぞ! という言葉が扁桃腺まで出かかりましたが、春の息吹のように脈動する大腿四頭筋をみては、沈黙するしかありませんでした。
「ええ、ええ、早いですね。それですぐにでも春に」
「無理だな」
「えっ」
春の女王様は、眉間にしわをよせて難しい顔をしています。
「我は冬の終わらせ方を知らぬ」
「……」
それくらい聞いとけよボケ! その筋肉は飾り物か! という言葉が咽頭を突破して鼻腔まできましたが、春の新芽が大地を突き破るように盛り上がる僧帽筋をみては、沈黙するしかありませんでした。
「あの、冬を終わらせるにはどうすれば……」
「あの娘に戻ってきてもらうしかないな」
「それで冬の女王様は今どちらに……?」
「知らぬ」
発作的に全力パンチを春の女王様の顔面に叩き込みそうになりましたが、春のそよ風を熱風にしてしまいそうな三角筋をみては、沈黙するしかありませんでした。
「案ずるな、娘の居場所ならばすぐにわかる」
頭を抱える若者に背を向けると、春の女王様は、ベッドの横にある棚から人の頭ほどの大きさの水晶玉を取り出しました。
「これはこの国に古くから伝わる、真実の水晶玉だ。今からこれに娘を映す」
若者は思わず身を乗り出して水晶玉を見つめます。
春の女王様は、伸ばした腕の先にある水晶玉に力ある視線を送り込みます。
「水晶玉よ、冬の女王をその身に映せ! 噴ッ!!」
気合一閃、水晶玉は乾いた音とともに砕け散り、身を乗り出していた若者の顔面に、破片が何個かいい感じにめりこみました。
七転八倒、若者は両手で顔をおさえながら床を転がります。
「ふむ、加減が難しいな」
春の女王様は、両手で顔を覆いながら床でのた打ち回る若者に背を向けると、ベッドの横にある棚から人の頭ほどの大きさの水晶玉を取り出しました。
「これはこの国に古くから伝わる、真実の水晶玉2だ。今からこれに娘を映す」
若者は床で転がりながら、万全の体調ならば全力で突っ込むのにと悔やみました。
春の女王様は、伸ばした腕の先にある水晶玉にそこそこ力ある視線を送り込みます。
「水晶玉2よ、冬の女王をその身に映せ! 覇ッ!!」
今度は水晶玉にヒビが入るだけですみました。
ようやく起き上がった若者が、血にまみれた顔で水晶玉をみつめます。
水晶玉の中に、一人の少女の姿が映し出されました。そして少女の後ろにはたくさんの人々が群れをなしています。
声も聞こえてきました。
「今こそ横暴な王様を打倒して革命を!」
「うおおおー!」
「かき氷ー!」
「フラッペー!」
少女の檄に人々が吼え猛ります。
「あの、もしや、この方が冬の女王様で?」
「うむ、元気そうでなによりだ」
なによりじゃねーよ! なにがどうなってんだよ人肉牧場に売りとばすぞ! という言葉が脳下垂体まで到達しましたが、春眠をそのまま永眠へと導きそうなヒラメ筋をみては、沈黙するしかありませんでした。
それは置いておいて、神様が季節を進めようと話しかけたあの少女、あの少女こそが冬の女王様だったのです。
神様なんだから普通気づいたりしないものでしょうか。史上まれにみるポンコツ神様の称号はもはや避けがたい状況です。
水晶玉の中の少女は、声を張り上げて人々を鼓舞しながら、なんだか見たことのあるような、大きな扉の前にやってきました。
「これより王宮を制圧する!」
少女改め冬の女王様がいたのは、開けっ放しの防犯なにそれおいしいの扉の前でした。
余計なところでだけ迅速な仕事をするポンコツ神様は、わずかな期間で反王国組織をたちあげて、王宮に攻め込んできたのです。
「あの、これは、いったい……」
「王宮にもどってきたようだな。出迎えるとしよう」
そういうと、春の女王様は、状況に振り回されまくって大混乱の若者の横を堂々と歩き、部屋の扉をもいで外に出て行くのでした。
立ち直った若者があわてて春の女王様の後を追いかけて塔の外に出てみると、王宮のあちこちから煙が上がっていました。
余計なところでだけ迅速な仕事をするポンコツ神の手引きで、さっそく略奪がはじまっていたのです。
不穏な空気を感じた若者が、焦りながら春の女王様を探していると、ゆらゆらとゆらめく闘気が空に向かってたちのぼるのがみえました。
そちらの方へあわてて駆け寄ってみると、春の女王様のドレス(?)の上からでもわかるぶ厚い背筋が盛り上がっていました。
そんな春の女王様の前には、あの少女――冬の女王様が黒髪をなびかせながら凛として立っていました。
「もう一度聞こう。戻るつもりはない、と?」
「ええ、私は自由になるの」
春の女王様の背丈の半分ほどしかない冬の女王様でしたが、一歩も引かずに対峙しています。
「どうやら甘やかし過ぎたようだな……すこし痛い目をみてもらおう」
春の女王様が、こぶしをぼきぼきいわせて臨戦態勢にはいります。
「春の女王、あなたは確かに強い……四人の女王の中でも最強の魔力」
冬の女王様の黒かった髪が白銀へと変化していきました。それとともに、凍えるような凍気が冬の女王様の全身から放たれます。
