転生した悪役令嬢、ヒロインと目が合った瞬間に互いを転生者だと察する
「ヴィオラ・レシュタール! エマへの数々の悪行、もはや言い逃れはできない!」
卒業記念舞踏会の中央で、第一王子レオンハルトが私を指さした。
来た。
十年間、避け続けてきた断罪イベントが、とうとう始まってしまった。
私が転生したのは、乙女ゲーム『花冠の乙女と七つの誓い』に登場する悪役令嬢、ヴィオラ・レシュタール。
第一王子の婚約者であり、光属性を持つ平民の少女エマをいじめ抜き、最後には国外追放される女だ。
八歳で前世を思い出してから、私は破滅を避けるために努力してきた。
エマの教科書には触れていない。
階段では必ず彼女から十歩以上離れた。
制服へインクがかけられる日は、王妃と一緒に茶会へ出席した。
光魔法の実習当日は、発熱したことにして屋敷から一歩も出なかった。
刺客など、もちろん雇っていない。
それなのに今、攻略対象たちはゲームと寸分違わぬ位置に立ち、私を断罪している。
「答えよ、ヴィオラ!」
王子の声が舞踏会場へ響く。
けれど、私が本当に驚いたのは断罪が始まったことではない。
王子の隣に立つヒロイン、エマ・フェリスと目が合ったことだった。
淡い金色の髪。
光属性を示す青い瞳。
ゲーム画面で何度も見た、清楚で愛らしいヒロインそのものだ。
しかし、その顔は真っ青だった。
私を陥れて勝ち誇っている顔ではない。
むしろ、誰かに助けを求めるような顔だった。
もしかして。
私は右手の人差し指で、扇の柄を三回たたいた。
前世で長いイベントを飛ばすとき、連打していた早送りボタンのつもりだった。
エマの右手がぴくりと動く。
彼女は何もない空中へ指を伸ばした。
そして、存在しない選択肢を選び、決定ボタンを押すような動作をした。
間違いない。
このヒロインも転生者だ。
エマの目も、同じことを訴えていた。
おまえもか。
「何がおかしい!」
王子の声に、私は我に返った。
「エマの教科書を破り、階段から突き落とそうとし、制服へインクをかけた。さらには刺客まで雇ったそうだな!」
どれも身に覚えがない。
私はあらかじめ用意していた証拠を出そうとした。
教科書が破られた時刻には図書館長と面会していた。
階段の件には複数の目撃者がいる。
インク事件の日は王妃と一緒だった。
説明すれば、少なくとも話し合いには持ち込める。
「殿下、まずはこちらの記録を」
そう言おうとした。
ところが、私の口から出たのは別の言葉だった。
「その平民が、自分で転んだだけですわ」
会場がざわめいた。
私は笑っていた。
高慢な悪役令嬢そのものの笑みを浮かべ、扇で口元を隠している。
違う。
私はそんなことを言っていない。
身体が勝手に動いている。
「ヴィオラ様!」
エマが悲しげな声を上げた。
「私が平民だから、そこまで私をお嫌いなのですか?」
その目は、必死に私へ訴えていた。
違います。
私、そんなことを言いたくありません。
どうやらエマも同じらしい。
私たちは互いの意思とは関係なく、ゲームの台詞を言わされている。
「まあ、身分の違いも理解できないなんて。これだから平民は困りますわ!」
私の口が勝手に動く。
おまけに高笑いまで出た。
「おほほほほ!」
やめて。
私にこんな笑い方をさせないで。
息継ぎの場所すら分からない。
エマが泣き出した。
ただし、目には一滴も涙が浮かんでいない。
泣く動作だけを強制されているらしい。
エマは顔を両手で覆いながら、指の隙間から私を見た。
その目が言っている。
ヴィオラ様、高笑いが長すぎませんか。
私の意思ではありません。
私は扇を少しだけ左へ傾けた。
幼いころ、護衛との合図に使っていた動作だ。
危険あり。
エマは一度だけまばたきをした。
了解。
「エマ、もう耐える必要はない」
王子がエマの肩を抱こうとする。
だが、王子の右手は激しく震えていた。
