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転生した悪役令嬢、ヒロインと目が合った瞬間に互いを転生者だと察する

作者: 石崎さかな
掲載日:2026/08/28

「ヴィオラ・レシュタール! エマへの数々の悪行、もはや言い逃れはできない!」


 卒業記念舞踏会の中央で、第一王子レオンハルトが私を指さした。


 来た。


 十年間、避け続けてきた断罪イベントが、とうとう始まってしまった。


 私が転生したのは、乙女ゲーム『花冠の乙女と七つの誓い』に登場する悪役令嬢、ヴィオラ・レシュタール。


 第一王子の婚約者であり、光属性を持つ平民の少女エマをいじめ抜き、最後には国外追放される女だ。


 八歳で前世を思い出してから、私は破滅を避けるために努力してきた。


 エマの教科書には触れていない。


 階段では必ず彼女から十歩以上離れた。


 制服へインクがかけられる日は、王妃と一緒に茶会へ出席した。


 光魔法の実習当日は、発熱したことにして屋敷から一歩も出なかった。


 刺客など、もちろん雇っていない。


 それなのに今、攻略対象たちはゲームと寸分違わぬ位置に立ち、私を断罪している。


「答えよ、ヴィオラ!」


 王子の声が舞踏会場へ響く。


 けれど、私が本当に驚いたのは断罪が始まったことではない。


 王子の隣に立つヒロイン、エマ・フェリスと目が合ったことだった。


 淡い金色の髪。


 光属性を示す青い瞳。


 ゲーム画面で何度も見た、清楚で愛らしいヒロインそのものだ。


 しかし、その顔は真っ青だった。


 私を陥れて勝ち誇っている顔ではない。


 むしろ、誰かに助けを求めるような顔だった。


 もしかして。


 私は右手の人差し指で、扇の柄を三回たたいた。


 前世で長いイベントを飛ばすとき、連打していた早送りボタンのつもりだった。


 エマの右手がぴくりと動く。


 彼女は何もない空中へ指を伸ばした。


 そして、存在しない選択肢を選び、決定ボタンを押すような動作をした。


 間違いない。


 このヒロインも転生者だ。


 エマの目も、同じことを訴えていた。


 おまえもか。


「何がおかしい!」


 王子の声に、私は我に返った。


「エマの教科書を破り、階段から突き落とそうとし、制服へインクをかけた。さらには刺客まで雇ったそうだな!」


 どれも身に覚えがない。


 私はあらかじめ用意していた証拠を出そうとした。


 教科書が破られた時刻には図書館長と面会していた。


 階段の件には複数の目撃者がいる。


 インク事件の日は王妃と一緒だった。


 説明すれば、少なくとも話し合いには持ち込める。


「殿下、まずはこちらの記録を」


 そう言おうとした。


 ところが、私の口から出たのは別の言葉だった。


「その平民が、自分で転んだだけですわ」


 会場がざわめいた。


 私は笑っていた。


 高慢な悪役令嬢そのものの笑みを浮かべ、扇で口元を隠している。


 違う。


 私はそんなことを言っていない。


 身体が勝手に動いている。


「ヴィオラ様!」


 エマが悲しげな声を上げた。


「私が平民だから、そこまで私をお嫌いなのですか?」


 その目は、必死に私へ訴えていた。


 違います。


 私、そんなことを言いたくありません。


 どうやらエマも同じらしい。


 私たちは互いの意思とは関係なく、ゲームの台詞を言わされている。


「まあ、身分の違いも理解できないなんて。これだから平民は困りますわ!」


 私の口が勝手に動く。


 おまけに高笑いまで出た。


「おほほほほ!」


 やめて。


 私にこんな笑い方をさせないで。


 息継ぎの場所すら分からない。


 エマが泣き出した。


 ただし、目には一滴も涙が浮かんでいない。


 泣く動作だけを強制されているらしい。


 エマは顔を両手で覆いながら、指の隙間から私を見た。


 その目が言っている。


 ヴィオラ様、高笑いが長すぎませんか。


 私の意思ではありません。


 私は扇を少しだけ左へ傾けた。


 幼いころ、護衛との合図に使っていた動作だ。


 危険あり。


 エマは一度だけまばたきをした。


 了解。


「エマ、もう耐える必要はない」


 王子がエマの肩を抱こうとする。


 だが、王子の右手は激しく震えていた。


 その表情は厳しいままだというのに、右手だけが自分の動きを拒むように止まっている。


 王子まで操られている。


「本日をもって、余はヴィオラ・レシュタールとの婚約を破棄する!」


 王子の宣言とともに、大広間の天井から鐘の音が響いた。


 ゲームでは聞き慣れた効果音。


