一 [1/3]
無転の家は、集落から大きく外れた森の中にある。一般人と過ごすなど息が詰まるだけだ。彼らがいなくても生きられるのだから、わざわざ馴れ合う必要はない。
人気のない森に住むことで、王に反意を持った奴らから身を守ることもできる。
もちろん、一般人のような何の能力もない人々に後れを取るなどあり得ないが、避けられる面倒事は避けるに越したことはない。
無転はいつものように、誰も後をつけていないことを確かめながら家路を急いだ。
木の葉のこすれる音、鳥の鳴き声――。辺りは森特有の音で満ちている。
大きく響いているのは、鳥の羽音か。無転のすぐ真上から聞こえてくる。警戒心の薄い鳥もいたものだ。
無転は何気なく見上げて――、
「!」
絶句した。頭上に見たこともないほど巨大な青白い鳥。しかも、それは背に人を乗せていた。
細く短いくちばしに、丸い頭。首の周りを鬣のように大きな羽根が覆っているが、胴と翼は細く、先の丸くなった尾羽根があいらしい。
無転の見上げる前で、その鳥は重さを感じさせない滑らかさで下り立った。ちょうど、彼の目の前に――。
その背から人が滑り降りる。歳十七、八位の小柄な少女だ。
彼女の容姿にも彼はたじろいだ。
彼女の髪は青みがかった黒で、背に垂らしている長い三つ編みだけ深紅。しかも、服は背中が大きく開けるように光沢のある純白の布を巻いただけで、白い肩や腕が剥き出しになっていた。
いや、それだけなら許せる。ただ、右目が青く左目が赤なのと、彼女の纏う純白の光が驚きだった。
彼やその妹のように稀有な能力を持つものは、大抵同じような光を纏っているので、光自体に珍しさはない。しかし、彼女の纏う光は、今まで見た中でも格別に大きかった。
「無転、だよね?」
少女は女の子らしい高く明るい声で尋ねた。
彼は浅く頷く。
「うちらはフリティラリア。ティアって呼んで。こっちは精霊のスノーだよ」
『うちら』と言っても、少女とスノー以外にそれらしい影は見当たらない。無転は聞き流す事にした。
「それで?」
やや冷たい声で言い、少しずついつもの調子を取り戻そうとする。
こんなやつらただの小娘と鳥だ。まだ行ったことのない南の大陸には、こんな民族や鳥がいるのかもしれない。そう思えば、何とか冷静になれる。
ただ、彼女の纏う光を見ると、ティアも彼と同じ稀有な力をもつ者だ。