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蛮族の王とわたし(仮  作者: 明日葉
3/9

 二人は露天の市場で酵母の入っていない平たい石のようなパンと馬鳥の干し肉、干しあんず、水の入った皮袋を買った。

 「あんずはいらなかった。」

 「肉ばかり食べると長生きしない。」

 「本当か?」

 「疲れやすくなる。」

 頷いたクメルの口の中では何かをコロコロさせていた。

 「何を食っている?」

 顔を上げ、パーンに舌先に載せたものを見せた。

 「石か?」

 「岩塩。汗を出し過ぎると急に体が動かなくなって熱が出る。塩と水を取っていれば少しは防げる。」

 クメルはパーンにもう一つ買ってあった小石ほどの岩塩の塊を渡した。パーンは素直に口の中に入れた。

 「暑い日の長い戦いのとき、倒れる奴がいたが、そういう理由だったのか。」

 「そう。」

 クメルの前世の記憶の知識でもあったが、同じようなことを二度目の親猫になった黒猫の母からも教えられた。黒猫族たちは目立たず動く訓練を多くしていた。暗殺や偵察などによく呼ばれるためだと聞いていた。忍び込んだ時、何日もその場にとどまることもある経験の賜物だそうだ。 


 乾いた赤い大地の上に店を広げる白い服を着た商人たちは、麦や豆、オアシスの特産物であるナツメヤシの実や玉ねぎ、芋などの農産物や家畜や野生の肉を売る店、簡単な料理その場で作り、食べさせる店や甘い薬草茶の露天売りなどが出ている。

 中には鋭いナイフで髪を切ると床屋まであった。様々な種族の様々な言葉の呼び込みが露天市はさすが王都と呼ばれるだけあった。


 それらを冷やかしながらパーンとクメルは王都の南門にたどり着いた。

 南門が一番人通りが多いと商人が話していた。それを聞いたパーンがそちらに向かったのだった。

 「これからどうするの?」

 門の周囲を見回していたパーンはクメルの言葉に振り向き、門のそばの空き地を指差した。

 「あそこにする。」

 首をひねるクメルを横目にパーンは空き地の石に腰を下ろし、口から岩塩を取り出し、干し肉を齧りはじめた。クメルもその横に腰を下ろし、干し肉を口に入れしゃぶりはじめた。

 「堅いぞ。」

 「動けなくなった年寄りの馬鳥のモモだから、当たり前。」

 「まずい。」

 「その分安い。」


 石積みの門は二人の衛士が出入りを監督していた。日に焼けないように幌をかぶせた荷車を引く馬鳥たちが青黒い舌をでろりと出して黙って立っていた。

 「荷物はなんだ?」

 「はい、布と岩塩です。」

 「よし行け。」

 「ありがとうございます。」

 商人は腰を低くして革鎧と白い布を頭にまとった衛士の前に置かれた素焼きの器に銅貨を数枚を入れて去っていった。


 荷物を持たずに王都を出るものたちは衛士に手形を見せていた。


 まだ日中は暑い日が続き、砂混じりの熱風が吹きすさんだ。衛士たちはこまめに交代して休みを取っていた。

 二人はダラダラと門の様子を眺めていた。


 日も落ち、星が出る頃になると地面の熱が空に上がり、急激に冷えてきた。

 かがり火がたかれ、人通りもまばらになった頃、荷車を数台連ねた隊商がやってきた。慌てている様子が二人の目からも見えた。クメルの鋭い鼻にかすかに白粉や香油の香りが届いた。

 地面の上で横になって口の中の岩塩を転がしていたパーンの目が鋭くなった。


 「早くしろ!こっちは急いでいるんだ!!」

 「あぁ、荷物はなんだ。」

 「商品だ。」

 太って禿頭の商人が偉ぶって衛士たちを見下していたが、鋭い目つきで睨み上げるとすぐに目をそらし、唾を吐き捨ているように答えた。


 商人が荷車の後ろの幌を開くとさらに匂いが強くなった。


 「白粉くさい。」

 「ああ、だろうな。」


 商人が銀貨を投げつけるようにツボに叩き込むと荷車の御者席に乗った。

 御者が鞭を打ち、荷車が動き出した。

 パーンは立ち上がり、大きな剣を背中に背負った。慌ててクメルも口の中の干しあんずを飲み込んだ。


 「どこに行く?昼からあそこにいただろう。怪しい。うさんくさいやつだ。」

 若い衛士に止められたパーンは首にかけられたギルドの証を指で弾いた。

 「盗賊狩りだ。」

 年配の衛士が鼻を鳴らした。

 「あいつらは、いいカモになりそうだったな。」

 「だろう。」

 「わかった。行け。」

 頷いたパーンとクメルは隊商の轍の後を追いかけた。


 「なぜ、あれが襲われると思った?」

 「あの商人は奴隷商だ。闘技場で何度か見かけた。荷車には奴隷女たちと金が載っているんだろうな。荷車は三台、御者は一人づつで護衛は二人しかいない。どう見ても襲ってくれと言わんばかりだ。」

