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森さん、確信する

 季節はどんどんと暖かさを増し、稲葉上さんの庭に、一斉に春の薔薇が咲き乱れる時期となりました。


 森さんは相変わらず、自身の家と稲葉上さん宅を行き来する日々でした。

 まるごはすっかり大人びたウサギに成長しておりましたが、森さん宅の庭に穴を掘り続ける暮らしは相変わらずのようでした。

 近頃では森さんも、まるごをいちいち抱え上げることもなく、ただ黙って彼に食事だけは運んでやっているだけとなりました。

 稲葉上さん宅を訪れるのは相変わらずでしたが。


 じいさんも、こちらもすっかり成長してすらりとしたまるよん姉さんも、森さんには慣れ切ってしまったのか、さも当然のように森さんを迎え入れ、何かと食事を出して、一緒にテレビをみる日々を送っておりました。


 望月さんの無事な様子は確認できたのですが、そしてそれからテレビで望月さんの姿を見る機会はかなり増えてはいたのですが、森さんにはやや気がかりなことがありました。

 望月さんにいつもくっついているあの少女の姿が、少しずつ、薄まってきているような気がしたのです。


 望月さん主演の映画『蘇る人狼ゾンビ』は大ヒットのようで、巷でもその噂でもちきりでした。

 時おり訪れる駅ビルにも、ポスターがいっぱい貼り並べられておりました。

 ポスターの向こうから妙にカッコイイ望月さんがこちらを見ているのに、森さん、どうにも落ちつかない気分になりました。


 ポスターには当然、映っていないのですが、テレビで見る時に必ずついていた少女がますます薄まってきているようでした。

 せっかく『我が家』に帰ってきたはずの少女は、なぜか望月さんについたきりで、あれからずっと森さんの住みかには戻ってきません。

 たまにテレビで見かける少女は、いつも眉間にしわを寄せ、腕をぶんぶん振り回しながら声高に望月さんに向かって何か叫んでいるようでした。声は全く聞こえませんでしたが。


 少し雨が多くなった頃(映画『蘇る人狼ゾンビ』は続編が出ることが決定したようでした。

もちろん主演は望月さんとただ今売り出し中のナントカという若い女優さんです。


続編は大ヒット、暑い夏には続けて第3段も作られることとなりました。

テレビだけではなく、新聞や雑誌にも望月さんが特集で登場することが多くなりました。

 

森さんがたまに外に出かける時、斜め向かいのアパート前に人だかりができているのを見たことがありました。

人びとが『すまほ』を構えている前で、小さなオジサンが得意げな顔して、つばを飛ばして説明しているのが、ちらっと聞こえてきました。


「そして望月ケンが大自然からの脱出を果たし、まず一番最初に居を構えたのが、このアパート、ウチの物件なんですが、ここの102号室なのです、ホラ、今では記念館として」


そして夏も終わる頃のこと。

森さんはその日も、稲羽上家でテレビを視ておりました。


 今見ているのはバラエティーではなく、クイズ番組のようです。

 望月さんがゲストのひとりでボックス席に入っておりました。他にも、大型犬、カピバラ、アヒル、アルパカなどがニンゲンに混ざってボックス席に座っています。

 森さんは習慣となった行為で、いつものように望月さんの近くにいるはずの少女を探しました。

 それはほとんど背景が透けるほどになっていて、今ではまるでそれは森さんの目の錯覚か、というほどになっていました。

 少女は相変わらず、怒っているようでした。多分。

 いつも目線は望月さんに、そして周りの連中に向けられ、腕を(たぶん)振り上げ、つばを飛ばし……


 その目が束の間、カメラに向けられました。

 久しぶりに、森さんは少女と面と向かったのです。

 少女の声は相変わらず聞こえません。

しかし、確かに唇がこう動いたのを、森さんは確信しました。


「タ・ス・ケ・テ」と。




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