森さん、家を見つける
商店街と住宅地との境くらい、鉄道駅にもかなり近いそのあたり、まだ表通りと言える大きな車道の脇に二階建ての赤っぽいレンガ作りの家がありました。
なぜか出入り口は角材と板とで塞がれ、隙間からのぞくと昼間なのに中は真っ暗でした。
森さんは、玄関先で両前脚をなぎ払うように交互に動かし、バリバリと板をはがし始めました。
何となく山の棲みかを思い出すような暗さと静けさに満ちていたのが、妙に気に入ってしまい、森さんは無心に入口をはがし続けました、と。
「おい」
急に後ろから声をかけられ、森さんはいっしゅん動作を止めて二拍くらいおいてから、ゆっくりふり返りました。
歩道と敷地の境に、オオカミが立っておりました。
オオカミはグレイのTシャツに洗いざらしのジーンズ、クロックスを模した灰色のサンダルという、かなりラフな格好で毛がモジャモジャした二の腕をポリポリ掻きながら、森さんをじっと見上げていました。口が半開きで、舌先を脇に垂らしています。
「アンタさぁ」
オオカミは真顔でこう告げました。
「その家に住むの?」
森さんは、両腕をだらりと垂らしたまま黙っていました。
「そこさ、空き家には空き家だけど」
オオカミは口を閉じて少しだけ目を細め、空を見上げてからまた森さんに目を向けました。
「そこの家のヒト、みんな居なくなっちゃったのよ、事故で」
森さんは、少しの間その場に突っ立っていたのですが、オオカミが話を終えたのに気づき、また玄関ドアに向き直ってバリバリと板をはがし始めました。
オオカミは大きくため息をついてから、ポーチに上がってきて森さんの脇に立ちました。
「オレ、モチヅキ」
そう言って、オオカミは片手を差し出しました。「お隣さんてことになるかな」
差し出した手に乾いた泥がついているのに気づき、望月と名乗ったオオカミはいったん手をひっこめ、シャツの裾で拭きなおしました。
「正確に言うと、斜め向いのあの、アパートなんだけどよ、102号室」
あごでアパートを指し示しながら望月さんが差し出した手を握り、
「モリ」森さんは短くそれだけ伝えてまた手を放しました。
そしてまた板をはがし始めました。
あと一枚でドアが開きそうです。
「どんな事故か、聞きたい?」
望月さんはそう森さんの背中に聞きましたが、あまり聞いていなさそうだな、と判断したらしく、また大きくため息をついて
「今からオレ、シゴト行くしね。引っ越し落ちついた頃にでも、また来るから」
それだけ言い残し、くるりと向きを変えて自分の家に去って行きました。