生まれた日
リターニア西部。
川沿いを抜けて、雑木林を駆けたその先にある雪原の真ん中で、じいちゃんは黙ったまま焚き火を見つめていた。
じいちゃんが静かなのは珍しい。
いつもなら薬草の話か、若い頃の自慢話をしているのに。
思い当たることはあった。
今日は僕の誕生日。
カッコつけで見栄っ張りなじいちゃんは「祝い事は盛大に」そんなことを口にしながら、すれ違う行商人、その全てから、質の高い肉を買い付けていた。
――結果。
たぶん、お金がないってことだよね……。
元々、その日暮らし。
立ち寄った街で、簡単なクエストを受けて路銀を稼ぐ。
そして、魔力欠乏症という症状を発症した子供の元を尋ね、その対処法を授けては、一定の成果が見られたら去る。
だから、長く滞在することもないし、所持金は常に心もとない。
きっと今になって、明日生きていく為にどうやって切り抜けていくのか、そんなことが頭の中でぐるぐるしているに違いない。
しかし、その割には落ち着いている。
焚き火を真っ直ぐ見つめて、こちらに見向きしない。
何か隠している。
そんな気がしてならなかった。
しばらくして、パチンと焚き火が弾けた。
その直後。
口を噤んでいたじいちゃんが口をゆっくりと開いた。
「……リズよ。今から、お主が生まれた日のことを話す。よいか、心して聞くんじゃぞ」
じいちゃんはいつになく真剣だ。
僕はいつもと違う雰囲気に疑問を抱きながらも頷いた。
「あれは現在から遡ること数年前のこと。今日のように外の景色が白銀となり、吐く息が白く色づく季節じゃった――」
多民族国家ライン王国のリターニア東部に位置するヴァートリー男爵家、屋敷内。
生き物は寝静まり静寂に包まれる真夜中。
僕が生まれたらしい。
じいちゃん曰く、初めの子供にも関わらず、時間をかけることなくすんなり生まれてきた子だったみたいだ。
母はそんな僕を愛おしいそうに抱きかかえ、近くで見守っていた父は出産をした母を労い、二人して僕に語り掛けてくれた。
「生まれてきてくれてありがとう」と。
もちろん、屋敷に仕えている人たちも、少し遅れて僕が生まれてきたことを心から祝ってくれたとのこと。
ちなみに、父の名はティム、母はスイというらしい。
というか、まさか僕が貴族だったなんて知らなかった。
聞きたいことはたくさんあった。
だが、母と父が自分のことを、周りの人が僕を大切にしてくれていたことがとても嬉しくって、
「じいちゃん、じいちゃん、僕はどっちに似てるのかな?」
気が付いたら、そんなことを口にしていた。
ああ……そうだ。じいちゃんが傍に居たから、寂しくなかったけど、やっぱり羨ましかったんだ。
母や父がいる子供たちのことを。
すると、じいちゃんは僕の顔をじぃーっと見つめて、
「母にじゃな!」
ニコッと笑みを向け、そのまま話を続けた。
その話によると、僕の両親は各分野で才気にあふれた人たちだったらしい。
母は魔法や戦闘に長けており、元々冒険者であったじいちゃんと引けを取らないほどの実力を持っていて、じいちゃんが言うには「魔法なしであってもその辺の冒険者には負けん」とのことだ。
一体、それがどれくらいの強さの冒険者を指しているのかわからない。
けれど、僕は余計なことを言わず話を聞くことにした。
じいちゃんは、割とお喋り好きで、楽しくなると話が脱線してしまうからだ。
おかげで、楽しい毎日を送れたから、不満なんてないけど、こういった真面目な話のときは別である。
「そっかぁ……母さんって凄く強かったんだね!」
「ああっ! 凄く強かったのう! まぁ今も強いじゃろうがな!」
母を強いと褒めたことが嬉しかったのか、じいちゃんは遠くの空を見つめては、懐かしむような顔している。
じいちゃんと母の過去……特別な何かを感じた。
では、父はどんな人だったのだろうか?
母が強かったなら父も強かったのだろうか?
それとももっと凄い人だったのだろうか?
