別れに涙は似合わない
pixivで掲載した作品をちょっと触ってから、こちらに移動しました。
「◯◯は〜〜ない」というタイトル縛りだったので、
「別れに涙は似合わない」
かっこいいタイトルから入りました。
タイトルから本文が出来る時って、なかなかディープになるなと(笑
何故、こんな事になった?
俺こと織部慎一は、頭を抱えたい気分だった。
いや、実際に抱え込んでいた。
タクシーの中は、アルコール臭が充満しているだろう。かく言う俺も充分すぎるほど飲んだ後だから、匂いなんざ解らないが。
後ろの座席からは、ずっとしゃべり続けている若くない女の声が響いて来る。とても、うるさい。
時計は二十三時を回っている。割増料金のメーターがまた、上がる。
俺は、どこをどう間違えたというのか。——多分、最初から間違っていたに違いない。
そう。事の起こりは、四時間前に遡る。
歓迎会を兼ねた親睦会は、いわば会社行事だ。
会社行事を謳われたからには、社員数四十人余りの小企業では、社長、幹部を含む全社員が参加するものと、決まっている。
そこに個人的な理由で顔を出さないというのは、協調性に欠けているという評価に繋がる。必然、全社員四十五人の内、四十二人の参加となった。
残る三人は余程大切な用事があるのか、あるいは……。
俺といえば、三十二歳独身。製造一課課長という肩書もある。協調性はあるべきだと思うし、会社行事に参加するのは当たり前だ。業務で関わる程度の社員たちと親睦を深める、いい機会だと思うようにしている。
本音と建て前の間には、深くて広い溝があるが。
内輪の飲み会は、好きな方だ。でも、会社行事となると……まあ、正直苦手だ。
課長という肩書——中間管理職というものは、職務を円満にこなす為の潤滑油。飲み会ですら、その役目を負わなければならないというのは、どんな貧乏くじだ?
総勢四十二人がワンフロアに収まる店というものを探すのは、それなりに大変な事は知っている。去年の幹事は俺だった。
去年の失敗は、料理を鍋にした事だ。「これからは上げ膳据え膳にして」と、女子社員たちにぶうたれられたものだ。その教訓を生かしたのだろう。今年はコース料理を頼んだらしい。予算は知らないが、二時間の飲み放題つき。
これは、料理は期待出来ないと思った。二時間飲み放題で四十二人の団体。果たして、そんなものに対応できるような店なのか。
念のためにコースの内容を、幹事であるの営業部の村田に確認する。
「ええと、前菜、サラダ、湯豆腐、刺身、天ぷら二種盛り、つくね串、鶏南蛮、ごはんもの、汁もの、デザートの九品です」
ふざけてるだろ、お前。そんなもので、若い社員が満足できるわけない。
「足りない分は追加すりゃいいじゃないですか」
俺の言葉に、村田は少し気を悪くしたようだ。だが、こいつは親睦会の幹事を舐めている。料理が出て来ない宴会ほど、最悪なものはない。
そして、嫌な予感と言うものは、往々にして当たるものだったりする。
結局。
村田が選んだ店(多分、ネットで適当に探しただけで、下見もしていないと思われる)その店は、最悪だった。
四十二人という人数で、ワンフロア。前にも言ったが、それが難しい事ぐらい解っている。
だが。
吹き抜けの階段ごしに二階と三階のフロアを貸し切りというのは、果たしてワンフロアと呼べるのか? 階段ごしの乾杯とか、有り得ないだろう。
飲み放題なのに、生ビールの到着が遅すぎた。思うに、ビアサーバーがかなり少ないのだろう。
しかも、四十二人の予約を受けて良い程の従業員数も確保できていなかったらしい。
コース料理も順番が変だし、追加で頼んだ料理は全く出て来ない。何度も店員を呼ぶと、「この状態で料理の追加は出来ない」と断られる始末。
店として駄目だろう。これは。
幹事ばかりを責めても仕方がない。だから中締めの後、しょぼくれている村田の肩を押してみた。
「二次会」のお誘いだ。
村田は嬉々としてメンバーを募り、製造一課と営業と事務の男女合わせて十人程度が集まる。これぐらいの人数ならと連れて行ったのは、行きつけのスナック。繁華街から数分程度歩いた場所にあるそこは——運悪く臨時休業だった。間接照明も看板も真っ暗。
