望月さん、文明についての意見を述べる
数日後、メインの部屋――森さんがねぐらに使おうと思った居間の片付けもおおかた済んだある晩遅く、ほんとうに望月さんは森さんのお宅を訪ねてまいりました。
「飲むかい?」
近くの『いんたーなしょなる』な食料品店で一番安い、ベルギー産第四のビールというのを買ったのさ、と六缶ケースを下げていたので森さんは遠慮なく受け取り、早速二缶を紙ケースから外し、ひとつを望月さんに渡すと、そばのソファを指し示して自分も反対側の椅子に座りました。
中はもちろん電気がつかないままでしたが、森さんは駅前の百円ショップからロウソクの形をした卓上ランプをいくつも買ってきて、それをテーブルやら台所との境にあるカウンターやら作り物の暖炉上とかに置いていたので、居間はどことなく揺らめくようなオレンジ色の光で満たされておりました。
ふたりは爪で器用にプルタブを開け、しばらく黙ったまま安い酒を飲んでいました。
そのうち望月さんがふっと笑って言いました。
「モリさん、ここでずっと暮らすつもりかい?」
森さんはすっかり酔っぱらったように頭をぐらりぐらりと前後に揺らしていましたが、その声にはっとしたように前をみて「うう」と唸りました。
肯定ととったらしく、望月さんはうんうん、と大きくうなずきました。
「でもなモリさん」
酔ったような、張りのある大きな良く通る声でした。
「全てがここの暮らしに馴染んではいかんよ、それだけは言える。
アンタ、山から初めて出て来たんだろう?」
不承不承という唸り声で、森さんは答えました。
「ああ」
望月さんは缶を目の前に掲げ、すっかり露のついたロゴを愛おしげに眺めていましたが、それをおもむろに飲み干してソファに寄りかかりました。
そして腕組をして、更に通る声で語り出しました。
「オレはここで暮らしてもう四年になるが、ひとつだけ、絶対に許さねえことがある」
森さんは黙って聞いていました。望月さんは続けます。
「駅ビルのさ、三階に案外オシャレな店が固まっててよ、そこのトイレはこの街ン中でも三本の指に入るくらい、清潔で使いやすいんだよ」
野生動物というのは元来、綺麗好きなんだよな、と望月さん。
うんうんとうなずく森さん。しかし、どうしてトイレの話を今? みたいな目を前に座るオオカミに向けています。
「オレはそこを贔屓にしているんだが、一つだけ、個室に入る度にムカつくのがさ」
男子トイレの個室ですら、トイレットペーパーの切り口がいつも、三角に折りたたまれているんだ、望月さんはそう話しながら鼻にしわを寄せています。
「オレは三角折りが許せねえ。他人が使うんだぜ、尻拭くんだぜ、それをどうして用を足したばかりの手で勝手に折りまくりやがるんだよ」
望月さんは、その三角折り部分を見かけるたびにビリリ、と破り取って捨ててしまうのだ、と声高らかにそう宣言してから、しばらく声も出さずにうれしそうに笑っておりました。
何のことだかさっぱり分らなかったのですが、森さんもうんうんとうなずきながら酒の缶を傾けておりました。