その表情は厳しいままだというのに、右手だけが自分の動きを拒むように止まっている。
王子まで操られている。
「本日をもって、余はヴィオラ・レシュタールとの婚約を破棄する!」
王子の宣言とともに、大広間の天井から鐘の音が響いた。
ゲームでは聞き慣れた効果音。
攻略対象との恋が成就したときに鳴る、祝福の鐘だ。
だが現実に聞くと、少しも美しくなかった。
何か巨大なものが、世界そのものを内側からたたいているような音だった。
視界の端に、淡い金色の文字が浮かぶ。
『断罪イベントを進行します』
私の前に、三つの台詞が並んだ。
『わたくしは何もしておりませんわ』
『すべてはエマの自作自演です』
『王子殿下は、その女にだまされています』
冗談ではない。
どれを選んでも、悪役令嬢らしく無様に反論するだけではないか。
私は口を閉じようとした。
顎が震える。
喉が勝手に開く。
「わたくしは」
止められない。
「何も」
ゲームの筋書きが、私の舌を動かしている。
そのとき、エマが大きく一歩を踏み出した。
王子の手を振り払い、私の前までやって来る。
「ヴィオラ様!」
エマの右手が私の扇に触れた。
その瞬間、身体を縛っていた力がわずかに弱まった。
「魔法勝負をしてください!」
エマが叫んだ。
会場が静まり返る。
それはゲームの台詞だった。
断罪されたヴィオラが逆上し、エマへ魔法勝負を申し込む。
そしてヴィオラは敗北し、その場で拘束される。
本来なら、私が言うはずの台詞だ。
エマはゲームの進行を利用し、私より先にイベントを奪ったのだ。
「望むところですわ!」
私の口が勝手に答える。
けれど今度は、強制された言葉と私の意思が一致していた。
エマがほんの少しだけ笑う。
上出来。
その目は、そう言っていた。
◇
魔法勝負は、舞踏会場の地下にある演習場で行われることになった。
私とエマを先頭に、王子と二人の攻略対象、その後ろから教師や貴族たちが続く。
地下へ向かう階段で、私は一度もエマと会話できなかった。
話そうとすると喉が閉じる。
それでも、私たちにはゲームの知識がある。
私は扇を開き、右手に持った。
右は肯定。
左は否定。
エマはハンカチを一度折った。
理解した。
私は右側にいる王子を見たあと、扇で自分の胸元を指した。
王子も操られている。
エマは右手を握り、すぐに開いた。
同意。
次に私は床を扇で指した。
この下に原因がある。
エマの眉が上がった。
私はもう一度、地下を示す。
ゲームで魔法勝負が行われると、演習場の床に巨大な魔法陣が浮かぶ。
私は前世で何度も疑問に思っていた。
なぜ、ただの学園の演習場に、王宮の儀式場より巨大な魔法陣があるのか。
あの魔法陣こそ、ゲームの強制力に関係しているのではないか。
演習場へ入ると、教師が私たちを向かい合わせた。
「勝負は、どちらかが降参するまでとする。致命的な魔法の使用は禁止だ」
教師の声にも抑揚がない。
ゲームとまったく同じ台詞だった。
エマが杖を構える。
私も扇を閉じ、魔力を流した。
「光よ!」
エマの杖から、まばゆい光弾が放たれる。
「拒みなさい!」
私は結界を展開した。
光と結界が衝突する。
歓声が上がった。
表向きは、ヒロインと悪役令嬢の魔法勝負だ。
しかし、エマの光弾は私を狙っていない。
私の結界も、光弾を跳ね返してはいない。
二つの魔法を絡ませ、少しずつ床へ流し込んでいる。
「ヴィオラ様、どうして私を認めてくださらないのですか!」
エマの口から、ゲームの台詞が出る。
「身の程を知らないからですわ!」
私も強制された台詞を返す。
その間にも、床へ注ぐ魔力を増やしていく。
「私はただ、皆さんと仲良くしたかっただけなのに!」
それは知っている。
入学初日、エマは攻略対象全員から逃げ回っていた。
王子が中庭へ来れば図書室へ向かい、騎士団長の息子が食堂へ来れば厨房へ逃げ込んだ。
