第4話 銀色の髪
薄暗い中学校の廊下、教科書が散乱している。
蓮花はこの光景に見覚えがあったーーどこか懐かしく、どこか悲しみの漂う光景。
眺めているその肩を後ろから誰かが叩く。
振り返ったその瞬間、蓮花はハッと目を覚ました。
「どこやろ?」
蓮花の視界には不規則な天井の木目。
柔らかなランプの光が作る陰影は、すっかり陽が暮れたことを蓮花に知らせた。
「お目覚めですか?」
聞こえてくる暖かい声、横に目をやると、蓮花は上半身を起こして息を呑む。
そこには、銀色の髪を靡かせた美しい村人の女が床に座っていたからだ。
真っ白に透き通った肌と切れ長の目ーーこの世の者とは思えないほどの美しさだった。
「こ、ここって…?」
蓮花が呆然としたまま尋ねると、女は微笑んで答える。
「広場の近くにある来客用の家です。皆で運ばせていただいて...そして、申し訳ございません。貴方様の血かどうかが分からなかったので、衣服を脱がせて綺麗にさせていただきました...」
彼女が申し訳なさそうに言うので、蓮花は自分の姿を見ると、パンツ一枚で板床に敷かれた毛皮の上に座っていた。
「そ、そっか。」
驚きで情けのない声が出る。
その時、胸の真ん中にあるタトゥーとは別に、右胸から肩にかけて、見たことのない模様が広がっていることに蓮花は気付いた。
「ん...?」
すぐに女が頭を下げる。
「服を脱がせていただいた時に"祝福"が見えましたので、村の数名のみで対応しております。」
「ああ...?ありがとう。」
蓮花は良く分からず、とりあえず立ち上がろうとしたが、よろめいたので女が身体を支える。
「ご無理なさらないでください。随分と魔力を使われたのではないかと...」
「大丈夫...口だけゆすぎたくて。」
「失礼いたしました...どうぞこちらへ。」
女はそう言うと、蓮花の身体を支えながら、部屋の奥へと案内する。
「湯浴みの準備も整っております。」
状況の整理が追いついてなかったが、"湯浴み"という言葉に、蓮花 の気持ちは途端に高揚した。
『湯浴み...?』
向かった先の扉を女が開けると、鏡こそない石造りの立派な洗面台と、更にその奥の小さな部屋に、洗い場と蓮花の家と同じくらいの木の浴槽があった。
『うわぁっ...普通にお風呂やん。』
ぎりぎりまで張られたお湯からは、大量の湯気が立っている。
「...どうぞごゆっくりお過ごしください。」
女が一礼して去ると、蓮花はすぐにパンツを脱いで洗い場に入った。
待ちきれなかったとばかりに、浴槽の横に置かれた木の桶でお湯を掬って頭から流す。
「ふーっ...」
血で固まった髪とこびり付いた砂利が流れていく。
熱めのお湯に身体中の血液がじんわりと広がる感覚に、蓮花は久しぶりの安堵を覚えた。
『飲むのは不味いよな?』
そう思い、手でお湯を含んで吐き出すと、口の中の砂が飛び出していく。
続けて頭を何度か流すと、ゆっくりと湯船に身体を浸していった。
「はぁー、沁みるわぁ...」
完全に足こそ伸ばせなかったが、蓮花には十分だった。
この一日でたくさんの出来事が蓮花に起こったーーいや、あまりにも起こりすぎた。
蓮花は目を瞑って反芻する。
『今日は、海の葬式やったよな...それで帰り道に裏路地を通って...』
伸びをした腕の根元には見覚えのない模様。
「どうなってるんやろ?」
『"鑑導"により表示します。』
『蓮花 ヒト ♂ 25歳
〈刻印一覧〉
"鬼月"
鬼の一族に代々伝わる黒の刀身の日本刀。
吸印(焔心)
"鑑導"
物事の性質を読み取りそれによって進むべき方向を示す。
"剣術"Lv.Ⅱ
剣の扱いが上手くなる。
