第8話 喪服
扉をノックする音に蓮花が応える。
「はーい。」
来客にも随分と慣れたもので、返事をするとゆっくりと扉が開いた。
「失礼します。レンカ様。」
扉の前に立っていたのはフレイだった。
家の前まで案内を終えた後、蓮花と別れたのだが、今度は両腕に籠を抱えてやってきた。
中には蓮花の見覚えのある服や小物が入っていた。
「こちら…レンカ様の衣服でございます。綺麗にするのに時間がかかりまして。」
籠の中には、シャツとスラックス、靴、それからライター、タバコ、腕時計。
それらを一つづつ取っていく。
「…あっ。」
思わず声が漏れたのは、籠の一番下に数珠とジャケットも入っていたからだ。
「ありがとうございました。」
蓮花がジャケットを手に取ると、フレイが呟く。
「小さい村ですから、昔からみんな知り合いで。」
絞り出したようなその言葉が、蓮花が昨日、最初に見た村人のことを指していることはすぐに分かった。
「ごめんな...」
蓮花の言葉にフレイは首を横に振ると、沈黙の時間がその場に流れていく。
蓮花の頭の中には、棺で冷たく眠る親友の海の顔が浮かんでいた。
生き物の死が遠くなった世界での生活から、たった一日であまりにも多くの死に触れていることを改めて実感する。
蓮花は、じっと服を見ながら、ただその場に立ち尽くした。
『そう言えば、こっちに来た時、カバンは持ってなかったっけ。』
蓮花は、籠の中にスマホが無いことに気づいたが、そもそもこの村に来た時に、カバンは持っていなかったことを思い出す。
「そちらの服はすみません、なかなか血が落ちなくて。」
しばらくの沈黙の後、フレイが蓮花が手に持ったシャツを見ながら口を開く。
白いシャツには薄らと赤い染みが全体に残っており、ずっと目には映っていたのに頭には全くその情報が入ってなかったことに気がついた。
「ううん。ありがとうね...」
蓮花がそう言うと、フレイは少しだけ明るくなった顔で笑った。
「あの…」
続けてフレイが口を開く。
「私と、ルーン…同い年なんです。小さい頃からずっと一緒で。」
「幼馴染やねんね...」
「はい。十歳の頃に、ルーンがこの村に来たんです。」
懐かしそうに笑う。
「昨日も…ルーンが急に走って来て。」
「走って来た?」
「はい。レンカ様に、失礼なことをしてしまったかもしれないって…私もレンカ様のことは知らなかったので、二人で大慌てでした。」
フレイが嬉しそうに笑う。
「だから、もう一度ルーンが呼ばれた時は、二人で大喜びしました。」
フレイは視線を落とし指先を握った。
「今日…ルーンの呪いが解けた時…」
声が上擦っていく。
「本当に…奇跡だと思いました。呪いが、少しずつ広がってたんです。本当に...」
フレイはぽつりぽつりと話を続けた。
ルーンの身体の黒い模様が広がっていることに気付いていたこと。
それをルーン自身も分かっているはずなのに、そんなことはおくびにも出さず、明るく振る舞っているルーンを見て、時折胸が締め付けられたこと。
そして、そんなルーンが昨日初めて女の子らしい一面を見せたこと。
「だから…」
フレイは、ゆっくりと顔を上げる。
「レンカ様がこの村にいらっしゃって…本当に、良かったです。」
目に貯めたフレイの涙を蓮花は人差し指でそっと拭った。
何か下心があった訳ではない。
この一日でフレイにも起こった数多くの出来事に、少しでも寄り添いたいと思ったからだ。
『"黒葉"が適性ありのため、刻印可能です。』
そのタイミングで文字が浮かび上がった。
『なんでいま?ってか、呪いやのに俺は大丈夫なん?』
『魔臓が無いため問題ありません。』
蓮花は、相変わらず説明が少ないと感じながらも、これまでにこの文字に随分と助けられたことも事実であったため、渋々受け入れることにした。
『じゃあ、よろしく。』
『承知しました。』
「あっつっ!!」
腰から背中にかけて、これまで以上の熱と痛みを感じる。
「大丈夫ですか!?」
心配そうにフレイが声をかける。
蓮花の痛みはすぐに消えたが、今までとは違い心臓が強く打ち始める。
『"黒葉"の刻印により、一時的に魔力が膨張しております。放出をしてください。』
ドクドクと何かが身体中を巡る感覚に、蓮花は平衡感覚を失い片脚をついた。
「レンカ様!?」
フレイがすぐに身体を支え心配そうな声を上げる。
蓮花の呼吸音が大きくなり、徐々に肩で息をし始める。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ。」
目の前が暗くなり、蓮花の意識がぼやけていく。
『やばいな...』
フレイに心配をかけまいと、壁に手を当てながら何とかベッドまで行こうと歩き出すと、心配そうにフレイが横で支えた。
一歩づつ進むベッドまでの距離が無限のように遠く感じる。
ようやく辿り着いたベッドに、布団をめくろうとしたフレイを巻き込むようにして倒れ込む。
「あっ...」
蓮花の鼻腔に女の甘い香りが入り込む。
「レンカ様!?大丈夫ですか?」
「ホンマごめん...」
そう言いながらも蓮花の手足は動かなくなり、フレイの上から離れることが出来ず、意識は完全遠のいていった。
ぺらりと、写真を一枚づつ、ゆっくりめくって眺めているような感覚だった。
心配そうな顔のフレイ、驚いた表情のフレイ、裸になったフレイ、苦悶の表情を浮かべるフレイ。
そのフレイが上に、下に、写真をめくるたびに反復し、小ぶりな双丘だけが遅れて逆に揺れ動く。
「レンカ様...レンカ様っ。」
意識の外側から、蓮花の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
その声は、苦しそうな声から、徐々に熱を帯びて、何度も何度も蓮花の名前を呼んだ。
『これ、フレイが動いてるんじゃなくて...』
そう気付いた時、フレイの声が部屋中にこだました。
『魔力が放出が完了しました。魔力の経路が作成されます。』
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