その不自然さを、私はずっと疑っていた。
まさか、攻略対象を避けていたとは。
「光の乙女としての立場を利用したかったのでしょう!」
違う。
エマは利用していない。
利用したのはゲームだ。
私たちを悪役令嬢とヒロインに分け、争わせようとする、この世界の筋書きだ。
床の魔法陣が光り始めた。
ゲームでは、エマの光魔法が最大になった合図だ。
次の一撃で私の結界が破られ、勝負が終わる。
『最終攻撃を実行してください』
エマの前に、選択肢が浮かんだ。
私にも見えた。
『光の矢』
『浄化の炎』
『聖女の裁き』
どれも私を倒すための魔法だ。
エマは一つも選ばなかった。
杖を逆さに持ち替え、石突きを床へ突き立てる。
「全部、お断りします!」
光が床へ流れ込んだ。
私も結界の向きを反転させる。
魔法陣の中央に、亀裂が走った。
「いけません!」
教師が叫ぶ。
王子たちがこちらへ走り出す。
だが、遅い。
床が崩れた。
私とエマ、王子、二人の攻略対象が、光の中へ落下した。
◇
落ちた先には、巨大な機械があった。
何百枚もの金属板。
複雑に絡み合う銀色の糸。
空中を流れる、無数の文字。
その中央に、青白い水晶が浮かんでいる。
『予定外の経路を確認』
声が頭の中へ直接響いた。
『物語の修正を実行します』
銀色の糸が飛んできた。
一本が私の右手首へ巻きつく。
同時に、身体の自由が奪われた。
エマにも糸が絡みついている。
王子たちには、私たちよりも多くの糸がつながっていた。
「あなたは、何者ですの?」
『当機関は運命編纂機関アルカ』
水晶の表面へ文字が流れる。
『王国の存続を目的とし、最適な未来を再現するもの』
「最適な未来?」
『光の乙女は七つの誓いを集め、王国を救済する。障害となる侯爵令嬢は排除され、王国は一つとなる』
「私を追放すれば、王国が救われると?」
『肯定』
目の前に、未来の映像が映し出された。
国外追放された私。
護衛もなく、国境へ向かう馬車。
森から現れる賊。
横転する馬車。
動かなくなる私。
その瞬間、王都を包んでいた結界が消えた。
レシュタール侯爵家の血に受け継がれた結界術。
王都の大結界は、我が家の術式を土台にしている。
ゲームでは説明されなかった設定だ。
場面が数年後へ移る。
空が黒く染まり、王都へ魔物の群れが押し寄せる。
崩壊する城壁。
逃げ惑う人々。
エマが目を見開いた。
「王国が滅びているじゃない!」
『当該時点は演算対象外』
「演算対象外ですって?」
『光の乙女が王子と結ばれ、当面の災厄を退けた時点で、物語は完了する』
私は思わず笑った。
アルカは未来を見通しているのではない。
一度だけ成功した筋書きを、正しい未来だと思い込んで繰り返している。
「随分とお粗末な筋書きですこと」
『理解不能』
「あなたの物語では、王国は数年後に滅びます。エマを聖女という役割へ縛り、殿下たちから考える力を奪い、私を悪役として殺す。その結果がこれです」
『光の乙女は攻略対象と結ばれなければならない』
「だから、嫌だと言ってるの!」
エマが銀の糸を引っ張った。
「私は誰かと恋をするために、この世界へ来たんじゃない。親切にされたらお礼を言いたいし、困っている人がいたら助けたい。でも、そのたびに勝手に好感度を上げないで!」
『ヒロインは愛される存在』
「それを私の罪みたいにしないで!」
エマの光が強くなる。
けれど銀の糸は切れなかった。
『逸脱を修正します』
エマの前に三つの選択肢が現れた。
『王子の手を取る』
『ヴィオラを告発する』
『泣いて助けを求める』
エマの右手が持ち上がる。
指先が、最初の選択肢へ近づいていく。
「エマ!」
「動かないの!」
エマは自分の右手を左手でつかんだ。
それでも、指先は少しずつ進んでいく。
『選択してください』
「嫌よ」
『選択してください』
「こんなもの、選ばない!」
『選択してください』
