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この日のクメルはパーンよりも早く起きていた。
猫族は必要がなければ、人族よりも多く寝る体質であるが、育ち盛りの子猫は空腹で目が覚めてしまった。
早朝の露天市は大陸中の売り物を争ってやり取りするよりも、その準備をする商人のための朝食を作る露天商のためのものだった。
南のオアシスの人間は朝食を食べる習慣に乏しい。
だが露天商たちは書き入れ時になるといつ食べれるかわからないため、朝に食べるものも多い。その代わりに豆のスープや麦の粥などの軽いものが多い。
クメルは昨晩重いものを食べたので、豆のスープと新鮮な果物を求めた。素焼きの器に盛られたスープを飲み干すと、ウリのようなメロンのカットされたものをかじりながら露天市をうろついた。
スンスンと鼻を動かすと様々な果実や野菜を入れ、ハーブで香り付けをしたよい匂いが漂っている屋台にたどり着いた。
「あぁ、嬢ちゃん。今は仕込み中だよ。昼になったらおいで。」
「何?」
「羊の串焼きにこのソースをかけて食べるんだよ。あとはビリヤニだね。」
「ビリヤニ!!」
人の良さそうな露天商のオヤジの言葉にクメルの尻尾が膨らんだ。
ビリヤニとはサフランで香味付けされた米にヨーグルトやハーブ、香辛料とぶどうの酢で漬け込んだ鶏肉を乗せて蒸し焼きし、トッピングにゆで卵をもった料理である。
「うちのビリヤニは特製だ。オアシスのエビやカニを肉の代わりに使っているんだぞ。」
「エビ!!カニ!!」
オアシスの泉にも魚はいる。それほど種類は多くないものの、ザリガニみたいな小さな川エビや沢カニもいる。オアシスの人族、獣人族は概ね肉好きのものが多いが、転生の無駄記憶を持つクメルにとって魚介類は夢にまで見たご馳走であった。
「来る!!絶対に昼来る!!」
「ああ、とっといてやるよ。」
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期待に胸を膨らませていたクメルはパーンを引きずるような勢いで朝に来た露天商に向かった。
「おお…」
クメルは素焼きの皿に盛られたサフランで色と香り付けされたご飯の上に盛られたほのかに赤みのあるエビ、大理石にも似た白い肌を見せるゆで卵に感動していた。
この店は丁寧にもオリーブ油をニンニクで香り付けして、その上に米とマリネを重ね、蒸し焼きにしたようで、パエリアのような味付けになっていた。
震える手で持った木の匙ですくったビリヤニを口に運んだ。米の中に沢ガニの身がほぐして入っていた。
「勝利…絶対的勝利…」
「何を言っている?」
「うまい。果てしなくうまい。」
「まあ、いい味をしていることは認めるが、俺は肉がいい。」
「この味がわからないとは。やはりパーンはパーンだった。」
「お前は何を言っているのだ?」
理解できないといった表情のパーンを横にクメルは貪るようにビリヤニをかっくらった。
満腹になった二人はギルドに顔を出した。
ぽつりぽつりと冒険者がいる中で二人は依頼の壁に向かった。クメルはパーンに依頼の内容を読み聞かせていた。
「東ウルスの枯れオアシスにある砂豹の洞窟の中の探索、ネフィリムの討伐がどっちも金二十五枚。」
東ウルスは王都から見て北にある。砂漠の王と呼ばれる魔獣、砂虫の生息地として有名であるが、大きなオアシスも多く、農耕地としてもよく知られている。砂豹は獣人でも魔獣でもないが恐ろしく好戦的で音もなく獲物の首を噛み切る恐ろしい獣である。
ネフィリムは流浪の民と呼ばれ、人族よりも前の時代に大陸に覇を唱えていた巨人族である。今はもう数を減らしているも、人族や獣人族とは共存ができない荒々しく危険な種族である。発見次第、討伐が行われるが、三倍近い数で攻めなければ、返り討ちにあうと言われるほど強い。
どちらも危険性が高いということで破格の報酬となっているのだろうが、一般の冒険者たちはそれでも割りに合わないと感じているのか、依頼の壁からは剥がされたことがない。
「花街の依頼はないか?」
「花街?なんで?」
パーンはクメルにナンナから聞いた話をした。クメルは渋い顔をした。
「多分、こない。衛士隊が出張っているから。」
「なるほどな。」
「おすすめは商人の護衛。それほど高くないけど、ご飯が出る。」
「どれくらいの間、ここを離れることになる?」
「月の半分ほど。満月が新月になるまでくらい。一日銀十枚だから無事に帰ってきて、成功報酬も含めて一人金二枚くらい。」
「悪くはない。が俺は馬鳥に乗れない。あとそんなに街を離れるつもりはない。」
「……馬鳥の荷車に乗ってたはず。」
「荷車だったら大丈夫だ。」
「冒険者はそんなもので行かない。金がかかるし、目をつけられやすい。」
「洞窟の探索はどうだ?」
「まず、馬鳥に乗れないと無理。遠すぎる。洞窟の深さもわからないから、情報収集や準備が大変。あと砂虫の動きが弱くなるのは雨季。その前に奴らはたくさん食べるから、今はあっちの砂漠はかなり危険。」
「……」
「王都でできる仕事はパーンには合わない。簡単すぎる。」
「隊商の護衛も退屈そうだがな。飯が出るのはいいが。」
「王都の仕事は借金の取り立て、脱走奴隷の回収、邪神教徒の殲滅。」
「最後は楽しそうだ。」
「いるかいないかわからない。なんでこんな依頼があるのかすらわからない。」
「どこらへんが冒険者なんだ?」
「さあ。」
「とりあえず、帰るか。」
「その方がいい。明日は早く来るといい依頼があるかもしれない。」
「起きたらな。」
「それには同意する。」