 攻略対象との恋が成就したときに鳴る、祝福の鐘だ。


 だが現実に聞くと、少しも美しくなかった。


 何か巨大なものが、世界そのものを内側からたたいているような音だった。


 視界の端に、淡い金色の文字が浮かぶ。


『断罪イベントを進行します』


 私の前に、三つの台詞が並んだ。


『わたくしは何もしておりませんわ』


『すべてはエマの自作自演です』


『王子殿下は、その女にだまされています』


 冗談ではない。


 どれを選んでも、悪役令嬢らしく無様に反論するだけではないか。


 私は口を閉じようとした。


 顎が震える。


 喉が勝手に開く。


「わたくしは」


 止められない。


「何も」


 ゲームの筋書きが、私の舌を動かしている。


 そのとき、エマが大きく一歩を踏み出した。


 王子の手を振り払い、私の前までやって来る。


「ヴィオラ様!」


 エマの右手が私の扇に触れた。


 その瞬間、身体を縛っていた力がわずかに弱まった。


「魔法勝負をしてください!」


 エマが叫んだ。


 会場が静まり返る。


 それはゲームの台詞だった。


 断罪されたヴィオラが逆上し、エマへ魔法勝負を申し込む。


 そしてヴィオラは敗北し、その場で拘束される。


 本来なら、私が言うはずの台詞だ。


 エマはゲームの進行を利用し、私より先にイベントを奪ったのだ。


「望むところですわ!」


 私の口が勝手に答える。


 けれど今度は、強制された言葉と私の意思が一致していた。


 エマがほんの少しだけ笑う。


 上出来。


 その目は、そう言っていた。


     ◇


 魔法勝負は、舞踏会場の地下にある演習場で行われることになった。


 私とエマを先頭に、王子と二人の攻略対象、その後ろから教師や貴族たちが続く。


 地下へ向かう階段で、私は一度もエマと会話できなかった。


 話そうとすると喉が閉じる。


 それでも、私たちにはゲームの知識がある。


 私は扇を開き、右手に持った。


 右は肯定。


 左は否定。


 エマはハンカチを一度折った。


 理解した。


 私は右側にいる王子を見たあと、扇で自分の胸元を指した。


 王子も操られている。


 エマは右手を握り、すぐに開いた。


 同意。


 次に私は床を扇で指した。


 この下に原因がある。


 エマの眉が上がった。


 私はもう一度、地下を示す。


 ゲームで魔法勝負が行われると、演習場の床に巨大な魔法陣が浮かぶ。


 私は前世で何度も疑問に思っていた。


 なぜ、ただの学園の演習場に、王宮の儀式場より巨大な魔法陣があるのか。


 あの魔法陣こそ、ゲームの強制力に関係しているのではないか。


 演習場へ入ると、教師が私たちを向かい合わせた。


「勝負は、どちらかが降参するまでとする。致命的な魔法の使用は禁止だ」


 教師の声にも抑揚がない。


 ゲームとまったく同じ台詞だった。


 エマが杖を構える。


 私も扇を閉じ、魔力を流した。


「光よ!」


 エマの杖から、まばゆい光弾が放たれる。


「拒みなさい!」


 私は結界を展開した。


 光と結界が衝突する。


 歓声が上がった。


 表向きは、ヒロインと悪役令嬢の魔法勝負だ。


 しかし、エマの光弾は私を狙っていない。


 私の結界も、光弾を跳ね返してはいない。


 二つの魔法を絡ませ、少しずつ床へ流し込んでいる。


「ヴィオラ様、どうして私を認めてくださらないのですか!」


 エマの口から、ゲームの台詞が出る。


「身の程を知らないからですわ!」


 私も強制された台詞を返す。


 その間にも、床へ注ぐ魔力を増やしていく。


「私はただ、皆さんと仲良くしたかっただけなのに!」


 それは知っている。


 入学初日、エマは攻略対象全員から逃げ回っていた。


 王子が中庭へ来れば図書室へ向かい、騎士団長の息子が食堂へ来れば厨房へ逃げ込んだ。


 その不自然さを、私はずっと疑っていた。


 まさか、攻略対象を避けていたとは。


「光の乙女としての立場を利用したかったのでしょう!」


 違う。


 エマは利用していない。


 利用したのはゲームだ。


 私たちを悪役令嬢とヒロインに分け、争わせようとする、この世界の筋書きだ。


 床の魔法陣が光り始めた。


 ゲームでは、エマの光魔法が最大になった合図だ。


 次の一撃で私の結界が破られ、勝負が終わる。


『最終攻撃を実行してください』


 エマの前に、選択肢が浮かんだ。


 私にも見えた。


『光の矢』


『浄化の炎』


『聖女の裁き』


 どれも私を倒すための魔法だ。


 エマは一つも選ばなかった。


 杖を逆さに持ち替え、石突きを床へ突き立てる。