ついていない。本当についていない。
「織部課長。恰好悪いね」
肩を叩かれて、振り返る。そこにおかしそうに笑いながら立っていたのは、総務の白井亜紀。
少し、どきんとした。
「美魔女」と噂される年齢不詳な外見、可愛い系の顔立ちはいつものことだが、飲み会にミニスカートは反則だろう。少し酔っているのか、声もどこか艶がある。
四十歳を超えていると、教えてもらわなければ今でも気が付かなかったと思う。
「いくつに見えました?」と、聞かれたので「三十九歳ぐらいですかね?」と答えたら、ぐーで殴られた。
バツイチで、成人した息子と高校生の娘が居ることも聞いた。その三人で連れ立っていたら、少し歳の離れた姉弟妹にしか見えないのじゃないかと問えば、少し恥ずかしそうに笑っていた。その笑顔も可愛かった。
ああ、正直に言う。
こういう四十代はアリだなって、心のどこかでは思っていた相手だ。いや、結婚には全く興味はないし。二十歳過ぎた息子など絶対にいらないが。
俺も白井さんも転職組で、同じぐらいの時期に入社した。もう、十年ぐらいの付き合いになるが、白井さんが二次会に参加する事なんか、初めてじゃないか?
ついて来ている女性社員をよく見ると、新人の河合さんと入社三年目の林さん、経理の三島さん。女の子が多いと思っていたら、白井さんの号令か。そりゃあ、ご苦労な事だ。
そんな事を思いながら、手近にあるショットバーに入る事にする。
十人がけのテーブルは無かったので、とりあえず6と4に分かれて、着席。
同じテーブルを囲むのは、村田、三島さん、そして白井さん。六人がけの方には、新人の河合さんと永沢を中心にそれなりに盛り上がっているようだ。
と、そんな時だった。
「そもそも、新入社員なんて、若いだけが取柄でまともな仕事も出来ないんだから」
ウイスキーをロックで注文した白井さんが、ぼそりと告げた。
ちらりと、向こうのテーブルを見て見るが、あちらには聞こえなかったらしい。楽しそうに歓談中だ。
「そりゃあ、最初から出来る人間なんていませんよ」
村田が口を挟めば、
「誰も、そんなことは望んでいません。ただ、口の利き方から教えないといけないのかっていう話でしょ?」
何だ? 何かあったのか?
「白井さん、もう良いですよ」
三島さんが困ったように割って入って来たので、トラブルがあったのはこちらだと思う。起こした相手はどっちだ? 河合さんか? 永沢か?
「良くないでしょ? そもそも、伝統的に営業は事務を舐めてるね」
成程。永沢か。何か失礼をしでかしたのだろう。
「いやあ。僕は、事務員さんの事はいつも尊敬してますよ。毎日お世話になっています」
村田が調子の良い事を言って話を変えようとしているが、俺は知っている。
そもそもが、融通の利かない事務方の悪口を新入社員に吹き込んでいるのは、こいつだ。
「あんたは、まだまだ勉強不足だけどね」
お代わりを要求しつつ、厳しい台詞を言い捨てる、白井さん。酔ってるのか? 酔ってるんだろうな。
「今日の親睦会は、最悪だった。どうしてあんな店を選んだの?」
「いや、経験不足のこいつに幹事を任せた営業部長が悪いのだと」
会社行事の幹事は、それぞれの部課が持回る事になっている。たまたま今年の親睦会の幹事が営業部なのだが、村田はいつも調子良い奴だし、幹事には向いている。それにしても、部長も少しはフォローしろよと俺は言いたい。
次の言葉に備える俺の目の前で、白井さんは立ち上がった。
「河合、永沢、何か食べてる?」
いえ。この店、お腹が膨れるようなものはありません。
軽食メニューがなかったので、気が付いた。この店にはキッチンがない。だから、出て来たのはポップコーンとチョコレートだけ。宴会ではほとんど何も食べていなかったのだろう。村田が餓鬼のようにポップコーンを食べている。
「課長!」
白井さんの、潤んだ目が俺を見る。
はい、そうです。この二次会は、俺の不徳の致すところで。
「結婚しないの?」
飛んだぞ。いきなり、ズバッと、話が飛んだ。
「か、考えていません」
俺の答えに、白井さんは盛大なため息をつく。何だ何だ?
