森さん、出かける
それでもずいぶん迷ったのですが、森さんはついに、自宅の表から外に出て行きました。
気づいたら、空気がちょっぴりつめたく感じられて、森さんの腹がきゅう、と鳴りました。
すでに秋の気配が漂う夜空に、丸い大きな月がかかっておりました。
頭を上げてふんふんと辺りの匂いを嗅ぎまわりましたが、探している匂いはまるで、鼻に届きません。
腹が減っているので、食べ物のちょっとした香りが届くたびに胃が痛くなりましたが、それでも森さんはずっと鼻先を天に向け、大切な匂いを辿ろうと、ぐるりぐるりと辺りを嗅ぎまわっておりました。
本来、山の中に住むのであれば、この時期にはもっと食いだめをしなければなりません。
たとえ雪が降らない街だと言っても、長いこと習慣となっていたはずだったのですが、街に出ると決めた昨年はあえて、食いだめをしていませんでした。
完全に街になじむつもりだったからです。
そして今年は、気づいたらそんな習慣すら忘れていました。
かかとあたりに、何か当たったので森さんは頭を下げました。
かかとの上の毛をひっぱっていたのは、稲葉上のじいさんでした。
「行くのかね?」
そう、ひとこと訊いてきただけでしたが、森さんは大きくうなずきました。
「どこにいるのか、分かるかね?」
じいさんの問いに、今度は首を横に振ります。
「あたし、わかる」
小さなちいさな声が、反対側のかかとのうしろから聞こえました。
「あたし、ばんぐみひょう、みてる。なまほうそう、ダイバーチャンネル、こんや」
まるよんが、耳を震わせて森さんを見上げていました。
「だったら場所、ボクわかる」
すっかり成長して、すらりと背の伸びたまるごがなぜか斜め前のアパート方面から飛び出して来て言いました。今ではすっかり、落ちついた話し方ができるようになっていました。
「穴掘って、地面の下通って、オオカミのいたアパートに行った、まいにち。きねんかんのおねえさんが、いろいろ教えてくれて、テレビ局のいきかたも教えてくれた」
まるごが森さんの肩に飛び乗りました。
「気をつけてな」
稲葉上のじいさんが伸ばした手を、森さんはそっと掴みました。
「いっしょに、行かないか?」
まるごが心配そうな声でふたりに声をかけます。
「じいちゃん、まるよん姉さん、しんぱいだ。もしも電気、止まったら? たべもの、なくなったら?」
めずらしく、まるよんが声に出して笑いました。
「あたしたち、ウサギだからだいじょうぶ」
稲葉上のじいさんもかさかさと風がなるような音で笑います。
「いざとなったら、穴をほって暮らすさ」
じゃあ、とじいさんが振った手を合図に、森さんはだっ、と冷たい夜気を切り裂くように走り出しました。
背中にまるごを乗せて。
テレビ局に向かって。