みんな、びっくりする
ステージにはいっとき、静寂が訪れました。
あまりにも大きなクマが、しかも服も何も着けていない一見『野生のクマ』が(近頃では森さんは服を着るのも面倒で止めていました。最初に買った服もすっかりボロボロになってしまいましたし、選び直すのも面倒だったからです。)突然、望月ケンの前に現れ、脇にかがみこんでいた中年の女性を、軽くひとなぎで吹っ飛ばしたからです。
スポーツバラエティにふさわしそうな灰色のジャージの上下に身を包んだ、灰色のオカッパ頭の女性は、吹っ飛んでから脇の段差に頭をぶつけ、仰向けに倒れたまま、ぴくりとも動かなくなりました。
飛んだ時に巻き起こった花の香りと、倒れた顔の口の尖らせ具合で、それが以前、駅ビルのトイレでペーパーを三角に直していた人物だと、森さんはすぐに気づきました。 どうやら、望月さんの付き人をやっていたようでした。
お詫びを言うのはまた落ちついてからにしよう、と森さんは望月さんに寄り添ってかがみ込みました。
望月さんにかなり近い場所にいた、水着みたいなドレスの女性が、
「い……」
声をたてようとしました。
すぐ近くで台本を丸めて持っていた男が小声でたしなめます。
「よせ! 刺激するな! いいか、しずかに、ゆっくりと、下がるんだ」
言いながらまず自分がじりじりと下がっていました。
森さんがよく見てみると、望月さんはまだ、うっとりしたまま、身体をくねらせていました。
子どもたちがよくお金を入れて回す機械から出てくる、小さな丸いカプセルに全身をこすりつけるようにしていたのです。
「やっと来てくれたの! 待ってたんだからね!」
かすかだけれども、聞き覚えのある声が足もとから届きました。
すっかりと影かたちは薄くなってしまったものの、あの、少女が眉を上げて殴りかかってきていました。
「アナタと別れてから、なぜかこのオオカミ男から離れられなくなっちゃって、困ってたのよ、このままじゃ薄くなって消えちゃうんだから。クマさん、アタシを連れて帰ってよ!!」
「動くな」
いつの間にか、スタジオの各出入口には、迷彩色の上下を着た人たちが立っていました。
銃を目の高さに水平に構えて。
「ニンゲンのみなさん、指示に従ってください。さもないと区別なく撃ちますよ」
「ちょっと君たち」
番組のプロデューサーなのでしょうか、1カメの前に躍り出ました。
うまいこと森さんたちとは少し距離をとっています。
「君たちは、野生化動物を駆除するんじゃないのか?」
「危険行為を行う、全ての動物が駆除対象です」
迷彩色の親分なのでしょうか、銃を構えたひとりの後ろから、さらにひとりが歩み出てこう答えました。とても背の高い人で、銃は持っていませんが、森さんの鼻にも、その男の煙くささが刺さるように漂ってきます。
「オ、オオオオレっちも対象になったりしねえよな??」
大きな蝶ネクタイをつけたまっ白いガチョウが、ゲスト席の卓上に飛び乗って羽をばたつかせて叫びました。とたんに、ゲストの中の動物たちがざわつきます。
「お静かに」
ケムリ男が低い声でひとこと、それだけで、またしん、となりました。
「そこで暴れている狼と、先ほど女性を倒した熊とがとりあえずの対象です……もし、ふたりともおとなしくついて行くのならば、何も起こりませんが」
森さんは、そろそろ望月さんが正気に戻ってくれればいいのに、とまた、望月さんに鼻づらを近づけました。
望月さんはすっかり疲れてしまったのか、気持ちよさげな笑顔で、ぼんやりと横たわったままです。
「狼は撃たないでくれ」
更に煙男の後ろから、声がしました。
間をかき分けるように、スタジオに入ってきたのはシカマ夫妻でした。
鹿が少し前に、馬が続くように、どこかよろめいています。
「狼にはずいぶん、投資したのだ、それに珍しい、人気もある、だから」
「そうよアナタ、言ってやって」
馬がそう言って、白鹿に手をかけ、ふたりは見つめあってにっこり笑って……
そのまま、ばったりと前に倒れました。
ふたりの背中には、矢が深々と刺さっていたのです。
倒れたふたりと、呆然とした顔の煙男の後ろから、ボウガンを構えた白い姿が、満身創痍の姿でスタジオに現れました……白い大狐でした。
白狐は、傷だらけの目をようやく開いて、にやりと笑いました。
「蛙の干物入りカプセル、良く効いたみたいだなぁ」