第7話 白銀
蓮花が気怠さの中で目を覚ますと、すでにルーンの姿はなかったが、昨日と違って不安にはならなかった。
部屋の向こうから漂ってくる朝食の匂いに誘われて向かうと、グレッグの娘のフレイが、テーブルに料理を並べているところだった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
蓮花はひとまず洗面台とトイレへ向かう。
石造りの洗面台はハンドルを回せばゆっくりと水が流れるし、風呂場の横にあるトイレも水洗なので、上水道と下水道が整備されていることが伺える。
朝食はプレート型の皿に、蒸した芋のようなものと焼いた魚が盛られ、コップには果物のジュースが入っていた。
どれも素朴な味で満足したが、昨日からの疲労で、欲を言えば味噌汁が飲みたいと蓮花は思った。
「ふぅ…ご馳走様。」
「お口に合ったなら、大変嬉しいです。」
フレイは嬉しそうに笑う。
蓮花はもう一眠りしたいな、と笑って話したがフレイが恐る恐る頭を下げた。
「レンカ様、お疲れのところ、大変恐縮なのですが…現在、会合が行われておりまして。レンカ様にも、お顔を出していただきたく…」
蓮花は、昨日ドレイクとグレッグから聞いていた話を思い出した。
今回の襲撃で、数十名の死者と多くの怪我人が出た。
この出来事に村中が混乱しており、一夜明けた今日、村の重役が集まり話し合いが行われるため、蓮花にも参加して欲しいとのことだった。
「そうやったね...行かんとね。」
「ありがとうございます。」
フレイの案内で向かった集まりの場は広場のすぐ近くの建物だった。
中に入ると、広い食堂のようにテーブルと椅子が並んでおり、二階でその話し合いが行われているとのことだった。
「レンカ様、どうぞこちらへ。端の扉からお入りいただきます。」
蓮花が扉を開けると、部屋は右手に細長く広がっていた。
手前と奥に五名ずつ、テーブルと椅子がコの字に並び、その最も右端にはドレイク、グレッグ、ルーンの三人が腰掛けている。
そして、蓮花が部屋に入るや否や怒号が飛んだ。
「この女のせいで村が襲われたって話じゃねーか!どう責任取るっつーんだ?...あぁっ!?」
奥側の右端に座る恰幅の良い村人の男が、激しくテーブルを叩いてすぐ隣のルーンに向かって吠える。
「我々の誇りを捨てるような言い草だな...」
すぐにその正面の手前側に座る男が呆れたように呟く。
「あぁん?誇りで飯が食えるってのか?ましてや人間なんかに助けられたって話じゃねーか。」
「それなら、村の煙が上がった時、なぜすぐ駆けつけなかった!」
「俺たちは森に狩りに行ってたんだ。そんなに早く帰れるわけがねぇだろ。」
「賊どもとグルだったんじゃないか?」
手前側の端から二人目の男が吐き捨てるように言うと、奥側の右端の男が机を叩いて立ち上がった。
「なんだとっ?テメェ...殺してやろうか?グルなのは人間の方だろうが。」
「バグラ!レンカ殿への非難は見過ごせません。あの方は賊の大半を一人で打ち伏せたのです。」
グレッグが恰幅の良い村人、バグラの態度を嗜めた。
「どーだか。」
バグラが呆れるように首を振ると、蓮花と目が合う。
「おあつらえむきじゃねーか...もし俺たちに協力的な人間様が居たとしよう、だが、この女が、この呪われた女がいる限りまた同じことが起こるんじゃねーのか?」
挑発するようにバグラが話す。
「何だその言い草はっ!」
蓮花は完全に蚊帳の外だったが、ルーンのことが心配なこと以外はあまり興味が無かった。
だが、凛と椅子に座ったルーンの肩がわずかに震えていることに気が付く。
『吸印が完了しました。“黒葉”は刻印可能です。』
蓮花はこの瞬間を待っていた。
『ルーンは?』
『"鑑導"により表示します。』
『ルーン 獣人 ♀ 21歳
〈刻印一覧〉
"銀牙"
銀狼の一族に受け継がれた銀槍。
"白銀"
状態異常の回復(大)・自己治癒力の上昇(大)。
"槍術"
槍の扱いが上手くなる。』
確信を得た蓮花が口を開く。
「あの…ルーンの呪いは、俺が消しました。」
全員の視線が一斉に蓮花へ集まる。
「あっ?」
「レ、レンカ殿…何を?」
グレッグは蓮花が突然意味の分からないことを言い始めたと思い、明らかに動揺していた。
だが、隣のドレイクはルーンを見て目を見開き、ルーン自身も驚愕の表情を浮かべていた。
「ルーン、もう大丈夫やよ。」
その言葉に、ルーンは蓮花の目を見つめ、確信を得たように頷くと、立ち上がって両手を胸の前で結ぶ。
「"白銀”...」
その瞬間、きらきらとした雪のような無数の光がその場を包み込む。
「あぁ…あぁっ!!」
顔に包帯を巻いていた端の村人が、興奮しながらそれを引き剥がすと、傷が瞬く間に癒え始める。
「姫様っ…!戻られたのですね!」
ドレイクの声は震えていた。
『姫様?』
蓮花はその言葉を聞き逃さなかったが、皆の驚きはそれどころじゃなかった。
「治った…!」
他の村人も腕や首に巻いた包帯を剥がして喜ぶ。
「ルーンの呪いが解けたのか?」
「なんとっ...」
「レンカ様…私っ…!」
部屋の端から、目に涙を浮かべたルーンが蓮花に走って飛びつく。
「…ちっ、行くぞテメェら。」
バグラは居心地が悪そうにそう言うと、奥の席側の村人が全員立ち上がって部屋から出て行く。
そのうちの一人の怪我の治った村人は、部屋を出る前に振り返り、バツの悪そうな顔でルーンに頭を下げた。
「なんと…なんということじゃ…」
ドレイクは大粒の涙を流していたーーその場に残った多くの村人が嗚咽を漏らしていた。
蓮花がルーンの頭を軽く叩くと、ルーンは離れて涙を拭う。
「すぐに私を怪我人の元へ案内してください!」
「...よしっ!」
「...そうだなっ!」
その声を合図に皆が慌しく動き出す。
「レンカ様…本当にありがとうございます。この御恩は必ず…」
ルーンは深く頭を下げると、部屋を駆け出して行き、気つけば部屋にはドレイクとフレイと蓮花だけになっていた。
「レンカ殿…あなたは神の化身でございましたか。」
「いや…そういうのじゃないんすけどね…」
「いえ、儂は奇跡を見ました。この目で、この老いた両の眼で…」
ドレイクは蓮花の両手を握って頭を下げる。
『なんか、凄いことになったな...』
蓮花はここまでの騒ぎになるとは思っていなかったので、何とかドレイクを椅子に座らせると、机の水を飲ませて落ち着かせた。
「年甲斐もなくすみません...フレイ、レンカ殿をお連れしなさい。」
「...ご案内いたします。」
先ほどまで一緒になって泣いていたので、目を赤くしたフレイに連れられて蓮花が建物の外に出る。
既に広場には村人が集まっており、バグラが大きな声で自分で歩ける怪我人は広場まで連れてくるように指示を出していた。
『口が悪いだけじゃないんやね、あのおっさん。』
その姿に頼もしさを感じながら、蓮花が家に戻ると、しばらくして再び扉を叩く音が聞こえてくる。
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