「全部、お断りします!」


 光が床へ流れ込んだ。


 私も結界の向きを反転させる。


 魔法陣の中央に、亀裂が走った。


「いけません!」


 教師が叫ぶ。


 王子たちがこちらへ走り出す。


 だが、遅い。


 床が崩れた。


 私とエマ、王子、二人の攻略対象が、光の中へ落下した。


     ◇


 落ちた先には、巨大な機械があった。


 何百枚もの金属板。


 複雑に絡み合う銀色の糸。


 空中を流れる、無数の文字。


 その中央に、青白い水晶が浮かんでいる。


『予定外の経路を確認』


 声が頭の中へ直接響いた。


『物語の修正を実行します』


 銀色の糸が飛んできた。


 一本が私の右手首へ巻きつく。


 同時に、身体の自由が奪われた。


 エマにも糸が絡みついている。


 王子たちには、私たちよりも多くの糸がつながっていた。


「あなたは、何者ですの?」


『当機関は運命編纂機関アルカ』


 水晶の表面へ文字が流れる。


『王国の存続を目的とし、最適な未来を再現するもの』


「最適な未来?」


『光の乙女は七つの誓いを集め、王国を救済する。障害となる侯爵令嬢は排除され、王国は一つとなる』


「私を追放すれば、王国が救われると?」


『肯定』


 目の前に、未来の映像が映し出された。


 国外追放された私。


 護衛もなく、国境へ向かう馬車。


 森から現れる賊。


 横転する馬車。


 動かなくなる私。


 その瞬間、王都を包んでいた結界が消えた。


 レシュタール侯爵家の血に受け継がれた結界術。


 王都の大結界は、我が家の術式を土台にしている。


 ゲームでは説明されなかった設定だ。


 場面が数年後へ移る。


 空が黒く染まり、王都へ魔物の群れが押し寄せる。


 崩壊する城壁。


 逃げ惑う人々。


 エマが目を見開いた。


「王国が滅びているじゃない!」


『当該時点は演算対象外』


「演算対象外ですって?」


『光の乙女が王子と結ばれ、当面の災厄を退けた時点で、物語は完了する』


 私は思わず笑った。


 アルカは未来を見通しているのではない。


 一度だけ成功した筋書きを、正しい未来だと思い込んで繰り返している。


「随分とお粗末な筋書きですこと」


『理解不能』


「あなたの物語では、王国は数年後に滅びます。エマを聖女という役割へ縛り、殿下たちから考える力を奪い、私を悪役として殺す。その結果がこれです」


『光の乙女は攻略対象と結ばれなければならない』


「だから、嫌だと言ってるの!」


 エマが銀の糸を引っ張った。


「私は誰かと恋をするために、この世界へ来たんじゃない。親切にされたらお礼を言いたいし、困っている人がいたら助けたい。でも、そのたびに勝手に好感度を上げないで!」


『ヒロインは愛される存在』


「それを私の罪みたいにしないで!」


 エマの光が強くなる。


 けれど銀の糸は切れなかった。


『逸脱を修正します』


 エマの前に三つの選択肢が現れた。


『王子の手を取る』


『ヴィオラを告発する』


『泣いて助けを求める』


 エマの右手が持ち上がる。


 指先が、最初の選択肢へ近づいていく。


「エマ!」


「動かないの!」


 エマは自分の右手を左手でつかんだ。


 それでも、指先は少しずつ進んでいく。


『選択してください』


「嫌よ」


『選択してください』


「こんなもの、選ばない!」


『選択してください』


 エマの指が選択肢に触れようとした。


 その瞬間、エマは私を見た。


 断罪会場で目が合ったときと同じだった。


 エマは左手の指先で、床を三回たたいた。


 一回。


 二回。


 三回。


 早送り。


 誰かに決められた場面を、自分の意思で終わらせる合図。


 エマは右手を無理やり引き戻した。


「どれも選ばない」


『選択肢以外の行動は存在しません』


「なら、今作る」


 エマは私へ手を伸ばした。


「第四の選択肢。ヴィオラと友達になる」


 空中の文字が激しく乱れた。


『該当する選択肢は存在しません』


「今、存在したわ」


 エマの指先が、私の手に触れた。


 銀の糸が一本、音を立てて切れた。


『ヒロインと悪役令嬢は敵対関係にあります』


「それはあなたが決めた役割でしょう!」


 エマが私の手を強く握る。


「私は前世から、ヴィオラが好きだった!」


「え?」


 今、非常に聞き捨てならない発言がなかっただろうか。


「どの攻略ルートでも誰にも信じてもらえなくて、最後まで侯爵令嬢の責任だけは捨てなかった。悪役の台詞を言わされても、王都の結界を守っていた。私は、ずっとヴィオラ推しだったの!」


