8
二人がギルドを出て、すぐに宿とは反対の廃屋の多い地域に足を向けた。
人が住まれなくなり、崩れた日干しレンガの家が多くなってきた。チラチラと犬人族の子供の姿が見られた。垂れた耳とボサボサの髪、布切れをまとっているかのような服を着て、裸足で物かげを走り、二人を伺っているようすだった。
パーンは人の少ない方を選ぶように進み、崩壊が進み、土台しかないような一角に出た。
買ったばかりの炎のような紋のある剣を抜いたパーンの背中にクメルが回り、背に担いでいた盾のように大きな戦斧を構えた。
「臭いな。」
「腐臭。ろくでもないものたち。」
逢魔時、延びた廃屋の影よりおぞましいものたちが姿を見せた。それらは人の形を成しながら、背中に大きな瘤があり、手足にはまだ枯れきっていない肉が垂れ下がり、その腐汁を滴らせ、ゆっくりと進んできた。
おおおお……… ぉぉぉおおおおおぉぉぉ………ぉぉおおおおぉ………
毛のない灰色の肌に虚ろな眼窩に乾いた飢えの意思を漲らせ、乱杭歯がむき出しの犬のように伸びた口から呆けた声を響かせ二人に迫ってきた。
「なんなんだ?」
「食屍鬼、グール。ジャッカル族とは違う。本物の悪魔。」
「切れるのか?」
「さあ?ただ、これを召喚した魔法使いはどこかにいるはず。」
ゆらゆらと迫ってくる手前のグールに狙いを定めたパーンは剣を振りかぶり、左肩から袈裟斬りをした。カサついた手ごたえとともにグールはなかば、ちぎれたようになって地に伏した。
「剣で切れるのなら怖くはないな。」
頷いたクメルは戦斧を構え、迫ってくるグールに背中を見せるように振りかぶった。彼女は右の踵を支点に一回転した。
クメルの体に響くような手ごたえとともに、グールの腹部に戦斧の刃がめり込み、悪魔は二つ折りになった。
「ンフゥ。やっぱり使える。」
満足そうなクメルのため息が漏れた。
パーンはグールに挟み撃ちにされていた。グールたちの武器はその汚らわしい両手の伸びた爪と不潔な牙だった。彼らは仲間のグールが倒されても全く気にする様子なく、迫ってくる。パーンの剣が正面のグールの頭部に突き刺さった。その間に背後のグールが距離を詰めてきた。
「ふんぬ。」
パーンは気合いとともにグールの頭蓋骨に刺さった剣をさらに深く突き刺しながら前に進んだ。だらりと垂れたグールの両手は動く気配がない。
力自慢のパーンはそのままグールを持ち上げた。そして、体をひねり、背部から迫るグールにぶら下がった悪魔の死体をぶつけた。
決して軽くもないその腐肉の塊をぶつけられたグールは転倒した。そしてパーンはそのまま伸びた剣の切っ先で倒れたグールの鳩尾を貫いた。
二人分の悪魔の体を串刺しにした剣は付け根まで埋まってしまった。
無駄に生命力のあるグールはしばらくもがいていたが、身動きをやめた。
パーンは右足で死体を踏みつけて、剣を引き抜いた。
「こんなものか?」
パーンが辺りを見回した。
クメルもあと二匹倒したようで、全部で六匹のグールがタールのように黒い血の沼に伏していた。
「子猫、どこだ?」
いつの間にか自分の連れのような顔をしている猫族の子供が見えず、パーンが呼びかけた。
「クメルだ。いい加減覚えろ、パーン。」
少し離れた廃屋の影からフード付きのローブに包まれた人影を引きずって、クメルが出てきた。
「なんだ?」
「食屍鬼を操っていたやつ。足の腱を切ってあるから逃げることはできない。」
クメルが放り投げた魔導師は平たい顔をし、額がせり出ている。鼻があった位置には名残の穴らしきものが二つあり、まぶたがなくなり、大きく突き出した両目が赤く濁った異形の男だった。
「さてと、吐いてもらうか。」
「これだけの食屍鬼を使役できるってことは、単なる魔法使いじゃない。」
「きさま、どこ、やった。」
「何の話だ?」
感情を読み取ることができない魔導師のいびつな発音の声にパーンは眉を寄せた。
「しら、ばっくれ、るな。」
「知らんものは知らん。」
よたよたと起き上がり、指の間の水かきが広がった奇妙な両手を広げて二人に詰め寄ろうとした魔導師はパーンのつま先で蹴り飛ばされた。
男がひっくり返るとローブがはだけ、ぶかぶかの服の上につけられていたペンダントが現れた。それは歪んだ五芒星の中央の横長の楕円、その中央にはみ出すような点があり、邪悪な意図を持つ人間のまなこのようだった。
「パーン!こいつ、邪神教徒!!」
「おぅ!?」
「ちっ!!」
魔導師は不器用に印を構え、二人に理解不能な、まるでゴムをこすったような不快な高音のかすれた言葉を発した。男を中心に空気の壁ができ、パーンが弾き飛ばされた。
「しね!」
いくつか手を組み替えて印を結び変えながら、呪文を唱えた魔導師は自分の喉を切り裂いた。
血飛沫が舞い、それが地に着くや否や焦げたような匂いのする毒となり、大地を汚した。
パーンはクメルとともに転がるように逃げ出した。
「骨すら残っちゃいない。」
ギルドの高報酬の事案をみすみす失った二人は肩を落とし、宿に戻ることに決めた。
重い足を進ませていた二人は一言も口を開かなかった。彼らをつけていた犬族の子供たちも先ほどの死闘に恐れを抱いたのか気配すらなかった。
星が明るくなるような時間に宿に戻った二人はお湯とたらいをもらい、中庭で血と土を流した。パーンが大きなたらいの中で髪を洗っているクメルに声をかけた。
「子猫、お前、獣人族のくせに学があるな。」
「クメルだ。馬鹿人間。いい加減、人の名前を覚えろ。…育ててくれた黒猫族は人よりも学がある。それが長生きの秘訣。」
「親たちが教えるのか。」
「うん。」
水が流れる音がしてパーンが振り向くとクメルが頭からお湯をかぶっていた。
ペルシャ猫族は他の猫族よりも体毛が薄く、顔立ちもほぼ人族だ。子猫とはいえ、引き締まった成長過程の少女の裸体に流れるお湯はランプの炎をすかし、美しさを際立てた。
だが、パーンにとってはただの子猫でしかなかった。
「なるほどな。…あいつが話していたことに心当たりがあるか?」
「わからない。」
「俺もだ。…ナンナのところで聞いてみよう。」
「ナンナ?」
「あのときの奴隷だ。」
「ああ。……変な病気はもらってくるな。」
「……」