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森さん、稲葉上さん宅に上がり込む

 子ウサギまるごはいくら家出を決意した若者と言えども、まだ何かとおぼつかなげに見えました。まるごは、地面を掘って穴をあけ、ウサギがよくやる巣を作りたいようでした。

 しかし、一日二日して気づきましたが、掘り方は中途半端、すぐ飽きてしまうようで敷地のあちらこちらに茶色い土の塊が浮き上がってしまいました。森さんは、庭でまるごの盛り土を見かけるたびにそこを掘ってしっぽの見えているまるごを爪でひっかけ、稲葉上家の方に放り投げました。

 それでもすぐに、まるごはこちらの敷地にとって返してきます。

 仕方なく、森さんはまるごの首根っこをぎゅっとつかまえ、稲葉上さん宅に直接届けることにしました。

「はなせ、くま、高い、こわい、はなせはなせ、高いよなにすんだ、くま」

 早口でじたばたと暴れて後ろ脚で森さんの肩口をぺしぺし蹴りまくるウサギには構わず森さんは稲葉上さん宅の玄関に回りましたが、鍵がかかっていて誰も出てくる様子はありません。家の周りをぐるっと回り、庭のテラスへとやってきました。ガラス戸の内側に、明るい居間がみえ、テレビがついており、その前のソファに小さな影がみえました。

 稲葉上のじいさんです。

 ひざにふわふわの毛布を乗せた、じいさんウサギがふとこちらに目を向けました。

 森さんがガラス戸を爪でひっかくと、開いとるよ、と隙間風のごとき声でそう言って、震える手で招きました。

 中に入って、まるごを床に下ろしたとたん、まるごはひとっ飛びでまだ開いていた戸口から外に飛び出しました。まさに脱兎です。まるごは長い後ろ脚で巧みに方向転換し、再び森さんの庭へと姿を消しました。

「森さんとこに、ごやっかいになっとったか」

 じいさんは、たいして感動した様子もなく淡々とそうつぶやいて、また、テレビに向き直りました。


 よく見ると、居間はあんがいうす暗く、壁がはっきりとしておりませんでした。枯れた草を丸めたか編んだようなものがびっしりと壁沿いに積み上げられ、それはテレビといくつかの食器棚、森さんが入ってきた掃き出し窓、まん中にあるソファセットを今にも包みこんでしまいそうなくらい、迫りよっておりました。

 まるで、草で編んだ壁のようなそのふわふわでしたが、一ヶ所、ソファの向こう側が小刻みに揺れ動いていました。森さんがそおっと伸びをして見てみると、積み上げた草に更なる草の固まりを編み込もうとしている、まっ白な子ウサギの姿が見えました。

 気配を感じたのか、白い子ウサギは耳を立ててこちらを振り向きましたが、そのまま固まってしまいました。

「まるよん、だいじょうぶだよ、隣に住んどる森さんじゃ」

 じいさんウサギがそう言っても、しばらくの間その姿は固く縮こまっております。

 どうやら、まるごの言っていた「ひきこもりのまるよん姉さん」のようです。

「森さんや」

 じいさんはテレビの画面から目を離さずに、淡々とした口調で言いました。

「しばらくワシらは留守番じゃ。どうだね、いっしょに夕飯でも」

 森さんのお腹が、ぐううと大きく鳴りました。


 それからしばらくの間、すっかり暖かくなる頃まで森さんはご飯をおよばれに稲葉上さん宅に上がり込むようになりました。

 朝起きるとまず、庭のどこかに巣穴を掘りかけて尻だけ見せているまるごを爪でひっかけ、そのまま稲葉上さん宅のテラスに伺います。

 そこでまるごを離してやってから、彼がすぐに森さん宅の庭に駆け戻ってしまうのを見届け、自分だけ稲葉上さん宅に上がり込みます。

 そうして、まるよんとじいさんが支度した朝ごはんをおいしく頂くのです。

 朝食はたいがい、挽き割り小麦のパンとにんじんジャム、よい香りのするハーブティーと決まっていました。たまに森さんに気を遣ってか、とろりと金色に輝くはちみつを瓶ごと出してくれることもありました。


 それから、森さんは日中のうちは稲葉上さん宅で過ごすようになりました。

 

 じいさんとまるよんは、昼飯と夕飯も、少ないなりに用意してくれました。

 まるよんもじいさんも、ほとんど外に出ないのにこの家には食料が途切れるということがないようです。


 森さんはずっと不思議に思っていましたが、

「食い物なら、心配いらんよ」とのじいさんのことばでようやく気づきました。

 ちょうどその時、表側の窓から赤いトマトの絵がついた白いトラックが、彼らの家の前に停まるのが見えたのです。

 一週間に一度、「こーぷさん」が彼らのところに食べ物の詰まった箱を運んできてくれていたのでした。


 払いはぜんぶ、しかまさんの所でしてくれるんじゃ、と手風琴から空気が漏れるかのような声でじいさんが教えてくれました。

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