「その情報は、もう少し適切な状況で聞きたかったですわ!」


「私だって、こんな機械の地下で告白したくなかった!」


『修正を実行します』


 今度は、私の前に文字が浮かんだ。


『平民風情が、私に逆らうなんて』


 喉が強く締めつけられる。


「平民風情が」


 私の口が勝手に動く。


 エマが私の手を離さない。


「私に」


 ゲームの筋書きが、最後の言葉を要求する。


 逆らうなんて。


 そう言えば、私たちは再び悪役令嬢とヒロインへ戻る。


 私はエマの手を握り返した。


「私に、友達になれと言うなんて」


 声が出た。


 自分の声だった。


「ずいぶん生意気ですわね、エマ」


 銀の糸にひびが入る。


 エマは笑った。


「嫌ですか、ヴィオラ?」


 嫌ではない。


 ゲームのヒロインだからではなく。


 光の乙女だからでもなく。


 今ここで、自分の意思で私の手を取ったエマだから。


「いいえ。悪くありませんわ」


 すべての銀の糸が切れた。


 王子たちを縛っていた糸も砕け散る。


「ヴィオラ!」


 レオンハルトが自分の右手を押さえ、その場へ膝をついた。


「私は、君に何を」


「謝罪はあとです、殿下。今はこの機械を止めます」


『物語の継続が不可能』


 アルカの水晶に亀裂が走った。


『ヒロインが攻略対象を選択していません』


「選ばなくても生きられます」


『悪役令嬢が排除されていません』


「悪役ではありませんもの」


『王子が悪を断罪していません』


 レオンハルトが立ち上がった。


「断罪すべき悪が誰なのかは、自分で考える」


『役割が成立しません』


「ええ」


 私はエマと並び、水晶へ向き直った。


「ですから、あなたの物語はここで終わりです」


 私の結界魔法が、アルカの水晶を包む。


 エマの光魔法が、その内側を満たす。


 壊すためではない。


 もう誰の意思も操れないよう、機能だけを封じる。


『物語が存在しなければ、未来は保証されません』


「必要ありません」


 エマが答えた。


「未来は、私たちが考えるから」


 光が地下空間を満たした。


 水晶から銀色の糸が消える。


『運命編纂機能を停止』


 最後の文字が、ゆっくりと薄れていく。


『以降の選択肢は存在しません』


「それで結構ですわ」


 私はエマの手を握ったまま答えた。


「自分で選びますから」


     ◇


 三日後。


 王宮の会議室で、レオンハルトは私へ深く頭を下げた。


「ヴィオラ。すまなかった」


 アルカに操られていた者たちには、当時の記憶が残っていた。


 王子も、自分が何を言い、何をしようとしたのかをすべて覚えている。


「アルカに操られていた。それは事実だ。だが、すべてをアルカの責任にはできない」


 レオンハルトは顔を上げた。


「私は以前から君と向き合おうとしなかった。エマへ理想を押しつけ、君の言葉を疑った。あの機械は、私の弱さを利用しただけだ」


「謝罪は受け取ります」


「では、婚約を」


「それとこれとは別ですわ」


 レオンハルトの口が閉じた。


「操られていた殿下を憎んではおりません。ですが、失われた信頼まで元に戻ったわけではありません」


「そうか」


「婚約は白紙に戻しましょう。その後の関係については、一から考えるべきです」


 レオンハルトはしばらく黙ったあと、うなずいた。


「分かった」


 以前の王子なら、王家の都合や婚約の責任を口にしたかもしれない。


 今は、自分の言葉で私の決定を受け止めた。


 それだけで十分だった。


