森さん、地味にDIY開始
窓から飛び出してしまった森さんはしばし、明るい日の差し込む居間を中から見呆けて立っていましたが、間もなく、気を取り直したように鼻から大きく息を吹き、壊れた窓を直そうと家のあちこちを探り始めました。
家の中を一通り見回ってから、今度は玄関から家の外に出て屋敷まわりをぐるりと一回りしてみることにしました。
敷地の隅にあった二坪ほどの物置を開けた時、森さんはようやく目当ての工具を色々と見つけました。
赤い鉄製の工具箱が奥の棚の上の方に、その周りにはきっちりと長さ順に整理した状態でのこぎりや手斧などが壁に掛けられていました。
しかし奥にたどり着く前にたくさんの荷物がうず高くぎっしりと、それでも几帳面に積み重なっています。季節で使う家電、ニンゲンの乳幼児が喜びそうな室内用の組み立て滑り台とか『知育玩具』とデカデカ書かれたおもちゃの箱とか。
事故でいなくなってしまった家族の持ち物のようです。
しかし森さんは特に構わず、半身を突っ込んで使わない荷物を次つぎと外に運び出し、赤い工具箱とその他の工具とを表に担ぎ出して早速掃き出し窓の修理に取り掛かりました。
修理と言っても、枠のゆがみを直し、レールにはめこんでからまた、表に回って雨戸の代わりに裏で拾ってきた板きれを重ねて打ちつけていっただけでしたが。
もちろん、庭への出入りがしやすいように、身体ひとつ分がくぐれる跳ねあげ戸を作ることも忘れませんでした。
昼もかなり過ぎた頃、ようやく窓はふさがって居間は元通りの暗がりに戻りました。
急に腹が減って、森さんはあちこちを探ってみました。
台所の食糧庫にわずかに残された缶詰や干物どれも、うっすらと白いほこりにまみれ、カビまみれの空気を漂わせています。
台所の戸棚の隅っこから、茶封筒に入ったままの一万円札を五枚ばかり見つけ、森さんはつい匂いを嗅いでみました。
これは「えらいおかね」だと森に工事にきていた連中が言っていたのをどこかで聞いたことがありました。食べ物が「こんびに」や「すーぱー」という店でたんまり買えると彼らは言っていました。
お金にはとりあえず不自由はなさそうなので、森さんは買い物に出ようと思い立ちました。
ふと庭に目をやった時、隣の庭から身を乗り出すようにして子ウサギが五羽、こちらを覗いているのと目が合いました。
何か? と問う前に子ウサギたちは物おじした様子もなくばらばらと森さんの元に走りより口々に「だれなん?」「ひっこし?」「おかしある?」「何のどうぶつ?」と訊ねてきました。最後の一番大きそうな一羽がこう聞きました。
「お花、あげようか」
森さんがうん、とうなずくと、彼らはまた自分ちの庭まで走って戻り、それぞれ手近な薔薇の花をガクのすぐ下あたりから短く噛み切って、また森さんの元に戻ってきました。
彼らが森さんに赤や白、黄色など薔薇の花を次つぎに渡した時、衣を裂くような悲鳴が長々と響きました。
それは隣の家の、稲葉上さんの奥さんの悲鳴のようでした。
子どもらは反射的に棒立ちになると、あっという間に自分の家に駆け戻っていきました。
森さんがはっと我に返った時には、すでにウサギの姿はどこにも見当たりませんでした。