"察知"
一定時間、自身から一定範囲内の魔力を持つ生き物の場所を把握する。
"俊敏"
一定時間、身体速度が上昇する。』
途端に蓮花の目の前に文字が展開する。
ただ、それに対して驚きはなかったーーどれも今日一日の中で身に覚えのあるものばかりだったからだ。
蓮花はじっくりとそれを眺めて、今日を振り返っていく。
「失礼いたします。」
『ルーン 獣人 ♀ 21歳
〈刻印一覧〉
"黒葉"(呪い)
魔力の吸収を大幅に増大させる。
"白銀"
呪いの侵蝕により使用不可。
"銀狼"
呪いの侵蝕により使用不可。
"槍術"
槍の扱いが上手くなる。』
蓮花がその声に顔を向けると、浮かんだ文字の奥で銀色の髪がなびく。
先ほどまでとは違い、ネグリジェのような薄い肌着姿で木製のコップを持っていた。
「どうぞ、こちらで喉を潤しください。」
情報量の多さに蓮花は一瞬固まったが、とりあえずコップを受け取ると、一気に飲み込んだ。
わずかにレモンのような果実の香りと酸味がする水は瞬く間に喉を潤し、身体中を駆け巡る。
「美味しい...」
女は緊張しているのか恥ずかしそうに笑う。
「ありがとう...僕は蓮花って言うんやけど、君は?」
その言葉に女は驚いた顔を見せて、すぐに深々と頭を下げた。
「我々のような者にお名前を教えていただき、ありがとうございます。レンカ様…とても尊い響きです。」
その声色は、心からの言葉だと蓮花に思わせた。
「私は…ルーンと申します。」
「ルーンか、いい名前やね。」
蓮花は、ルーンの胸元に浮かぶ文字と見比べて確信を得る。
だが、それを聞いたルーンは再び頭を深く下げた。
「ありがとうございます...ご存知のとおり、我々狼人族は名を持つことを許されてませんが、私はこの名を誇りに思ってます...」
「そうなんやね、じゃあ、ルーンって呼ばせてもらうね。」
蓮花が答えると、ルーンは下を向いて顔を赤くした。
先ほどまでの凛とした佇まいとは逆の、照れたその姿に蓮花は微笑む。
『かわいらしいなぁ...』
この状況に余裕が出てきた蓮花は、湯船から立ち上がり、飲んだコップを返そうとする。
だが、その時ーー顔から目線を下ろして文字を再び確認しようとしたその時、薄い肌着の下にある膨らみの頂点が、透けて見えていることに蓮花は気付いた。
『あっ...』
寝起きと疲れのせいもあり、瞬く間に血流が下半身に集中していく。
蓮花が隠そうかと悩んだ瞬間、下を向いていたルーンが意を決したように蓮花の目を見つめた。
『バレた...?』
その目力の強さに諦めを覚えた蓮花だったが、ルーンは下着を下ろして入り口に畳むと、後ろを向いて壁に片手をつき、もう片方の手で尻の割れ目を広げた。
「呪いに蝕まれた身体ではございますが...よろしければ、どうぞお使いください。」
『マジで...?』
それは全くの想定外だったが、蓮花の下半身は、目の前のルーンの姿を受けて治まる気配がない。
『どうしよ?』
その問いを待っていたかのように、脳内に文字が浮かび上がった。
『"黒葉"は吸印可能です。また、適応性ありです。』
ルーンの刻印一覧にあった"黒葉"すなわち呪いーーそれが吸印可能。
『どうしたら?』
『"鬼月"の吸印は、通常、刀の攻撃によって発動しますが、魔力の経路を作成しそこから吸印を行うことも可能です。』
蓮花の中で、ルーンの柔肌を傷付ける選択肢は考えづらかった。
『魔力の経路はどうやって?』
『相手の体内に体液を注ぎ込むことで可能です。』
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