真の目的_名探偵藤崎誠の推理劇場
男はグラスを置くと、左肘をカウンターテーブルに着き、
男の特徴である、鋭い顎を隠すかのように手をあてた。
「藤崎、まだお前ガラケイ使っているのか?」
藤崎はカチンときた。
男の意図を一瞬にして見抜いたからだった。
男は官僚出身の若手国会議員。
藤崎とは長い付き合いで、最近も地域活性化のアイデアを彼に度々求めていた。
ガラケイを使っているのは今までも話題に上がったことがあった。
では、なぜそんなことを言ったのか、藤崎はバーに呼び出された時から嫌な予感があった。
浮かれているな、と思った。でも表情には出さなかった。
最近、実力派女優と二人きりで高級レストランで食事していたと週刊誌にすっぱ抜かれていた。
のろけたいから呼び出された、と推理した。
「お前、文系だから知らないだろう」
藤崎の反撃が始まった。
「何がだ?」
「なぜ、タッチパネル式が増えたかを」
「そんなの使いやすいからだろう」
「のん気でいいよな。スマホの中身を知らないやつは」
「知るわけないだろう。お前知っているのか?」
「いや、知らない。誰も知らない。国家機関さえもだ」
「どういうことだ?」
男は怪訝な顔をした。
「何をしているか分からないということだ」
「それが何が問題だ?」
「俺が思うにアメリカ政府が噛んでいる」
「アメリカ政府?」
「たぶんテロリストのテータベールと照合している」
「照合?」
男は唖然とした。
「そうだ。タッチパネルを操作する時、勝手に指紋を取得して米国政府に送っているんだ。
それで、テロリストと照合しているに違いない」
「ば~か~、じゃねいの。そんなことしてるわけないだろう」
「なぜ、そう言い切れる。中身は非公開、技術的には簡単だ」
「アメリカ政府がヤルわけないだろう」
「実際にメールはやっているだろう」
うっ、男は言葉を詰まらせた。アメリカ政府機関がメールからテロ情報をチックしているの事実だった。
「一時、流行った顔写真でどの芸能人に似ているか成分表がでるアプリ、
あれも、指名手配犯を探すためだという噂があった」
「そうなのか」
男の眉間のシワが深くなった。
「あと、あの製品にも噂がある」
藤崎は意味ありげに声を落として言った。
「ど、どッ、どの製品だ」
「最近発売された、スマホと連動させると便利なやつだ」
男は唾を飲んだ。肘を着くのをやめ、姿勢を正した。
「もしかして、腕時計?」
「ああ、そうだ」
「脈拍数!」と男は声を上げた。
「ひょっとして、脈拍数を検知して、犯罪をしているかチェックしているとか?」
「そういうこともできるかもな」
「違うのか?」
「女性からプレゼントされたら、危険だ」
「キケンって何だ」
男は右手で左手の手首を抑えた。
「浮気防止だ」
「浮気?」
「そうだ。仕事と称して食事に行っても、妙に脈拍数が上がっても変だろう。
それにセックスもだ」
「セックス?」
「つまり、このプレゼントはもう他の女を抱かせないという意味だ」
「外せばいいだろう」
男は上擦った声を出した。
「外したら余計疑われる。
常時携帯して体の情報をチェックするためのものだろう」
男の目は視点が合っていなかった。
「俺もそんな時計をプレゼントしてくる女性が欲しいな~」
藤崎はため息交じりに言った。
藤崎はバーに入った時、すぐに男の腕時計に気付いた。
それも当然だ。
男は彼女にプレゼントしてもらった腕時計を自慢するため、
目立つように肘をカウンターテーブルに着いていた。
のろけるのが半分、女っ気がない藤崎をからかうのが半分の気持ちだったろう。
藤崎は一瞬にして、いろいろな情報を組み合わせて推理し、男の位置を見抜いた。
男をギャフンと言わせる話をでっち上げ、ひと芝居を打ったのだ。
男は真っ青な顔をして、グラスを握りしめていた。
グラスの氷が解け合い、カチンと鳴った。