 「なるほど。どうして慌てている?」

 「昨日の反乱で逃げ延びた奴らの報復が怖いんだろう。」

 「あぁ…。で、後をつけて、盗賊が出てきたらやるの?」

 「いや。」

 予想外の返事にクメルはまた顎が落ちた。

 

 二時間ほど歩いたところで隊商に追いついた。

 二人は付かず離れずで荷車を監視しながら星空の下を歩いた。クメルがパーンの右の人差し指をつかんでひいた。

 パーンも頷き、街道脇の砂の上で腹ばいになった。


 隊商が止まった。


 しばらくして、怒号が響き、血の匂いと松明のもえさしの匂いが立ち込めた。まだ剣戟の音が聞こえる。

 「こんなところで狙われるなんて、王都の衛士隊も侮られたもんだな。」

 「奴隷の反乱のせいじゃない?」

 「かもな。」

 二人は街道から離れ、ゆっくりと近づいた。護衛の一人は既に息絶えていた。ただ二人ともなかなかの強者だったようで盗賊たちが五名ほど息絶え、さらに多くの男たちが怪我をして動けずにしていた。

 ぜい肉の塊のような商人は既にこと絶えていた。


 「程よく数をへらしてくれたようだ。何人くらいいける?」

 「うまくやれば二、三人ほど。意外と隙がない。」

 「ああ、思っていたより手練れだ。行くぞ。」

 パーンはそのまま、隊商に歩み寄った。

 クメルは彼から離れ、陰から陰に進み、荷車の影までたどり着いた。


 「なにもんだ!」

 盗賊の野卑な叫び声は悲鳴に変わった。斬撃の音が響き、パーンがはじめたようだった。


 すぐに慌てた足音が近づいてきた。


 「ちくしょう!!あんな男、見たことがねぇ!!まるで鬼神のようだ!!」

 「奴隷女たちを引きずり出せ!盾にするんだ!!」

 男が幌に手をかけてあらあらしく開いた。


 怯えた女たちの悲鳴が宵闇をつんざいた。


 手短の女の白い腕を掴もうとした男の手は宙をつかんだ。


 急によろめいた男の足首から激痛が走ったが、悲鳴をあげる前に銀色の光が走り、喉から熱い血が噴き出した。


 「おい!!どうしたんだ!!」


 声をかけた違う盗賊の男の胸にうねった短剣の刃が生えた。


 クメルはクリスと呼ばれるうねる刃を持つ短剣を引き抜き、男の背を使って荷車の幌の上に飛び乗った。


 さらにもう一人の男がやってきた。地に伏した二人の盗賊の骸を目にした男は奴隷女に叫んだ。 


 「てめぇら、誰がやったんだ!!」

 女たちはおびえて声を発することもできないでいた。


 荷車に近づいた男の背に何か動く気配がした。


 振り返った男に幌の骨組みに足をかけて逆さになったクメルのククリが襲いかかった。男は前転してそれを逃げた。

 舌打ちをしたクメルはそのまま地面に飛び降り、荷車の下に入った。


 「くそっ!もう一人いたのか!?」

 盗賊はそれでも女を引きずり出そうと近づいたところで、荷車の脇から這い出たクメルが両手に短剣を持って襲いかかった。


 低い姿勢のまま、クメルは男の懐に飛び込んだ。


 男はクメルを蹴り上げた。


 彼女はその足に取り付き、男は体勢を崩して倒れこんだ。上に乗ったクメルは剣を握っていた男の右手をかかとから踏みつけた。乾いた骨の折れる音がした。


 獣のような男の雄叫びとともにクメルを乗せたまま、無理やり起き上がった男は転がったクメルをさらに踏みつけようとした。

 ゴロゴロと転がったクメルは男の間合いから外れた。落ちた剣を左手で握った男は振りかざした。

 が、急に男は左手を力なく下ろし、前のめりに倒れた。


 クメルはククリとクリスを下ろした。


 「終わったぞ。」

 「わたしの獲物。」

 「子猫が欲張るな。」


 パーンについてクメルが表に向かうと残っていた護衛も死んでいた。クメルがパーンの顔を覗き込むと彼は首を横に振った。

