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蛮族の王とわたし(仮  作者: 明日葉
1/9

 唐突にコナンくん(シュワちゃんの方)のようなヒロイックファンタジーを書いてしまいました。


 

 ここではないどこか。

 今ではないいつか。

 わたしではないわたし。


 ある晴れた日の午後、入学式の帰り道、わたしは何の脈絡もなく死んでしまった。


 原因も思い出せない。


 自分の名前も思い出せない。


 住んでいた場所や国、地域、時代も思い出せない。


 状況は頭に浮かぶけど、それを言い表す言葉が出てこない。



 そして、いまわたしは新しい母親の胸にいだかれている。

 前の母親よりも絶対に若く、きれいで、たくましく、そして、ねこみみだった。

 お日様の匂いに包まれて、わたしは大きなあくびをした。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 いにしえの栄光の大陸、ハイパースフィア。


 砂漠の広がった南部と金、銀、銅、鉄を湯水のように産出する鉱山がある北部。


 人族と獣人や人族とは異なる神を信じる亜人たち、そして多くの危険な魔獣が暮らす大陸は豊かな中原から栄え、一万年の間続いたと言われた大陸を支配する帝国−−−比類なき強大な国のために名をもつ意味すらなく、民たちに帝国とだけ呼ばれていた−−−も遠いいにしえの向こうにそっと姿を隠し、金や銀、螺鈿やアラバスターなど珍しい素材で装飾を施された大理石と黒曜石の壮麗な建築物を誇った古都も砂に埋もれてしまっていた。


 それから数千年を経たいま。


 北部にわずかなながらの文明を引き継いだジョイリアス王国があり、南部のオアシスには蛮族に戻ってしまった人族や獣人族たちの小王国が乱立していた。

 そして中原は数千の兵士たちが旧街道をたどって南北を結ぶためにだけに行軍しようとするささやかな試みも許されないほどの魔獣たちの巣窟に果ててしまった。


 砂漠に囲まれて点在するオアシスの小王国の王子、パーンの記憶は燃え落ちる城と地に伏して血を流す両親の姿だった。

 彼は悲しみを覚えるよりも前に学んでしまった。


 力がないものは殺されてしまう。


 奴隷に落ちたパーンは力仕事を選び、自分を鍛えた。

 ある日、奴隷商人によってとなりのオアシスの王国に運ばれる最中、一人の奴隷戦士が逃げ出した。彼は戦士の中でもひときわ大きく強かった。

 しかし、十五人の隊商の護衛に囲まれた彼は槍に滅多刺しにされて死んだ。

 パーンは学んだ。


 いくら強くても、たくさんを相手にはできない。


 しかし、彼は自分を鍛えることをやめなかった。力は裏切らないとの信念で自分自身を鍛え続けた。

 ある日、奴隷同士の喧嘩を見た商人はパーンを奴隷戦士として小さな王国の野良試合に出した。剣をはじめて持ったパーンであったが、あっという間に相手を倒した。

 商人は喜び、パーンを売り出すことに決めた。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 猫人族は人族よりも強い。


 種族として、人族は獣人や亜人と比較して、最も弱い部類だ。中には突然変異のように強い個体も現れるが、おおむね素手で他の種族にかなうものはいない。


 だが猫人族は獣人族では強さにばらつきの出る種族だ。


 人族に比べて体格は劣る。

 成人、猫族では成猫というが、成猫の体格は人族の十代半ばくらいの体格しかならない。生まれて数年の子供、猫族でいう子猫のクメルは人族の三歳くらいの大きさしかない。頭は大きいが肩が細く手足も華奢だ。しかし、彼女は人族の数倍の筋力を持ち、音もなく背後に忍び寄ることができる。

