望月さん、カメラの前で語る
番組はバラエティーのようです。三段ほどのひな壇となったゲスト席の、一番前のど真ん中、まわりすべてが人間という状況で人間以上にニンゲンらしく、堂々と座っておりました。
「モチヅキ・ケンさんは狼としては初めて、テレビドラマの主演をされることになるわけですが」
司会の明るい口調に、大きくうなずいて口の端を上げたのは、まさしく、森さんの知っている望月さんでした。
「今、人間以外の動物たちが次々と人間社会に『帰化』する現象が起こっているんですが……モチヅキさんが、そもそも森を捨てて街に出てきたのはどういった理由でしたか?」
「ボクは、」
望月さんが、ゆったりと口を開きます。
「まあ大自然における、と言いますか生物界での頂点、としての立場でしたからね」
森さんの知っている望月さんとちょっと違うようでした。
第一、望月さんはボク、なんて言ったことがありませんでしたから。
それに服装も違います。いつも灰色のTシャツに汚れたジーンズ、古びたサンダル履きという格好が定番だったはずの彼、テレビの中ではつややかなシルバーグレイの三つ揃いを着こなし、足を組んで落ちつき払っています。組んだ足先の黒い革靴もつやめいて、傷一つありません。
声も、作っているようでした。どことなく低く豊かに響くよう、腹の底でいったん溜めながらことばを出しているのか、彼のことばにはおかしな抑揚がついておりました。
「ある晩、樹齢七百年はあろうかという大きな杉の木の真下に立って、ボクは思ったのですよ……
ボクはこのままでは、単なる上位者としての、何も知らないままの野生の狼でしかない、と」
森さんは思わず鼻息を噴きました。確か、望月さんは飼い犬でもいいから素敵なヨメさんほしさに仲間のいない森から出てきた、と言っていなかっただろうか?
首を傾げていたところに、稲葉上じいさんのつぶやきに、今度は思わず目を白黒させました。
「この狼、前にすーぱーで会った時に、田尻町の動物園生まれだと言っておったがのう……」
やはり、これはあの望月さんではないのかも知れない。
狼がそんなに沢山この近所にいるとも思えなかったのですが、これではあまりにも森さんの知っている、ぼさぼさでだらけていて、ニヤついていて、シニカルな感じに口元をゆがめて、早口でしゃべりまくって、時にひとの良い笑顔を満面に浮かべる、あの望月さんとは別狼のようです。
しかし、その時ふと望月さんの脇、カメラアングルから切れかかった場所に、もうひとりよく知った人影を見つけました。
あの少女です。
彼女は出会ってから全く同じ服装のままで、髪も乱れがちなおかっぱのままでした。そして、後ろの人物たちの間に陣取って、望月さんに向って何やら早口でわめきたてているようでした。
ようでした、というのも、森さんにはまるで、彼女の声が聴こえてこなかったからです。
少女の声はもちろん、姿さえも他のゲストや司会者からは気づかれていない様子でした。すぐ右隣、少女の身体が半分食い込んだようになっているのはCMでも何度か見かけることのある、かわいらしい人間の女性タレントでしたが、彼女は少しも動じることなく、笑って手を打ったり、望月さんのことばにいちいち真面目にうなずいたりしておりました。
ただ、望月さんだけは少女の存在に気づいているかのように、少女の口の動きが激しくなって、両腕が何度か彼の方に叩きつけられた時、わずかに身をひねってそれをよけるような風でした。
スタジオの誰もが何も気づかず、ただ表面的な話題とどうでもいいような明るさだけがテレビの画面から垂れ流されておりました。
「今夜は映画『蘇る人狼ゾンビ』に出演されるモチヅキ・ケンさん、タカクラ・マオさん他をゲストにお迎えしました~、ありがとうございました!」
少女が振り降ろすこぶしの連打を器用によけながら、望月さんは涼しい笑顔で軽く一礼して、番組は終わりました。