第2話 導き
『"剣術"と"探知"を獲得しました。』
『適応性ありのため、刻印可能です。』
突如、蓮花の頭の中に声が響く。
文字が頭の中で可視化されたという表現の方が正しいのかも知れない。
蓮花は、その言葉の意味を理解できなかったが、どうでも良いと思ったーー目の前の女の呼吸が止まったからだ。
綺麗な茶色の髪はぐしゃぐしゃに掻き乱され、開いたままの目から、流れた涙が乾く暇もなく息絶えている。
蓮花は刀を置くと、指で女の目を閉じ、少し離れた部屋の隅に体を運んで、自身の上着をかけた。
「悪いなぁ、こんなんで...こいつの血ぃも付いとるけど、それも手向けやと思って...」
ポケットから数珠を出して、女の胸元に置く。
蓮花は信仰が厚い訳ではない、ただ、なんとなくそんな気持ちになった。
先程までとは違う女の穏やかな顔に、安らかなひと時が訪れていることを願った。
「アニキ、何かありやしたか?」
再び部屋に緊張が走る。
一息つく間もなく、外から男の声が聞こえてきたので、すぐに息を潜めて外の様子を伺う。
『こいつの部下か?』
蓮花はなんとなくだが状況を理解していた。
この家の外で男の部下が待たされていたのだろう。
だが、理解と同時にこの状況を打破する方法は検討もついていなかった。
『"剣術"と"探知"は適応性ありのため、刻印可能です。刻印しますか?』
再び脳内に文字が浮かび上がる。
蓮花は、この言葉の意味を正確には分からなかったが、文字だけを見れば、まさしく今の自身に必要なものだと考えた。
『お願いするわ...』
『承知いたしました。それでは、"剣術"と"探知"を刻印いたします。』
その瞬間、蓮花は右胸に強烈な熱を感じる。
「熱っ!」
火の着いたタバコをまとめて一気に押し付けられたような熱さと痛み。
『刻印が完了しました。』
痛みがウソのようにスッと引く。
「"剣術"と"探知"...」
呟くと、レーダーのような映像が蓮花の脳内に浮かび上がる。
自身が黒い点ーー近くに白い点が二つ。
『扉の前に2人おるな。』
それは確信そのものだった。
同時に床に置いた刀を再び握って一振りすると、驚くほど滑らかに刀が泳ぐ。
「"剣術"...か。」
蓮花は、この数分で起きた事象を噛み締めるように呟き、そのまま扉の側で身体を低くして待ち構えた。
「ア、アニキ...?入りますぜ?」
恐る恐る、慎重にーーゆっくりと音を立てながら扉が開かれていく。
対称に蓮花の心臓は早鐘のように鳴り響いていたが、頭は冷静だった。
『殺る。』
ふっ、と息を一つ。
吐くと同時に、体は素早く動き出す。
蓮花の脳裏に浮かんだのは、いつぞやの空手の師範の言葉ーー体を動かす時、酸素を多く取り込む必要があるが、そのためには先ずは息を吐く、吐くことで自然と吸うことができるのだ、と。
「アニキ...?」
扉を開いた男の怪訝な顔が驚きの表情に変わった瞬間、頭の上から股にかけて真ん中から切り裂いた。
勢いそのままに、まだ繋がったままの男の体を押し蹴り、後ろの男に飛ばすと、慌てた様子の男の首を横に一閃、刎ね上げる。
「ハッ....ハッ....」
気付けば身体は、家の外まで飛び出していた。
二つの死体を背後に、顔にかかった血を袖で拭う。
白のシャツは真っ赤に染まって、周りは静寂に包まれた。
時間にして数秒もない、一瞬の出来事である。
蓮花の一連の動きは、長年剣の道に勤しみ、刀を振るうことを生業とした者の動きだった。
「"剣術"か...」
再び呟いた蓮花が立った家の外は、眩しいほどの陽の光の中で、目に飛び込んでくる青い空、どこまでも続く鮮やかな色に蓮花の心が奪われる。
『ほんまに、なんなんやろ。』
辺りを見渡せば、木造の平家がいくつか見えて、どうやら村の中にいることは分かった。
そして、それはすぐに現実を連れて戻ってくるーー反対側から聞こえた悲鳴と、振り向いた先の、青空を塗り潰すように上がる大量の煙によって。
「"探知"...」
考えるよりも早かったーー再び周囲の映像が流れてくる。
範囲は蓮花を中心に半径50メートル程度。
一番近い白い点の集まりへ急ぐ間に、倒れている村人たちが蓮花の視界に入った。
村人と分かった理由は、先ほどの女と同様に、皆、頭に"耳"と腰に"尻尾"が付いていたからだ。
『ここか。』
家の扉の前に辿り着くと、聞こえる男の怒声と女の悲鳴が、中の様子を伝えてくる。
脳内のレーダーで家の中にある三つの白い点の位置を確認すると、蓮花は扉を勢いよく開けた。
「あぁっ!?」
男が声を上げるーー同時に飛び込んできた光景は、一人の男が女を押さえつけて、反対側でもう一人の男がズボンを下ろしているところだった。
蓮花は、大きく駆けて、女を押さえつけている男の首を刎ね上げると、更に次の一歩で、ズボンを下ろした男の身体を真横に切り裂いた。
蓮花はこの短時間で五人を殺したーーそれも全て一振りで。
ほとんど抵抗なく刀が走るのは、切れ味の凄さと、蓮花が人を殺すことへの抵抗が全く無くなっていることを示していた。
「怪我は?」
蓮花の問いかけに、女は顔を見上げる。
呆然とした顔が、驚きの表情に変わると、すぐに立ち上がり何度も頭を下げてお礼を繰り返した。
他の村人と同じように耳の付いたその顔は、綺麗に整っており、美人という言葉が良く似合う顔立ちだった。
その傍らには、村人と思われる血まみれの死体が一つ。
「この村の人?」
「はい。ここは狼人族の村なのですが、急に男たちが現れて...」
女は下を向く。
蓮花は女の狼人族と言う言葉を聞いて、その風貌に納得する。
「大変やったね...」
女が再び顔を上げると、意を決した顔で口を開く。
「貴方様は大変高貴な御方だとお見受けします。どうか!どうか村を助けていただけないでしょうか!御礼は必ずします!!」
その時、玄関の方で音がしたーーすぐに視線を向けると、傷だらけの村人が身体を壁に預けている。
「お願いだ…村の広場に奴らが…」
村人が震えながら広場の方角を指差す。
それは、必死という言葉が良く似合う絶命の寸前の絞り出したような声だった。
「ええよ....」
蓮花は、普段から人助けをするようなタチではない。
既に心身の疲れは限界に近かったが、それでも自然と言葉が出た。
いま、自分に出来ることがあり、それを求める人がいるなら、この現実とも思えない中で、応えられるだけ応えようと思ったからだ。
助けを求めて来た女が綺麗だったこともあるかもしれないが。
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