 そして猫族たちは体技だけではなく、その手に暗殺用の独特な短剣やナイフを握り、静かに大物を狩ることくらい朝飯前だった。


 しかし、その強さにあぐらをかき、知略を用いた人族によってクメルの住む集落はあらかた奴隷にされた。

 人族は固体で見れば獣人族よりも弱い、しかし彼らはいつもそれを覆すだけの数の暴力と卑怯極まりない知略を用いて獣人族を圧倒することができた。


 クメルも両親から離され、幼い首に奴隷の首輪をつけられた。

 クメルを産んだ両親はこの後どうなったか、クメルは知ることがなかった。


 転生者であるクメルには魔王並みの魔力や不老不死に近い回復魔術、英雄や神にも近い身体機能といったチートスキルやら鑑定スキルによるステータスの閲覧、現代知識による圧倒的な能力などまったく持ち合わせていなかった。

 知識はある。

 だが、高校入学したてのごく普通の女子高生が持っている知識など浅薄で役に立つものではない。

 面積や三角測量のための計算や二毛作を行うことで収益を増やす農地経営など知っていても、数学がどのように役に立ち、社会科で習う農業の知識がどのような土地で行われ、どのような作物を使って行っているなど、わからない。

 チーズを食べていてもつくり方など知らないし、日頃食べる肉の狩りの仕方や獲物の血抜き、皮の剝ぎ方はおろか、生魚を三枚におろしたことすらない。

 野菜はエグミや灰汁などはなく、生で食べられるのがあたりまえで、卵かけご飯は美味しいが、寄生虫やサルモネラ菌の存在など知らなかった。

 食物がどのくらい保存が可能なのかすらわからない。

 言葉だけ知っていてもその繋がりはわからない。

 知識はあっても実践したことがなければ、実際にできるわけがない。


 頭の中の生半可な知識だけで考えたことがすべてうまくというのはその時点でチートである。


 現代が当たり前としている知識は今までの世界の名もなき人々の歴史的な努力の上で成立していることが実感として身にしみるように理解ができた。


 そもそも、転生の際に神など会わない。

 気がつくと、子猫だった。


 結局、何の役にも立たない人格と知識にクメルは涙をこぼし、床を叩き、すねて、部屋の隅で丸まって寝てしまった。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 いつの間にか、王都の闘技場でパーンは戦うほど成り上がっていた。


 人族の奴隷戦士では相手になるものはいなかった。


 獅子や熊といった猛獣、人よりも大きく毒を吐く蛙やキメラといった魔獣と相手をし、猿人族などの亜人族とも戦った。それらは力が強く、人の及ばないような特殊な技能でパーンを襲った。

 しかし、パーンはそれらの攻撃は単調で彼に向かって直線的にかかってくることに気がついた。

 パーンはあえて隙を見せることで誘い込み、彼の持つ大きな剣で叩き切った。


 ある時、人族の食い詰め傭兵三人と戦うことになった。初の一対多数であった。

 男たちは二人がパーンの前に立ち、左に一人がたった。

 パーンは左の男の構えから三人の中で一番強いことに気がついた。三人はしきりに目配せをしている。パーンは壁の薄い一人の方へとパーンを追い込み、二人が後ろから彼を狙うのだろうと推測した。敵の戦術がわかれば早かった。

「な、なんだっ!?」

 パーンは二人に向かって走り出した。

 剣を振るい、そのまま男たちの脇を駆け抜け、後ろに回り、強い男に対して盾にした。狙いを外された男たちは立ち止まってしまった。パーンは男たちに向かい剣を振り下ろした。


 この時、パーンは悟った。


 知恵を使えば、多くの敵でも相手にできることを。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 クメルらはガレー船によって運ばれ、悪魔と取引をしたと噂される魔法使いの女王が治めるジョイリアス王国に売られた。

 そこで獣人達はハイパースフィア大陸の北部にある鉱山の露天掘りの鉱夫達として働かされていた。


 同じ大陸でも『帝国』の気風がわずかに残る北部では南部よりも獣人族が迫害され、奴隷の身分で固定されていた。


 幼い子猫でも容赦なく使われる鉱山の仕事はきつく、不満が積もり重なっていた。それは弱いものへと向けられることになる。クメルはまだ子猫のために獣欲の発散の目を向けられることがなかったが、日頃の鬱憤を晴らすために暴力を日常的に振るわれた。