「ところでエマ」


 王子が、私の隣で菓子を食べていたエマを見る。


「君にも謝らなければならない。私は君の意思を確認せず、勝手に守るべき存在だと思い込んでいた」


「では、これからは普通の学友としてお願いします」


「普通の学友」


「はい。勝手に抱き上げたり、壁際へ追い詰めたり、雨の中で外套をかけたりしない学友です」


「私は、そんなことを?」


「全部やりました」


 王子が両手で顔を覆った。


 ゲームでは胸が高鳴る場面だった。


 実際にされる側からすれば、かなり困る行動だったらしい。


「それから、エマ」


 私は彼女へ顔を向けた。


「口元に菓子の欠片がついていますわ」


「取って」


「自分で取りなさい」


「友達なのに」


「友達だからこそ、自立を促しているのです」


「ヴィオラ、意外と厳しい」


「意外とは何ですの」


 レオンハルトが顔を覆ったまま、小さく笑った。


 攻略対象も悪役令嬢もヒロインもいない。


 ここにいるのは、間違いを犯し、これからの生き方を考えることになった人間たちだけだった。


     ◇


 それから三か月後。


 私は王都の喫茶店で、エマと向かい合っていた。


 レシュタール侯爵家は王都結界の術式を公開し、私一人がいなくなっても維持できる仕組みを作り始めた。


 エマは光魔法の研究班へ入り、災厄を退ける方法を探している。


 停止したアルカは未来予測装置として調査されることになった。


 ただし、人の意思へ干渉する機能は私の結界で完全に封じてある。


 もう、空中に選択肢は現れない。


「ところでヴィオラ」


 エマが焼き菓子を口に運びながら言った。


「前世では、誰を攻略したの?」


「全員ですわ」


「完全攻略派だったんだ」


「せっかく購入したゲームですもの。当然でしょう」


「一番好きだったのは?」


「宰相子息の隠しルートですわね。あの方だけは断罪イベントでも中立でしたから」


「なるほど。ヴィオラは冷静な眼鏡が好み、と」


「妙な解釈をしないでください」


「私はヴィオラが一番好きだったけど」


「私は攻略対象ではありません」


「だから不満だったの。何度探してもヴィオラ救済ルートがなかったから」


「それは残念でしたわね」


「ううん」


 エマは楽しそうに笑った。


「今世では攻略できたから」


 私は危うく紅茶を吹き出しかけた。


「攻略された覚えはありません!」


「友達になったでしょう?」


「それは攻略とは言いません!」


「私の好感度は最大だけど?」


「勝手に数値化しないでください!」


 エマが声を上げて笑う。


 私はため息をつき、自分の皿に残っていた焼き菓子を一つ、エマの皿へ置いた。


「これ以上しゃべると紅茶が冷めます。少しは静かに食べなさい」


「ありがとう、ヴィオラ」


「余っただけですわ」


「はいはい。そういうことにしておくね」


 窓の外には、穏やかな王都の景色が広がっている。


 攻略対象を選ばなくてもいい。


 悪役を追放しなくてもいい。


 用意された結末へ向かわなくてもいい。


 私たちの頭上には、もう選択肢は現れない。


 正解を教える文字もなければ、好感度を知らせる音も鳴らない。


 だから私は、自分で選んだ。


 目の前で笑っている少女と、明日もまた同じテーブルを囲むことを。


 悪役令嬢とヒロインではなく。


 ヴィオラとエマとして。


 誰にも定められていない私たちの物語は、ここから始まるのだ。


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