「こういう奴が居るから、日本の人口は減って行き、年金が減って行くんだよねー。ああ、迷惑」
あの、言っていいですか?
やりたい放題なのか?
酔っぱらっていたら、何でも言っていいのか?
「私は、バツイチだけど子供二人、ちゃんと育てた」
「それ、すごいですよね」
三島さん、相槌うつな。
「ちゃんと、人口増やしたぞー。それなのに、織部!」
一応、管理職。それを呼び捨てで良いのか?
「飲んでる?」
生ビールを、とりあえず、空ける。
「ほら、飲んでいますよ」
「ん。だったら、良い。酒飲みに悪い奴はいないから」
にぃっと笑って、またグラスを開ける白井さん。
その台詞の根拠はどこにあるのか。聞きたいような、長い話になりそうだから聞きたくないような。
実は、こっそり「アリ」かもと思っていた、白井さん。飲むと大トラか。今後の為に覚えておく。
「河合!」
白井さんのターゲットは、もはやどこに向かうか解らない。談笑をしていた新入社員の河合さんが緊張感を込めた声で立ち上がり。
「仕事もがんがれー」
って、呂律回ってないし。
「そろそろ、お開きですかねぇ」
やっと、その言葉を告げてくれたのは、製造一課の竹内だった。良い部下だ。
「そうだな。そろそろ十一時になるし」
嬉々として立ち上がると、
「おひらき?」
座った目が、向けられる。これは、あれだ。ターゲット・ロック・オン。
「まだ、歌ってない」
俺の腕に腕を回しながら、白井さんが告げた。
女王様は三次会をご所望のようで。
「飲んでばかりで、みんな食べてないでしょ? ここは、私が奢る。カラオケ行こう」
女王様の勅命に、「終電がありますから」と辞退した民は、三人。四十二人が、最終的に七人になった。
ちなみに、このあたりにはカラオケらしき店はなさそうだ。賑やかな方に戻るか、それでも皆、かなり酔っている。タクシーを利用した方が良いという結論になった。
「あ、でもみんな西方面の方が帰りやすいのか?」
残っている七人は全員会社方面に自宅がある。タクシーを利用するなら、そちら方面に向かった方が帰るのが楽になると思っての事だ。
「そうですね。西宮あたりならカラオケとかいくらでもありそうですし」
最初に賛同したのは、村田。そこに丁度、タクシーが通りかかった。
「じゃあ、織部課長。先に行って下さい。僕はお二人を連れて次のタクシーで追いかけます」
村田は、林さんと河合さんのエスコートを買って出た。どちらか、狙っているな、さては。などと思いながら、タクシーの後部座席に白井さんと総務の三島さん、製造課の竹内を乗せ、俺自身は助手席に乗り込んだ。
「じゃあ西宮で」
ドアを閉めると、タクシーは走り出した。
タクシーが走り出してから、延々と白井さんの声が耳に入って来る。
「私、いつでも恋をしていないとダメなタイプなの」
「あ、彼氏さんの話、聞かせてください」
三島さん、変な話を振らないでくれ。
「今の? あれは微妙だなぁ。私、いつもいつも、好き好きって言われたいのに、今の彼はなかなか『好き』って言ってくれないし」
なんじゃそりゃ。あんた、自分がいくつだと思ってるんだ。
「好かれているんなら、別に言葉に出さなくても」
「言って欲しいの。聞きたいの」
竹内、余計な事を言うな。と言うか、頼むからそのおばさんを黙らせてくれ。甲高い声が頭に響いて、悪酔いしそうだ。
タクシーの中で耐える事、十数分。
聞きたくもない白井さんの赤裸々な話が繰り広げられる、悪夢のような時間もやがて終わり、車は「西宮」の駅に着いた。
後続車を待つこと、しばし。
だが、村田の姿はなかなか現れない。嫌な予感が掠めたので、携帯を鳴らす。——何故、電源を切っている?
