森さん、ツル女に遭遇する
地方都市の平日、昼少し前ということもあって駅ビルは閑散とした雰囲気が漂っていました。朝晩の冷え込みから一転、うららかな日射しがまんべんなくあたりを照らしています。
森さんはまっすぐ駅ビルの三階に向かいました。
望月さんがしていたトイレの話を思い出したら、自然欲求が急に強まってきていたのです。
ブランドの集まる階らしい、どことなく重々しく人けのほとんどないフロアをずんずんと横切ります。そして一番端のイタリア製紳士服の店と階段との間、森さんは目的のトイレを見つけました。
もったいをつけたような洗面所前の導入路入り口に立つと、左の別れに赤い札、右側に青い札がついているのが見えて、森さんは右寄りに一歩中に踏み込もうといったん立ち止まりました。
男子用女子用というのは山でも何度か見かけていたので、どちらに入ればよいかはすぐに判断がつきました。
突然、赤い札の方から長い影がひょっこりと飛び出してきて、こちらに目をくれることなくそのまま青い札のほうに滑り込みました。
森さんはそのまま佇んでおりました。自分が入ってもまだ余裕ある広さのようですが、入っていったのがニンゲンだということもあり、何となく面倒なことになりたくないという本能でしばらくその場で待つことにしたのです。
間もなく出てきたのは、背の高い、かなり高い痩せたニンゲンでした。髪はやや長めのオカッパで首の細く長いのが余計に目立つ感じでした。その首を伸ばし気味に頭を上げているところと口もとをやや尖らせていることなどから、どことなくツルを思わせる年配の女性です。
ツルと言っても着ているスーツの色から、どことなくハイイロヅルがそのままヒトになったようでした。
ツルなオバサンは大股でトイレから出ると、通路の端に立っていた森さんをちらりと一瞥して、特に表情を変えずにそのまま脇の階段を下りて行きました。表情を変えずに、というより元々何か熱に浮かされたような目の色で森さんが何者かには全然かまっていないようだったのです。
通り過ぎた時に強い花の香りがほんの一瞬鼻を刺しました。
森さんは彼女の姿が完全に消えるまで息を止めていましたが、ようやく息を吸ってから急に切羽詰まったものを思い出し、慌ててトイレへと飛び込みました。
個室に座って落ちついてからふと、トイレットペーパーの飛び出した部分に目がいきました。それは綺麗に三角に折り畳まれ、まん中の鋭角がちろりと金具から覗いていました。
そっと鼻を近づけて、確かに先ほどと同じ花の香りを認めました。クチナシだと気づきました。季節ではないしあまり嗅ぎたい気持ちでもなく、少し考えておりましたが森さん、意を決してまた息をとめてからその三角に折られた部分を爪にひっかけるように少し長めに引っぱり出し、力を使わずにそっと破り取り、腰かけていた便座の中に捨てました。
個室の上の隙間から、ツルの首が覗いているのではないか、などとどことなく不穏な気分を抱えながら森さんはそそくさと自分の用事を済ませ、水を流しました。もちろん三角の薄い紙片もおかしな回転をみせながら、狭い穴へと吸い込まれていきました。