 「俺じゃない。」

 あたりをよく見ると一際大きな体の盗賊の首がなくなっていた。

 盗賊の服を剥がしたものだろう、小汚ない布に包まれた丸いスイカのようなものの底から黒い液体が滲み出ていた。


 「依頼完了。」

 「ああ、早く済んでよかった。」

 「女たちはどうする?」

 面倒なことを思い出させられたパーンは口を曲げてまた荷車に戻った。

 荷車の中には四人の奴隷女がいた。

 「わ、わたしたちはどうなるの?」

 「どうしたい?」

 「に、逃がしてください!!」

 叫んだ女の首には黒い奴隷の輪が閉められていた。


 クメルは駆け出し、死んだ奴隷商の懐や荷車の中をあさり、肩を落としてまた戻ってきた。

 「無理。鍵がない。」

 「駄目だな。戻るぞ。」

 女のすすり泣く声も聞かず、パーンは死んだ馬鳥と生きている馬鳥を付け替え、女たちの荷車に商人の財産を積んで王都へと戻った。


 明け方、南門にたどり着いたパーンを若い衛士が出迎えた。

 「まさか、盗賊たちを倒したなんて言わないよな。」

 呆れた顔と震える声で衛士はパーンに声をかけた。


 クメルは無言でまだ湿った布の包みを持ち上げた。鼻がスピスピと言っていた。


 驚いた衛士はパーンたちをそこで待たせ、衛士隊の隊長を呼び出した。起きて待っていたかのような革鎧を身にまとっていた隊長は驚きにしばらく声が出せずにいた。

 すぐに元の表情に戻った隊長が口を開いた。

 「何人いた?」

 「二十人ほどだ。俺たちが着く前にもう始まっていた。護衛が数を減らしてくれていたので助かった。」

 「そうか。何人殺された?」

 「護衛二人、あとは商人だけだ。」

 「お前たち二人で残りを喰っちまったのか?」

 パーンは頷き、クメルの鼻音はさらに強くなり、ふんふんと息荒くなっていた。

 「よくやってくれた。確認に衛士を見にやらせる。」

 「街道上だ。鳥馬の駆け足なら二時間足らずだ。」

 「わかった。」

 「俺たちは冒険者ギルドに向かう。」

 「まだ早い。やってねぇよ。ここで待ってろ。茶でも出してやる。」

 「酒がいい。」

 「朝から酒飲むやつはクズ。」

 恐ろしい目つきでクメルを睨みつけたパーンだったが、クメルは知らん顔で血で汚れた手と顔を洗いに行った。


 衛士が戻るまで、クメルは干しあんずと熱い茶を、パーンは干し肉に水を口にしていた。

 商人の遺族と名乗る女がやってきた。

 黒いベールで顔を隠した彼女により、奴隷女たちは主人が死んだために競売に出され、新たな商人の手で売られることになった。

 商人の財産はわずかばかりの謝金としてパーンとクメルに渡され、残りはその女の手に渡った。それでも二人にはひとり金二十枚が残った。


 夜通し戦っていたため、眠たいクメルは王都の門の影で丸まっていた。パーンはいつもの習慣で剣の型を繰り返し行っていた。


 昼食を食べる頃合いに街道に出ていた衛士隊が戻ってきた。

 砂漠の動物たちに食い荒らされていた様子だったが、盗賊たちと奴隷商人たちの遺体が確認され、パーンとクメルはギルドに向かうことを許された。


 ギルドは朝の混雑がひと段落した弛緩した空気が漂っていた。

 二人が丸い荷物を持って現れた。

 濃ゆい血の香りに獣人達が振り返り、それを見た人族が二人を注目した。

 乾燥した砂漠の空気に盗賊の頭を包んだ布の血は固まり、受付の台の上に乗せても汚れはしなかった。

 受付には昨日と違い、今日は黒い肌をした違う男が座っていた。彼は布の隙間からちらりと確認して、すぐに床に置いた。

 そして報酬である金九枚、銀九十九枚と銅九十五枚が支払われた。

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