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望月さん、やらかす

 テレビ局にまさか簡単に入れるなどと思ってもいなかったのですが、まるごが守衛さんにことば巧みに話しかけている間に、森さんはするりと中に滑り込みました。

 まるごは記念館のお姉さんと話をするうちに、すっかりおしゃべりが上手になったようでした。

 そしてさすが、こういう時には野生のすばやさが役に立つものです。クマが姿勢を低くして建物内に忍び込んだのに、誰も気づく人間はいませんでした。


 ひと気のない通路で、森さんは後足で立ち上がり、すんすんと匂いを嗅いでみました。

 いろんな人や、動物、機械や食べ物の匂いが入り混じる中、確かに、狼の匂いがします。

 うまいこと守衛さん達をまいたらしいまるごが、ぴょん、と森さんの肩に飛び乗って、森さんはまた、走り出しました。

 

 大きなスタジオから、ぷん、と強い匂いが漂ってきました。

 望月さんかどうかは不明ですが、確かにこの中に、狼がいるようです。

 森さんは、太い柱のかげからそっと、鼻づらを出して匂いをかぎ分けます。


 スタジオの脇では、何人もの人たちが忙しそうに動き回っています。

 そして、さらにその脇に、森さんは意外なふたりを見つけました。

 白く輝くような姿が、よそいきの白い服に包まれて座っています。


 久々に見た、シカマさん夫妻でした。


 彼らはステージの方に時おり目をやりながらも、小さなテーブルに出された陶磁のカップを器用に持ちあげ、優雅にティータイムの真っ最中でした。

 でっぷり肥って、髪の毛をきれいに後ろに撫でつけている男が、ステージを指しては身ぶり手ぶりをつけ、彼らの前で何か一生懸命説明をしています。


「……と、そこにモチヅキくんが壁を蹴破って火のついた部屋に飛び込んで、ですね」

「あらぁ監督」

 白い馬がかちん、と音を立ててカップをテーブルに置きました。少しばかり力が強かったのか、はずみで受け皿がふたつに割れて落ちました。それに馬はお構いなしに続けます。

「狼ですもの、火はちょっと、無理かと思いますわ、ねえアナタ」

 そう言いながら鹿を見ますと、ダンナが笑って言いました。

「だねぇ。他の動物ならまだ数がいるから少しくらい、その、何かあっても問題ないが、彼はこの国ではまだ唯一の狼だからねぇ」

「それがですね」急に監督と呼ばれた脇の男が声をひそめました。

 森さんにはよく聴こえましたが。

「第4作目は香港を舞台に撮ろうかと思ってまして……かなり予算も使えるので」

「香港か……」鹿が落ち着いた声のまま、腕を組みます。

「あっちは白虎パイフーが幅を利かせてるからな」

「そこはビジネスで何とか。それにですね、日本語もできるシベリア出身の狼をスタントに雇う算段もついてまして……演技力はからっきし、つうかまだ文明化して間もないらしいんですがね」

 そこから更にヒソヒソ話が続きます。森さんはもう少し首を伸ばして聴き取ろうとしましたが、ちょうどスタジオからの大歓声がかぶってしまいました。


「どないしてーん!」


 いつもテレビでもよく聞く、バラエティー番組の司会者の声のようです、しかし、いつもとはちょっと調子が違います。合わせて、女の子たちの悲鳴も重なりました。


「なんでしょう」

 シカマ夫妻が立ち上がります。監督もスタジオを覗きこみ、うっ、と言葉を飲み込みました。


 望月さんが、ゲスト席の前に倒れ、身もだえていたのです。

 そして、鼻づらや横っ腹を床に擦り付け、以前森さんが駅前で見かけたように、どこか恍惚の表情のまま、激しく転げまわりました。

 機材が派手な音を立てて倒れ、カメラマンはキョロキョロしまくり、近くのスタッフさんも右往左往です。


「CM入れて、すぐ!」

「ちょ、マネージャーさん呼んで!」

 

 森さん、思わず柱のかげから飛び出しました。

 望月さんを助け起こそうと、スタジオに駈けこんだのです。



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