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森さん、共同生活を始める

 その日からなぜか、森さんと望月さん、ニンゲン少女との共同生活が始まりました。


 望月さんは真夜中に急に訪ねて来た時にはおくびにも出さなかったのですが、実は度々警察のやっかいになっていたようで、あの日、ついにアパートから追い出されたのだとか。


 今ではまるっきり我が家でくつろいでいるかのように、望月さんは朝の光の中、ソファにもたれかかって座っています。

今朝も望月さん、先日の誤認逮捕の話を繰り返していました。

「女子高生がギャーギャー騒いでよ、変態だの何だの。つうかさ、店の外から見えるワケねえだろって言ってやったさ俺は、ガラスったって下半分はすりガラスだぜ、寝転がったってどしたらアイツらのパンツなんて見えるんだ、ってよ。しかも俺はニンゲンのパンツなんて興味これっぽちもねえしよ、ケーサツも呆れてたけどな」


 少女は全然話が見えていない者の強み、望月さんを何かと質問攻めにしながら、それでもみんなの朝食を用意してくれていました。


 少女の質問がうまかったおかげで、森さんにも、望月さんの過去が少しみえてきました。

望月さんが仲間のいない森に見切りをつけ、可愛い犬でいいからお嫁さんにしようと思い立って街に出て来たこと、初めに会った老犬のアドバイスに従い、嫁を攫って森に帰るのではなくまずは文明に慣れるためニンゲンとともに暮らす(みち)を選んだこと、日雇いで廃車処分場の見張りや夜間警備の仕事についたこと、時々発作的な野生行動で警察など周囲にやっかいになっていること、など知ることができたのです。


 少女は先天的に聞き上手のようでした。

 しかし朝の光の中でみる姿は更に珍妙でした、ぼさぼさの髪も、一応切りそろえたらしい前髪すらも野性的で、その隙間から黒くきらめく瞳が時々覗いています。着ているワンピースは夏物で、元々の色なのか少し黄ばんだような生地に何となく高価なティーセットにでもありそうな細く青い線の草花模様が散らばっていましたが、すそはほつれかかり、所どころひっかけたような鉤裂きができていました。

 家の中でもちびたゲタを履いていましたが、それで前のめりになって少し急ぐように歩きまわっています。

 それでもさすが、『ウチ』というだけあってどこに何があるかはよく分かっているようです。初日の朝から、少女はどこからか大きな中華鍋を出してきてそこに森さんが先日インターナショナルな店で買ってきた小麦粉、どこかにまだ隠してあったらしいツナやコンビーフなど何種類かの缶詰の中身をぶちまけ、これも探し出してきた木べらでぐるぐるとかき回しています。


 食事を混ぜながらも、今朝も少女は望月さんに色々と聞きまくっていました。


「それにしても、よくアパートなんて入れたよね、オオカミなのに」

 望月さんはふん、と鼻をならして答えます。

「実力者に紹介してもらったのよ、文明同化協会のね」ブンメイドウカキョウカイ、と言う時、狼は長い舌が絡まないように用心深く発音しました。

「実力者?」少女が訊き返すと狼はうんうんと深くうなずいて

「白い狐のね、俺とあんまり大きさも変わらねえ、堂々としててさ」

 続きは不本意なのか少しだけ言い淀んでから、それでもさらっと

「狐だけどな、確かに立派なヤツだ」

と付け足しました。


 白い動物、案外珍しくないのだろうか? と森さんはちらりとシカマ夫妻の姿を思い出しました。


「大家のニンゲンが、文明化する動物に非常に理解があるから、ってヒャッコさんが言うんでさ」

 ふうん、とどこか醒めた口調で少女はなおも鍋をかきまぜていましたがようやく

「できた」と手を止めました。


 鍋の中には濁った泥状の塊がへばりついています。


「とても美味しそうだけど……」

 少女は品定めするように塊と望月さんと森さんとを一通り見回してから、独り言のように言いました。

「焼かないと駄目かもね、生の小麦粉は消化できないらしいから……ニンゲンはね」

「何か微妙に哀しい言い方だよな」

望月さんが、森さんに向かって顔をしかめました。

「つうか、オレ的には小麦粉入った時点で何かを捨てたような気分なんだけどな」

 とりあえず焼き上がった黒い泥の塊じみた食べ物を、森さんはありがたく頂きました。望月さんも何だかんだ文句を言いながらも

「まあ、じゃっかんツナっぽさが残ってら……端の方はサクサクしてイケルかもな」

 とりあえず、平らげてしまいました。

 少女はそれを楽しげに見守っておりましたが、森さんが半分に割ったものを差し出すと

「いらない」

 そう言って皿を片付けました。


 相変わらず水は出そうもなかったので、少女はずかずかと稲葉上さん宅の庭に入り込み、端にある水道の蛇口をひねると、惜しげもなく出して豪快に食器を洗いました。

 森さんが気になって目をやると、ちょうどカーテンの影からいくつもの兎の頭がひょい、と奥に引っこむのが見えました。


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