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蛮族の王とわたし(仮  作者: 明日葉
2/9

 闘技場の火災は夜明け前に自然に鎮火した。


 そこに閉じ込められていた奴隷戦士たちや魔獣は逃げ出したが、つかの間の自由の代償にあらかた王都を守る衛士隊たちによって成敗されてしまった。

 生き残ったうちの大半は獣人族と勝率の高い奴隷戦士たちだった。

 鞍をつけた馬鳥たちにまたがった衛士たちが駆け回る中、パーンとクメルは日干し煉瓦の崩れた廃屋の陰で眠っていた。


 うなーっと伸びをしたクメルは鋳鉄の剣を抱えた男を見た。


 油と血の匂いが微かにする男は陽の光の下では、思っていたより若い顔つきだった。

 「なぜ、ついてきた。」

 目を閉じたまま、パーンが話しかけた。

 「これ、あなたがした。」

 男は両目を開き、首を傾げた。

 「あなたから油の匂いした。強いのに反乱しないで逃げていた。違う?」

 パーンから殺気の匂いが強くなった。しかし、クメルは慌てなかった。

 「きっとあなたについて行けば、逃げれる。そう思った。」

 獣人族の鼻にかかる訛りと初めて交わす幼いながらも美しい少女との会話にパーンは戸惑った。獣人族はあまり頭を使わないという思い込みもパーンの考えをまとめる邪魔をした。

 「起きたなら、はやく冒険者ギルドに行こう。」

 「なぜだ。」

 「奴隷は冒険者になると一時的に奴隷の身分を免除される。」

 「…そう、なのか…?」

 クメルが首を縦に振った。

 「見つかると奴隷に戻ってしまう。急ごう。」

 「ああ。」


 パーンは考えることは訓練で慣れたが、話す機会が乏しい。クメルも前世の話をして自分の頭を疑われたくないためにあまり話さないようにしていた。さらに獣人族の訛りもあり、口を開くことが少ない。


 無口な二人は黙々と道を歩き、昼を過ぎてやっと冒険者ギルドを見つけることができた。


 ギルドは半円型のドームを屋根にする大理石で作られた大きな建物だった。昨日の反乱で逃げ出したものたちを見張る衛士たちもいなかった。その理由は後から知るようになる。

 二人は堂々と正面の入り口から中に入った。

 急に暗い室内に入りクメルの瞳が縦長に細まった。目が慣れるとそれほど人はいなかった。

 机の奥で足を組んでいる男の前に二人は立った。

 「登録かい。」

 「ああ。二人だ。」

 受付の男は黙って小さな銅の板がついた鎖を二つ、投げるように取り出した。

 「これを首にかけて板のところに親指を押し当てな。」

 二人が言われた通りにすると、薄い紫の光が湧き、すぐに消えた。

 「これで終わりだ。」

 クメルの不審そうな表情に男はさらに口を開いた。

 「この首飾りは身分証だ。お前らの首と胴体が別れても取れない魔法が仕掛けられている。だからなりすましはできない。」

 「ああ、わかった。ところで冒険者になると奴隷の身分は免除されるって本当か?」

 「昨日の今日でよくそんな質問ができるな。

 その通りだ。

 この身分証が奴隷の身分の上書きをしてくれる。魔法で奴隷を呼び寄せたり、罰を与えようとしても無効だ。ただ、奴隷はいつまでも奴隷だ。自分で稼いで自分を買い戻せばいい。」

 「それだけでいいのか。」

 ギルドの男は鼻で笑った。

 「簡単に言ってくれるな。

 冒険者になっても、最初の半年で半分の奴が死ぬ。一年経つ頃には残りの半分が死んでしまう。三年たったらみんな死んじまう。五年で二、三人が残る程度だ。

 だから奴隷から逃げ出して冒険者になっても、あらかた死んじまうから遠まわしの罰だと思ってもいい。 

 でもよ、無一文から王都に家と奴隷を買って左団扇で仕事もしないで暮らしている奴もいる。 

 どうだ。」

 パーンは頷いた。

 「いい話だ。」

 「気楽なもんだな。まあパーンよ、奴隷の王と呼ばれたお前なら生き残れるだろうよ。だが、そっちの子どもはどうなんだ。」

 「…勝手についてきただけだ。」

 「わたしも戦える。」

 「そうか。依頼はそっちの壁に貼ってある。字は読めるか?」

 パーンはむぅと唸って黙り込んだ。まさかの盲点に両眉が寄った。クメルははるか上にある困った顔を見て胸を張り、鼻をスピスピといわせていた。

 「読める。だいじょうぶ。それより、ランクにあったおすすめの依頼はないか?」

 「ランク?なんのことだ。」

 「冒険者の強さの段階とか…ない?」

 「なんでそんな面倒なものを決める必要がある?

 強いやつは強い。弱いやつはそれまでだ。自分の身の丈を知らないやつから死んでゆけばいい。残ったやつの分け前が増えるだろ。当たり前じゃないか。

 おすすめはみんなだ。

 早く金を稼ぎたいやつは大きい依頼を狙うし、生き延びたいやつは小さいやつをちまちまとこなして力をつければいい。どんなやつを持ってきてもいい。」

 バカなことを言う子猫だという目でクメルを見下ろすギルドの男の言葉に、クメルは改めてこの世界に生きる人々の単純かつ野蛮な原理に顎が落ちた。 

 「ああ、そうだったね。そういうもんだったね。」

 肩を落としてクメルは依頼の貼ってある壁に歩みよった。



 壁には薄い木の皮をなめし伸ばした紙替わりのものに墨のようなインクで依頼が書かれ、小刀で壁に刺しとめられていた。

 気がつくとクメルの隣にパーンが立っていた。クメルが見上げると目があった。

 「何がいい?」

 「手っ取り早く金になる奴はないか。」

 クメルは端から依頼を読みはじめた。

 逃げた奴隷を捕まえる、砂豹のいる洞窟の奥にある宝物を回収する、邪神教徒の捕縛、商人の護衛などがある中、古ぼけた依頼に目が止まった。

 「街道の盗賊討伐。」

 「どのくらいだ。」

 「報酬は金十枚。」

 「これにしよう。」

 パーンは板を引きちぎり、また受付の男の前に立った。男はちらりと内容に目を通すと頷いた。 

 「強いぞ。」

 「願ったりだ。」

 パーンは右の手のひらを上にして男に突き出した。

 「準備金が欲しい。」

 「自分でどうにかしやがれ。」

 「どうか出さしてくださいというようにしてもいいぞ。」

 隣の大男の言い草にクメルは目を見開いた。

 「この世界はクズしかいない。」

 「お前だって腹が減っているだろう。空きっ腹じゃ剣も振れない。」

 チッと舌打ちをした男は机の影から銅貨を五枚、投げつけるように机に叩きつけた。


 クメルはパーンの手が伸びる前に素早くかき集めて、右手に握りしめた。パーンはクメルの顔をしばらく見つめたがギルドの男の怒鳴り声に目を移した。

 「報酬から差っ引くからな。必ず始末してこい。盗賊の頭の首と報酬が引き換えだ。」

 「わかった。」

 パーンは礼も言わずに出口に向かった。クメルはあわてて頭を下げてパーンを追った。

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