 ある時、他の獣人族の種族の男に限度を超える勢いで蹴飛ばされ続けた。

 クメルにとっては同族でないならばどうでもよかったので、男が犬だか狼だかわからなかった。 

 肋骨が折れ、胸に強い痛みが走った。


 クメルの血流が逆流した。


 目の前が真っ赤になり、彼女の耳に声が届かなくなった。


 転生先のことをドン引きしながら観察していた前世の人格が、獣じみた本来のクメルの人格に取って代わった。


 男の蹴る足を転がって避けたクメルは全身のバネを使って飛び跳ねた。


 男の背中に飛び乗ったクメルは首に両足を絡め、全体重をかけて引き倒した。

 重い音がして、湿った肉に包まれた乾いた何かが砕けた。

 男の首の関節が限界を超えてねじ曲がり、しばらく四肢がけいれんした後、静かになった。

 静まり返ったその場でクメルが立ち上がった。咳が出て、その度に肋骨が軋んだ。


 あたりを見回したその時、地響きのような唸り声が彼女を中心に広がった。


 反乱の始まりだった。


 敵味方構わずふるわれる暴力の渦から離れたクメルは同族の女に手を引かれ、その場を逃げた。そこには羽毛の代わりに鱗に身を包んだ駝鳥よりも大きな鳥、馬鳥に繋がれた荷車があった。子猫はそれに乗せられ、わらの下に隠された。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 奴隷戦士であるパーンに敵はいなかった。


 闘技場に血を見に来た観客はいつしか、彼の戦いに物足りなさを感じていた。

 彼はあまりに強すぎ、パーンが出てくると彼が勝つことになるのがわかってしまうからだ。


 ある時、彼の前にフードのついたローブで身を隠した女が立ちはだかった。彼女は見るからに痩せこけていて剣や槍、弓矢を振るうような体格をしていなかった。実際、彼女は剣や斧ではなく、長い樫の杖だけを手にしてパーンの目の前に立っていた。

 樫の杖をパーンに向けた彼女はフードの奥から彼を見据えた。ひしゃげた瞳が揺らめいた。パーンの目の前に炎の壁が出現した。


 観客は興奮した。


 魔法使いが闘技場に出ることなどありえないからだ。彼らは非常に強力な力を持ち、賢く、数が少ないからだ。


 炎の壁はパーンを取り囲んだ。


 しかしパーンは恐れなかった。彼は炎に飛び込んだ。転がりながら闘技場の多くの戦士の血を吸った砂で火を消し、魔法使いの女に剣を振りかざした。

 女は跳びのきながら、白目を失った黒い瞳の中央の金色の瞳孔が歪んだ。その目をまたパーンに向けた。今度は何もない空から鋭利な氷の刃をパーンに飛ばした。パーンは大剣で氷の刃を粉々に打ち砕いた。女は荒い息を吐きながらパーンを見据えた。次は砂嵐が彼を襲った。


 パーンは彼女から距離を置いた。

 彼女はパーンから目を離すと砂嵐が消えた。離れたところからでも女の息が上がっていることがわかった。

 魔法か。

 パーンは考えた。彼ははじめて見た超自然の力に戸惑った。しかし、長くは使えないようだ。そして、魔法使いがその力を使う直前に彼女はパーンを睨んでいた。

 彼はさらに考えた。

 そして動いた。

 疲労から魔法使いの女の動きが鈍った。

 パーンは身につけていた革の腰巻を引きちぎり、彼女の顔に投げつけた。女がそれを払いのけようともがいている間にパーンの拳は女の腹にめり込んだ。


 女はボールのように転がり、気を失った。パーンはかけ寄り大剣を彼女の鳩尾につきたてようとしたところで止められた。どのような魔法使いでも価値があると判断されたためであった。