エマの指が選択肢に触れようとした。
その瞬間、エマは私を見た。
断罪会場で目が合ったときと同じだった。
エマは左手の指先で、床を三回たたいた。
一回。
二回。
三回。
早送り。
誰かに決められた場面を、自分の意思で終わらせる合図。
エマは右手を無理やり引き戻した。
「どれも選ばない」
『選択肢以外の行動は存在しません』
「なら、今作る」
エマは私へ手を伸ばした。
「第四の選択肢。ヴィオラと友達になる」
空中の文字が激しく乱れた。
『該当する選択肢は存在しません』
「今、存在したわ」
エマの指先が、私の手に触れた。
銀の糸が一本、音を立てて切れた。
『ヒロインと悪役令嬢は敵対関係にあります』
「それはあなたが決めた役割でしょう!」
エマが私の手を強く握る。
「私は前世から、ヴィオラが好きだった!」
「え?」
今、非常に聞き捨てならない発言がなかっただろうか。
「どの攻略ルートでも誰にも信じてもらえなくて、最後まで侯爵令嬢の責任だけは捨てなかった。悪役の台詞を言わされても、王都の結界を守っていた。私は、ずっとヴィオラ推しだったの!」
「その情報は、もう少し適切な状況で聞きたかったですわ!」
「私だって、こんな機械の地下で告白したくなかった!」
『修正を実行します』
今度は、私の前に文字が浮かんだ。
『平民風情が、私に逆らうなんて』
喉が強く締めつけられる。
「平民風情が」
私の口が勝手に動く。
エマが私の手を離さない。
「私に」
ゲームの筋書きが、最後の言葉を要求する。
逆らうなんて。
そう言えば、私たちは再び悪役令嬢とヒロインへ戻る。
私はエマの手を握り返した。
「私に、友達になれと言うなんて」
声が出た。
自分の声だった。
「ずいぶん生意気ですわね、エマ」
銀の糸にひびが入る。
エマは笑った。
「嫌ですか、ヴィオラ?」
嫌ではない。
ゲームのヒロインだからではなく。
光の乙女だからでもなく。
今ここで、自分の意思で私の手を取ったエマだから。
「いいえ。悪くありませんわ」
すべての銀の糸が切れた。
王子たちを縛っていた糸も砕け散る。
「ヴィオラ!」
レオンハルトが自分の右手を押さえ、その場へ膝をついた。
「私は、君に何を」
「謝罪はあとです、殿下。今はこの機械を止めます」
『物語の継続が不可能』
アルカの水晶に亀裂が走った。
『ヒロインが攻略対象を選択していません』
「選ばなくても生きられます」
『悪役令嬢が排除されていません』
「悪役ではありませんもの」
『王子が悪を断罪していません』
レオンハルトが立ち上がった。
「断罪すべき悪が誰なのかは、自分で考える」
『役割が成立しません』
「ええ」
私はエマと並び、水晶へ向き直った。
「ですから、あなたの物語はここで終わりです」
私の結界魔法が、アルカの水晶を包む。
エマの光魔法が、その内側を満たす。
壊すためではない。
もう誰の意思も操れないよう、機能だけを封じる。
『物語が存在しなければ、未来は保証されません』
「必要ありません」
エマが答えた。
「未来は、私たちが考えるから」
光が地下空間を満たした。
水晶から銀色の糸が消える。
『運命編纂機能を停止』
最後の文字が、ゆっくりと薄れていく。
『以降の選択肢は存在しません』
「それで結構ですわ」
私はエマの手を握ったまま答えた。
「自分で選びますから」
◇
三日後。
王宮の会議室で、レオンハルトは私へ深く頭を下げた。
「ヴィオラ。すまなかった」
アルカに操られていた者たちには、当時の記憶が残っていた。
王子も、自分が何を言い、何をしようとしたのかをすべて覚えている。
「アルカに操られていた。それは事実だ。だが、すべてをアルカの責任にはできない」
レオンハルトは顔を上げた。
「私は以前から君と向き合おうとしなかった。エマへ理想を押しつけ、君の言葉を疑った。あの機械は、私の弱さを利用しただけだ」