母の話を聞いたことで自然と期待値が上がる。
「じ、じゃあ! 父さんは?! どんな人だったの?」
「ふふっ、そうじゃな。では次はお主の父について教えるとしようかのう」
「うん! お願い!」
「では、お待ちかねのお主の父ついてじゃが――」
話の続きを催促する僕の様子が面白いのか、じいちゃんは微笑みながら話を続けてくれた。
じいちゃん言うには、魔法や戦闘に長けている母に対して、父には魔法や戦闘の才能は全くなかったみたいだ。
ただ、それでも幼少期から大人になるまで僕のように冒険者に憧れていたらしく、努力の末。
何とか冒険者になることはできたらしい。
だが、その後。
結婚の機に自分の才能なさと家族のことを考えてじいちゃんから家督を譲り受け冒険者を引退したとのこと。
でも、そこからが凄かった。
それでも父は腐ることなく、領主としての責務を全うしながら自分にできることを探し続けた。
そして元々興味のあった魔石や魔力の研究を始め、今では王命を受け、首都フリーデで魔石の新たな可能性を探る研究を任されるまでになったみたいだ。
「父さんも、凄い人だったんだね!」
「ああっ! あやつらはほんと色々と凄かったからのう……」
両親の話をするじいちゃんはとても誇らしげな表情を浮かべていた。
それは僕も同じ気持ちだった。
たとえ顔を知らなくても、そんな人たちの元に生まれたことが嬉しくて、少し怖いけれど会ってみたかった。
だが、じいちゃんがその名を口にしないということ。
僕が生まれてから旅をしているということは、言えない理由、会えない理由があるということになる。
誰でもわかることだ。
僕は視線を落とし、焚火を見つめた。
落ち着く。
寒くても、少し寂しい気持ちになっても、火はとても暖かい。
突然黙り込んだ僕が気になったのか、じいちゃんは雰囲気を変えるように「ゴホン!」と大きな咳払いをして、大きな手を僕の頭に置くと続きを語り始めた。
「それからじゃが――」
僕が生まれた翌日。
魔力鑑定士と医師が屋敷を訪れた。
理由は、子供は未来の宝というライン王国の指針により義務付けられている簡単な魔力属性の鑑定と健康状態の確認、身体測定の為。
その魔力鑑定によると、僕の魔力属性はありふれた水属性。身体測定、健康状態も特に異常はなく、平凡と診断された。
「……ここまではよいか?」
全く良くないし、普通にショックだ。
色んな分野に才覚を発揮している両親の話を聞いたことで他人とは違う、何かを持っていると期待しながら話を聞いていたからだ。
「うん……わかったけどさ――」
じいちゃんは不満げな表情を浮かべる僕を見て頭にポンポンと手をやり話を続けた。
「まぁ、そんな落ち込むでない。お主が生まれた時、皆、お主の将来に期待をしてじゃな――」
その話によると僕が平凡と診断されても治めている領地の人たちや家族は事実をしっかりと受け止めてくれたみたいだ。
他にもじいちゃんの知り合いや色々な人がお祝いに駆けつけてくれたらしい。
大きくなってからの楽しみが増えたという人。
きっと大器晩成する子だという人。
無限の可能性を持っているという人。
そんなふうに駆けつけてくれた人たちは、測定結果で差別などすることなく、無事に生まれてきてくれたことを心から喜んでくれたみたいだ。
この話を聞けて本当に良かった。
たとえ才能がなくても自分を認めてくれる人はいることがわかったからだ。
特別でなくてもいい。
今の自分が出来ることをコツコツ頑張ればいいのだと。
僕の父がそうしたように。
でも、じいちゃんはこの話を終えると黙り込み俯いた。
その視線は焚火に灯されオレンジ色の雪から少し顔出している植物を見つめている。
先程まで、楽しそうに懐かしむような雰囲気で話していたというのに、どうしてこんなにも急に雰囲気を変えたのかな?
何か落ち込むところでもあったのかな?
困難を乗り越えた父の話を聞いて落ち込むどころか励まされたくらいなのに。
けれど、つい先程とは違って目も合わせてくれない。
この話は僕が考えているより、深刻な問題なのかな?
「……じいちゃん、どうしたの?」
「……うむ、ワシは大丈夫じゃ。それより心してきくんじゃぞ」
じいちゃんは僕の目を真っ直ぐ見つめる。
その視線は真剣そのものだ。
「う、うん」
「……リズよ――」
じいちゃんはしばらく黙ってから言った。
「――お主の命は持ってあと七~八年じゃ」
きっとじいちゃんもこの残酷な事実を僕に言いたくなかったのだろう。
その表情はひどく暗くて、口唇を噛みしめている。
だから、少し前から様子がおかしかったのだと思う。
でも、僕もどうしていいかわからなくなっていた。
だって、ついさっき知ったばかりなんだ。
僕が、たくさんの人に祝福されて生まれてきたことを。
だというのに、急に寿命が決まっていると言われて、
「えっ? 七~八……年……?」
聞き返すことしかできなかった。
「そうじゃな……」
じいちゃんはそう口にすると、僕の頭に手を置き、次の日の出来事を、少しためらいながらゆっくりと話し始めた。




