勇者が殺しにやって来る
やあ、はじめまして。
私は、“魔王様の忠実な飼い犬”と噂に名高い二足歩行をするデカい狼の姿をした“破壊魔狼”ラッフル様に仕える、全然忠実じゃない部下、どこにでもいるような普通の人型の魔族のサーユっていう者です。
実は私、前世の記憶というものがありましてね、ええ。日本人だったんですよ。ゲームとか、わりとしてました。
ところで、魔王といえば、勇者に打ち倒されるものですよね。もちろん、魔王の部下たちも殺されてしまいますよね。
で、つい先日こんな情報が届いたんですよ。この情報を届けてくれたガインさん(8さい ガーゴイル)の言葉をそのまま借りると、
『人間たちが異世界から勇者って呼ばれるなんかスッゲーやつを召喚して、オレたち魔族を殺してまわってるらしいぜ!』
……ということなのです。
これを聞いたときは、すごくガインさんを殴りたくなって、実際に殴ったら痛かったです。さすが、体が石で出来ているだけある。
……はい。さて、問題です。このままだと私はどうなるでしょう。
1.通りががりの勇者に剣で切り殺される
2.通りがかりの勇者に魔法で焼き殺される
3.殺られそうになってキレたラッフル様のパワーアップのために食い殺される。
……よし、逃げよう。
殺されるのだけは、絶対に嫌だ。
そう思って、荷造りをしたのが昨日のこと。
で、今朝。荷物を持ってラッフル様の砦を抜け出そうとしたところ、ガインさんに見付かってしまい、今はラッフル様の前で正座をさせられています。あ、あしが、しびれる。
「サーユ、なぜ逃げようとした」
「……いや、それは」
ラッフル様共々、勇者に殺されると思ったから、何て言ったら絶対怒るだろうなあ……。いや、処刑とかされるかもしれない。
「コイツ、昨日勇者が殺しにくるぜ、って言ってからヘンになったんすよ、ラッフル様!」
ガインさん!
「……つまり、サーユ。お前は我が人間ごときに殺される程度の強さでしかない、と言いたいのか」
「いや、ははは…………」
うん、その通りなんだけど。勇者って名前からして、絶対に勝てない相手だと思います。
ラッフル様の冷たい視線がまっすぐに私を貫く。
……どうしよう。これはもしかすると、本当に勇者が来る前にラッフル様に殺されてしまうかもしれない。嫌だ。私はまだ死にたくない。
「……ガイン、そいつをつまみ出せ。サーユ、二度と我の前に顔をみせるな」
「……え」
「わっかりましたー。ほらこっちに来いよ、サーユ」
「あ、……うん」
ガインさんに連れられて砦の入り口まで歩いた。助かった……のかな?
なんだろう。胸の辺りがもやもやする。
「よかったなサーユ。アンタだけ逃げるのを許してもらえて」
「……」
「ほら、出ていけよ」
「……ガインさん」
「なんだよ。早く行けよ」
「………はい。行ってきます」
……とりあえず、助かりました。
……自分だけは、助かりました。
この先、勇者にさえ出会わなければ、生きていけます。
…………はい。
なんだか気分が沈んだので、茂みの所に座り込みました。
すると、
「このへんに魔王のワンコが砦を構えてるんだっけ?」
声が聞こえました。
「そうよ。早く休みたいから、ちゃっちゃと倒してしまいましょう」
不穏な声が聞こえます。それも、一人じゃない。何人か、いる。まさか、
「なあなあ勇者ー。ワンコとウ○コってなんか似てね?」
いろんな意味で不快な言葉が聞こえました。そして、
“勇者”
勇者の一行が、すぐ近くにいる。
話を聞く限り、彼らはラッフル様を殺すためにここに来たようだ。
早く、知らせないと……いや、
そうだ。私は、私には関係無い。だって、でも、もう、私は……私は………
「待ちなさいっ! そこの人間共!」
……ああ、なんという自殺行為。勇者の前に飛び出してしまいました。
「なんだてめぇ。ウ○コの手下か?」
「訂正して下さい。ウ○コじゃありません! ラッフル様です!」
……でも、我慢できなかったんだ。
あの方を殺すのを、ラッフル様が殺されるのを前提で話を進められて、だって私は、
「こいつ、人っぽいけど魔物なんだよな」
日本人に見える勇者が私に剣を向けた。
「そうよ。まあ、どっちにしても破壊魔狼を慕っているみたいだし、殺しておきましょう」
冷ややかな目をした女戦士も剣を構えた。
「じゃー俺は後ろで援護してっから、二人とも頑張ってねー」
ラッフル様をウ○コと言った魔法使いは後ろで杖を構える。
……ああ。
死んだな、私。
普通の人との三対一でも勝てるかどうか怪しいのに、そのうちの一人が勇者ときた。
ああー。もう、なんでこうなっちゃったんだろう! 私のバカ!!