「でも、私も負けるわけにはいかない!」
冬の女王様は、後ろに飛ぶと同時に右手を振り上げました。
「凍れ、凍れ、空も、大地も、人も!」
手の先に氷の塊がうまれ、見る間に大きくなっていきます。
詠唱とともに巨大になった氷の固まりは、振り下ろした腕をはなれて春の女王様に向かって発射されました。
春の女王様は、眼前に迫る氷塊にたいし、右のこぶしを握り締めます。
「ぬうううん! 春の息吹パンチ!」
春の女王様は、迫ってくる巨大な氷塊を、右ストレートで粉々に破壊しました。
きらきらと舞う氷片の中、表情一つ変えない春の女王様をみて、冬の女王様の顔に一筋の汗が流れます。
「さすがの魔力ね……でも」
魔力というよりただの腕力なんじゃないかとおもった若者でしたが、口に出したら巻き込まれて死にそうなので沈黙しておきました。
二人の女王が対峙しているその時、空から一筋の光が春の女王様にふりそそいできました。
「ぬう……!」
『革命の邪魔はさせぬ……』
いまだに少女の正体に気づいていないポンコツ神が介入してきました。
『春の女王よ……お前の魔力は全て封じた』
ポンコツとはいえ神様、しょせん人である女王様の魔力を封じるのは朝飯前です。
「同情はしないわ……私は負けられないの!」
冬の女王様の周囲の気温が急速に下がっていきます。さっきより巨大な氷塊が冬の女王様の頭上に現れました。
「これで、終わりよ!」
冬の女王様の全魔力をこめた氷塊が、春の女王様めがけて、うなりを上げながら突進していきます。
全ての魔力を封じられた春の女王様は、視界の全てを覆うほどの大きさの氷塊を前に、みしみしと音をたてながら右のこぶしを握り締めました。
「ぬうううん! 普通のパンチ!」
春の女王様は、迫ってくる超巨大な氷塊を、右ストレートで粉々に破壊しました。
「えっ」
『えっ』
冬の女王様とポンコツがあぜんとした表情で春の女王様を見つめ、若者は砕けて飛んできた氷片が頭に命中して地面をのた打ち回っています。
冬の女王様は力なくその場にへたりこみました。
「もう……魔力は残ってないわ。私の負けね」
春の女王様は白い地面にすわりこむ冬の女王様に熱気をまとって近づきました。
春の女王様は、冬の女王様へ右のこぶしを差し出します。
「……?」
差し出されたそのこぶしには、うっすらと血がにじんでいました。
「我が血を流すのは何年ぶりか……強くなったな、冬の女王」
『えっ、君、冬の女王だったの?』
「春の女王……」
ようやく気づいたポンコツを無視して、話は進んでいきます。
「自由になりたいといったな、ならばもっと強くなれ」
『じゃ、じゃあ私のやってきたことはいったい……』
「……」
正気にもどったポンコツ。ひょっとしたら、彼も春の犠牲者だったのかもしれません。
「我を超え、人を超え、神を超えろ。そうすれば誰も文句は言わぬ。言わせぬ」
「……暑苦しいわね」
冬の女王様は、ため息を一つつくと、なんだかすっきりとした表情でゆっくり立ち上がりました。
「いいわ、いつかあなたより強くなって、そして……」
冬の女王様が突然驚いたような顔をして、春の女王様の背後を見つめました。
春の女王様はなにごとかと振り返ります。
そこには、冬の女王様の全魔力をこめられた氷塊の大き目の破片が、芸術的な角度で何個もぶっささった季節の塔がありました。
春の女王様と冬の女王様と、ようやく起き上がって吹き出す血をおさえる若者が見つめる中、季節の塔はゆっくりと傾き、崩れ、大地へと還っていきました。
冬の終わりを告げるような、音というものを感じさせない崩壊。
瓦礫の山となったかつての塔をみて、若者は必死に旅立った仲間たちの下へと向かおうとしましたが、長い長い冬を耐えた精神はそうやすやすと春の暖かさの進入を許しません。
誰もが言葉を失っていました。騒がしかった王宮もいつの間にか静かになっています。
その時、静寂をうちやぶり、何者かがいろいろな意味でいろいろな物が崩壊した現場を訪れました。
「おお、なんということだ、この国とともに歴史を刻んできた季節の塔が……」
それは正気に戻ったらしいこの国の王様でした。
「王よ、貴様なにをしていた」
春の女王様は腕組みをして威圧感たっぷりに訊ねます。雪を食べてみてまずいことに絶望している若者が思わず振り返るほどの重圧でした。
「なにか……なにか悪い夢をみていたようだ」
悪い夢というか、王様は、ノリで革命組織の一員として元気に略奪中だったのです。
「この国を支える要である季節の塔は失われた……どうするつもりだ」
春の女王様の言葉に、王様の眉間に深いしわが刻まれました。
王様の苦悩、懊悩、煩悶、それらが表情に底のみえない影を落とします。
この国を治めるものとして、責任を果たす時がきたのです。
「こうなればやむをえぬ……近くにある季節の塔2を使う!」
「なんなんだよこの国は!!」
若者の魂の叫びが、ようやく終わる長い冬の空に響き渡るのでした。