「謝罪は受け取ります」
「では、婚約を」
「それとこれとは別ですわ」
レオンハルトの口が閉じた。
「操られていた殿下を憎んではおりません。ですが、失われた信頼まで元に戻ったわけではありません」
「そうか」
「婚約は白紙に戻しましょう。その後の関係については、一から考えるべきです」
レオンハルトはしばらく黙ったあと、うなずいた。
「分かった」
以前の王子なら、王家の都合や婚約の責任を口にしたかもしれない。
今は、自分の言葉で私の決定を受け止めた。
それだけで十分だった。
「ところでエマ」
王子が、私の隣で菓子を食べていたエマを見る。
「君にも謝らなければならない。私は君の意思を確認せず、勝手に守るべき存在だと思い込んでいた」
「では、これからは普通の学友としてお願いします」
「普通の学友」
「はい。勝手に抱き上げたり、壁際へ追い詰めたり、雨の中で外套をかけたりしない学友です」
「私は、そんなことを?」
「全部やりました」
王子が両手で顔を覆った。
ゲームでは胸が高鳴る場面だった。
実際にされる側からすれば、かなり困る行動だったらしい。
「それから、エマ」
私は彼女へ顔を向けた。
「口元に菓子の欠片がついていますわ」
「取って」
「自分で取りなさい」
「友達なのに」
「友達だからこそ、自立を促しているのです」
「ヴィオラ、意外と厳しい」
「意外とは何ですの」
レオンハルトが顔を覆ったまま、小さく笑った。
攻略対象も悪役令嬢もヒロインもいない。
ここにいるのは、間違いを犯し、これからの生き方を考えることになった人間たちだけだった。
◇
それから三か月後。
私は王都の喫茶店で、エマと向かい合っていた。
レシュタール侯爵家は王都結界の術式を公開し、私一人がいなくなっても維持できる仕組みを作り始めた。
エマは光魔法の研究班へ入り、災厄を退ける方法を探している。
停止したアルカは未来予測装置として調査されることになった。
ただし、人の意思へ干渉する機能は私の結界で完全に封じてある。
もう、空中に選択肢は現れない。
「ところでヴィオラ」
エマが焼き菓子を口に運びながら言った。
「前世では、誰を攻略したの?」
「全員ですわ」
「完全攻略派だったんだ」
「せっかく購入したゲームですもの。当然でしょう」
「一番好きだったのは?」
「宰相子息の隠しルートですわね。あの方だけは断罪イベントでも中立でしたから」
「なるほど。ヴィオラは冷静な眼鏡が好み、と」
「妙な解釈をしないでください」
「私はヴィオラが一番好きだったけど」
「私は攻略対象ではありません」
「だから不満だったの。何度探してもヴィオラ救済ルートがなかったから」
「それは残念でしたわね」
「ううん」
エマは楽しそうに笑った。
「今世では攻略できたから」
私は危うく紅茶を吹き出しかけた。
「攻略された覚えはありません!」
「友達になったでしょう?」
「それは攻略とは言いません!」
「私の好感度は最大だけど?」
「勝手に数値化しないでください!」
エマが声を上げて笑う。
私はため息をつき、自分の皿に残っていた焼き菓子を一つ、エマの皿へ置いた。
「これ以上しゃべると紅茶が冷めます。少しは静かに食べなさい」
「ありがとう、ヴィオラ」
「余っただけですわ」
「はいはい。そういうことにしておくね」
窓の外には、穏やかな王都の景色が広がっている。
攻略対象を選ばなくてもいい。
悪役を追放しなくてもいい。
用意された結末へ向かわなくてもいい。
私たちの頭上には、もう選択肢は現れない。
正解を教える文字もなければ、好感度を知らせる音も鳴らない。
だから私は、自分で選んだ。
目の前で笑っている少女と、明日もまた同じテーブルを囲むことを。
悪役令嬢とヒロインではなく。
ヴィオラとエマとして。
誰にも定められていない私たちの物語は、ここから始まるのだ。