……せめて、ラッフル様が少しでも戦いやすいように、何か傷でも負わせられたらいいんですけど。
それも、無理みたいです。
気が付くと目の前に剣がありました。
炎を纏った勇者の剣。
あのときの1.と2.の複合型で殺されるのか……。
次に来るはずの衝撃に備えて、目を閉じる。
……ごめんなさい。
死んじゃって、ごめんなさい。
誰へともなく、つぎつぎに沸き上がってくる謝罪の言葉。
ごめんなさい。ごめんなさい……。
……おかしい。来るはずの衝撃がこない。
目を開くと、私はラッフル様の腕の中にいた。
どうしてラッフル様が……?
「アンタがヤバそうなやつに絡まれていたから助けに来てやったんだぜ。感謝しろよ」
あ、ガインさんもいたんだ。
「サーユ。お前が謝る必要はない」
「……え?」
「突き放すような事を言って悪かったな」
「い、いえ……」
「あれが“勇者”か?」
「はい」
「なるほどな……」
ラッフル様が勇者を指差す。
こんなに自分勝手な私なのに、助けに来てもらえた。それが、嬉しい。
なんでだろう。いつもよりもラッフル様が、とても格好良く見える。勇者って名前だけで、勝てないって決めつけていたけど、もしかしたら、ラッフル様なら勝てるかもしれない。そんな希望が私の中に生まれた。が、
「確かに我には勝てぬかもしれぬな……」
「…………ラッフル様?」
「だが、我が戦わぬ訳にはいかないであろう」
「……っ」
「そうだ、サーユ」
ラッフル様が私の目を見つめてきた。なんだろう、なんでだろう。胸が高鳴る。すごく、ドキドキします。
「よければ、共に戦ってくれないだろうか。我一人では勝てなくても、二人で行けばなんとかなるやもしれぬ」
「はい……。よろこんで」
その申し出を断る理由など、なかった。
一緒なら、何も怖くない。心からそう思えた。
「オレもいるから三人だな!」
あ、ガインさんいたんですか。雰囲気壊さないで下さいよー。
「別にいーじゃねーか!」
「いいですよ。勝ったら許します」
「おうっ」
勇者の方を向き直る。
ラッフル様が勇者を見据えた。
「おいっ、話は終わったか!」
「どうした、勇者とやら。足が震えているが」
「これはっ、武者震いだよっ!」
「そうか」
「お前が破壊魔狼か!」
「そうだ。我が名は“破壊魔狼”ラッフル。勇者とやら、お前は我を倒しに来たのだな」
「そ、そうだ」
「そうか、では、戦いを始めよう」
それで、戦いは始まった。
最初の方はラッフル様がおしていた。私もできる限り、魔法でサポートした。ガインさんも飛び回って勇者の一行を撹乱していた。
しかし、戦いの途中で勇者が妙な光に包まれて、顔つきが変わった、と思ったら。
なにが起きたのかはわからなかった。
気が付いたら、地面に倒れていて、動けなくなっていた。
ラッフル様は……?
力を振り絞って、辺りの様子を確認しようとする。
向こうの方にガインさんだった石片が転がっていた。
でも、ラッフル様の姿は無い。一体どうなったのだろうか。
「ラッフル様……」
「サーユ」
後ろから声が聞こえる。私の好きな人の声が。
「ラッフル様……」
「すまない、……力を貸してくれ。勝つために」
こんな私がラッフル様に出来ることなんて……ああ、一つだけありましたね。
「すまない。できれば、こんなことはしたくないんだが」
「いいですよ」
「……すまない」
「あやまらないで……くださいよ」
「すまない」
そういってラッフル様は、私を
人型の魔族の心臓には魔の者を魔たらしめているエネルギーがつまっている、と言われています。
つまり、それを接取すれば魔としての格を上げることができる。パワーアップできるという訳なんですね。
私の心臓を差し出せば、ラッフル様は、勝つことが出来る、かもしれない。
どんな結果になっても、そこに私はいないけれど、それが彼の助けになるのなら、それでもいいかな。
あー、結局はいつぞやの選択肢3.かー。いや、ラッフル様は別にキレてる訳じゃないから少し違うか。
地面が真っ赤に染まっていく。
……ラッフル様、そんな顔しないで下さい。
きっと、悪いようにはなりませんから、ね、泣かないで。
私、実は前世の記憶があるんです。
前世があるってことは、きっと来世もありますから。
きっといつか、あえ……ます……か…ら。
…………………………。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!