「三島さん、林さんたちの携帯……」
俺が言い出す前に、三島さんは誰かを呼び出している。そして、「ええ!」と、悲鳴を上げた。
嫌な予感は、ますます深まる。
電話を切った三島さんが、途方に暮れたような顔で俺を見る。
「林さんと河合さんから伝言です。ごめんなさい。このまま帰りますって」
くらっと来たのは、酔っぱらっているからではない。
村田、よりによってこの俺を、裏切りやがったな! この大トラを押し付けて、さっさと逃げやがった。
「あいつ、月曜日を覚えてろ!」
「ですね」
三島さんがため息をつき、竹内が額を押さえている。
「え? 村田くんどうしたの? 逃げた? まあいいわ。課長、まだまだ行きますよー」
そして、女王様は絶好調。
「三島さんは帰っていいよ。竹内は……」
「でも、どうせもう終電行っちゃいましたし」
「ここで課長を見捨てたら、月曜日が無茶苦茶怖いですし」
二人とも、良い奴だった。
日付が変わって一時間程で、カラオケはお開き。ああ、ここでも白井さんは女王様全開だった。
完全に、仕切り屋。飲むと変わるのか、そもそもこれが彼女の素の状態なのか。
帰りのタクシーは竹内と三島さん、俺と白井さんに分かれる。
はしゃぎすぎたのか、白井さんは少し眠そうだ。
「課長。私が辞める時も、送別会開いてね」
窓の外を見ながら、ぽつんと白井さんが呟く。
「勿論ですよ。でも、白井さんって定年まで居るんでしょ?」
「今の彼と、再婚するかも知れないじゃない。どうせ、子供はもうすぐ手元を離れちゃうし」
二十歳を過ぎた息子と、十七歳の娘、ね。今の男は三十四歳だって言っていたな。そういえば。
「好きだって言ってくれない彼ですね」
「織部課長だったら、どう?」
振るなよ、俺に。在りえないだろうが。
「二十歳過ぎた息子なんか、いりませんよ」
「息子の事なんか、聞いてないでしょ? 彼女に、ちゃんと『好き』って言ってる?」
「彼女、いませんから」
「不健全ねぇ」
悪かったな。忙しすぎるんだよ、仕事が。
「好きな人もいないの? 河合は——仕事も出来ない子だけど、三島は?」
「三島さん、結婚してますよね?」
「じゃあ、バツイチは?」
とろんとした目で俺を見上げる白井さんは、いつも以上に若く可愛く見えて。
やっぱり、魔女だ。この人は。
「そうですね。白井さんは大好きですよ。仕事も出来るし、美人さんだし」
彼女を何とか送り届け、自宅にたどりついたのは午前二時。
さんざんな夜だった。とりあえず、疲れた。
白井亜紀。
仕事が出来る女で、からみ上戸。
彼女と次に飲むのは、この会社をどちらかが去る時までお預けにしておこうと、心に決めた。それまでは二度と、このような事が起こってはならない。
強く、心に誓う。
でも、約束だからお別れの時は、最後まで付き合おう。
愚痴も聞くさ。そして、タクシーで送って差し上げる。
そうして。
笑顔でお別れしよう。
心からの、笑顔で。
でも、そんな未来のことは置いといて。
とりあえず、月曜日。村田をしばいておく。
〈了〉




