望月さん、テレビに出る
稲葉上家では、森さんの半居候に反対する者は誰もおりませんでした。
なぜなら、末っ子のまるごが家出してから、稲葉上のおやじとおふくろはまるで気が触れたかのようにまるごを捜し回り、家に帰って来ることはなくなったのだそうです。
そして図書館で働いているまるさん姉さんは「げしく」に入って留守なのです。
だから、ふだん家にいるのはじいさんとまるよんだけだということでした。
まるごがこんなに近くに隠れているのに、どうして隣家の自分に先に訊きに来ないのか森さんは首をかしげましたが、じいさんが言うには、稲葉上の夫婦は熊や狼を先天的に恐れ、あまりにも恐れ過ぎているために近寄ることなぞ、まるで考えていなかったとのこと。
「まあ、あの子にもそろそろ冒険が必要だろうて」
じいさんは、どこか寂しげにそう笑い、またテレビに目をやっています。
その脇で、まるよん姉さんはずっとふわふわ壁の補強に余念がありません。
まるよんは両親から
「文明の中で生きるためには、家の中を自然物で飾り付けするのは厳禁」
としつこく言われていたらしいのですが、彼女はそれにはどうしても我慢できなかったのだそうです。
ツル女のことも分かりました。彼女は、しかま夫妻に雇われているニンゲンの秘書のひとりで『文明順応委員会』の理事でもあるというのです。
ブンメイドウカナンタラ、というような名前を少し前に、望月さんから聞いたことがあるな、と森さんはうっすらと思い起こしておりました。
確か、それは白狐のビャッコというヒトが代表だったと聞いた気がします。しかし、先日しかま夫妻が「彼はシッキャクした」と。
不思議そうに首を傾げている森さんに、稲葉上のじいさんは細かくうなずきながらこう説明しました。
「前から、あの連中はの、お互い張り合ってばかりだったのよ」
わしらも、しかまさんが助けてくれなくなったら、山に帰るしか、ないのう。
そう言ってしかし、じいさんはうふふふぅ、と何だかうれしげに笑いをもらしておりました。
森さんは、それからというもの朝になるとまるごを探しだし、稲葉上家に連れ帰り、すぐに森さん宅に逃げ帰るのを見届けてから日中は稲葉上家の片付け、大工仕事などの手伝いをして、ご飯はしっかりといただいて、日が暮れると「わがや」に帰りました。
森さん宅の庭は無残にもあちこち掘り起こされ、元々あった庭木や花もすっかり根っこが出てしまっていましたが、森さんはあまり気にしておりませんでした。
まあ元々、自分の庭ではなかったせいもあります。
そして毎夕食後、ジャムつきパンやサラダ、お菓子などを紙に包んで持って帰り、家に入る前に庭先のブロックの上に置いておきました。
翌朝にはきれいに無くなっているのを見て、まるごがちゃんと食べているのを確かめ、また稲葉上さん宅に向かうのでした。
稲葉上さん宅のお手伝いの合い間、森さんはじいさんとソファに座ってテレビを視るのも楽しみのひとつになりました。
編んだ草の壁が不定形に迫り、さながら穴倉のようになった部屋で、森さんはじいさんの脇に座り、いつの間にか懐いてしまったまるよん姉さんをひざに乗せて、ぼんやりとテレビを視て過ごす、そんな生活がしばらく続きました。
外はずいぶんと春めいてきました。しかし、時には強い風が吹き、天気も晴れたと思えばすぐ冷たい雨、とコロコロと変わります。
森さんは稲葉上さん宅でくつろいでいる時でも、風や雨の匂いがするたびに、まるごを連れて来ようかと立ち上がりかけるのですが、じいさんは相変わらず
「冒険が、必要じゃて」
そうつぶやくのみでした。
そんな頃、森さんはずっと気になっていた望月さんを見つけて思わず吼えました。
「も、もちづきさん」
天井がビリビリと震えて小枝の飾りが降りしきります。まるよんは森さんの膝から飛び降り、テーブルの下で頭をかかえて丸まりました。
オオカミの望月さんが、何と、テレビの中にいたのです。
しかも、笑って。