 パーンの勝ちが宣告され、観客席がどよめいた。


 パーンはこれで学ぶことはなくなったことを悟った。


 後はどうやって動くかだ。


 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 クメルは同じ猫族の違う氏族、黒猫族に引き取られた。


 黒猫族は彼らしか知らない秘密のルートでおぞましい魔物が支配する中原を抜けることができた。隠行の術に長けた黒猫族にしかできない技であった。


 久しぶりに戻った南部は相変わらず乾いた大地に灼熱の太陽の光が降り注いでいた。


 砂漠の誰も知らない小さなオアシスで子猫クメルは厳しい愛情の元、自分で身を守るための知識と敵を殺すための技術を学んだ。

 彼女は太い刃のククリとうねるような刃のクリスの用い方に教わった。

 しばらくしてクメルは、敵に音もなく忍び寄り、本人が気がつかないうちに死してもなお生きる彼岸、恐ろしくも官能的な死の女主人エレシュキガルの治める冥界に送ることができるようになった。

 そして、砂漠の王である砂虫をはじめとする猫族の脅威となる生き物、敵対する獣人族、邪神の配下、雇い主であり敵でもある人族の暮らし、彼らや亜人族が使うことができる魔術、毒などの危険を教わった。

 二年あまりのその年月は美しい銀の毛並みの髪、優美な黒い尾と大きな黒い耳、そして碧眼を持つペルシア猫族の子猫にとって幸せな日々であった。しかしその幸せは唐突に終わる。


 王都に拠点を持つ貴族たちがたわむれに奴隷狩りをはじめ、彼女は再度、奴隷の身に落ちた。幼い子猫の持つ短刀など鼻でわらった屍肉犬、ジャッカル族の奴隷狩り達はクメルから取り上げることをしなかった。

 クメルは王都の闘技場の地下、獣人奴隷達を押し込める不衛生な牢獄でふて寝を決め込んでいた。 


 すべてのものを焼きつくす勢いで砂漠に君臨する日光を拝むことなく数日が過ぎ、虫の鳴き声が手の届かない高さの窓から聞こえるようになった頃、月の冷たい明かりとともに焦げた匂いがクメルの敏感な鼻に届いた。


 目を開いた子猫が辺りを見渡した。


 まわりで雑魚寝をしていた成猫たちも気がついていた。


 月明かりが微かに届く牢獄の中、猫の瞳がいくつも輝き、喉の鳴らす不吉な音があちこちで響いた。


 クメルよりも幼い子猫が自分で肩の関節を外し、牢獄の杭の隙間から逃げ出した。しばらくして口に鍵をくわえて戻ってきた彼の手により、扉は開けられた。


 我先にと逃げ出した仲間を送りながら、クメルは考えた。


 これは反乱なのか?それともただの火事なのか?

 かなくさい煙の匂いと共に血と脂の匂いが微かにする。遠くでは剣戟の音も聞こえる。


 反乱だとすると、仲間と共にやっつけてしまおうか?

 だけど、ここは王都、人族の本拠地だろう。勝てるだろうか?


 なまじっか知識をもつ転生前の人格が長考に入り、身動きが取れなくなったクメルの目の前に浅黒いオリーブ色の肌と黒髪を束ねた琥珀色の瞳のオスの人族がやってきた。


 フーッ!!


 威嚇の声とともに耳と太くなった尾をピンとあげたクメルを物珍しげに眺めた男は剣戟の音とは反対の方向へと行こうとした。

 豹人などの大猫族に似たしなやかでたくましい人族のオスの行動にクメルは違和感を感じた。


 剣を振るうことしか脳になさそうな男が、こそこそと戦いとは反対の方へと行こうとしている。男の身のこなしは見掛け倒しでない事をクメルの本能が感じていた。


 気がつくと、クメルは男の後ろについていた。


 男はクメルにさらに不思議そうな目を送り、黙々と歩いた。


 角から二人の衛士が出てきた。男は何の苦もなく太い剣を振るった。


 クメルは口元に笑みを浮かべた。


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