森さん、山をおりる
森さんというのは、クマでした。
ニンゲンどもの緒事情により山奥深い住処から追われに追われ、幾歳月。
ついにたどり着いたのは、首都圏からやや西の方に離れた位置にある、とある地方都市でありました。
地方都市というだけあって、市街地の周りは山と海とに囲まれておりまして。
時は秋。そろそろ吐く息も白く見えそうな時期。
森さんは、林道を下る途中で電力会社の協力企業、まあぶっちゃけ下請けのさらに下請け企業の作業車をひょいと覗き、誰もいなかったのを幸い弁当箱の脇にあった財布をちょいと拝借し、その金で町に出てすぐ見かけた衣料品店にて上下の服を買って着込みました。
そこは、赤い四角に六個の白い形がきれいに並んだ看板で、お店の人たちはクマが入ってきたのも特に何も言わずに(いらっしゃいませ、すら言わず)クマが選んだフランネルの長袖チェックシャツとダウンベストとカモフラウォームイージーパンツとを無言のままレジに通し、ようやくことばにしたのが
「ここで、着ます?」。
目はまん丸だったので、それしかことばが出なかったというのが正直なところでしたが。
森さんは
「ううふ」
と唸ってそれで試着室を借りてどうにか全てを着込みました。
靴については合うものが見つかりそうもなかったので、森さんは黙ってルームシューズを一足、棚から出してきました。それは玉子のような温かい黄色にたまたま可愛いクマ柄が茶色で描かれており、ちょっと見はプリンぽかったのですが、森さんはすっかりそれが気に入ったように
「んっふ」
と鼻息を吹きました。
お金を払ってからそれをつっかけ何だかすっかりカジュアルな感じで、森さんは店を出て行きました。
住処を探すために、この街で。