小学校卒業
桜の季節が再び巡り、俺たちは小学校の卒業式を迎えた。
真新しい制服に身を包んでから早六年。
ランドセルが小さく感じるほどに成長した俺は、厳粛な空気が漂う体育館で名前を呼ばれるのを待っていた。
「卒業証書授与。東条龍弥」
担任の先生が名前を読み上げる。
「はい」
俺は短く返事をし、壇上へと歩みを進める。
練習通り、完璧な所作で証書を受け取るつもりだった。
しかし、その決意は一瞬にして崩れ去ることになる。
「龍弥ーーッ!! おめでとーーッ!! ママよーーッ!!」
静寂を切り裂くような絶叫。
保護者席の最前列で、母さんが立ち上がっていた。
しかもただ立っているだけではない。
両手には『祝・卒業』『愛してる』とお手製のうちわが握られ、着ているスーツはどう見てもパリコレのランウェイを歩くような派手なデザインだ。
周囲の保護者がドン引きしているのが、壇上の俺からも手に取るように分かる。
「……勘弁してくれ、母さん」
俺は顔から火が出る思いで校長先生から証書を受け取り、逃げるように階段を降りた。
席に戻ると、隣の静がクスクスと笑いながら小声で囁いてくる。
「ふふ、美月さん、すごいね。幼稚園のときとおなじだ」
「笑い事じゃないよ静ちゃん。ボクは今すぐ穴に入って冬眠したい気分だよ」
反対隣に座る麗華も、呆れたように、しかし楽しげに肩を震わせている。
「あら、素敵な愛じゃありませんこと? 少し……いえ、だいぶ重いですけれど」
「麗華まで面白がらないでくれよ」
式が終わると、俺たちは校庭に出た。
そこへ待ってましたとばかりに母さんが突撃してくる。
「龍弥っ! ああん、もう中学生になるなんて! この前までオムツしてた赤ちゃんだったのに……ママ、感動で涙が止まらないわ!」
そういって抱きしめ、マスカラが落ちるほど号泣している。
その背後にはビデオカメラを二台構えた桜さんが、完璧な姿勢で控えていた。
「奥様、感動的なシーンの撮影は順調です。予備のバッテリーも十分にございますので、あと五時間は泣き続けていただいても問題ありません」
「ありがとう桜ちゃん! さあ龍弥、こっち向いて! ママとツーショット撮るわよ!」
「ちょ、苦しいって母さん! 人前で抱きつくのはやめてよ!」
「減るもんじゃなし、いいじゃない! ほら麗華ちゃんと静ちゃんも一緒に! みんなで記念撮影よ!」
勢いに巻き込まれ、俺たちは桜並木の下で写真を撮ることになった。
ファインダー越しに見えるみんなの笑顔は、この六年間で築き上げた絆そのものだ。
「はい、チーズ」
パシャリという音と共に、俺たちの小学校生活は幕を閉じた。
◇
喧騒が落ち着いた頃、俺たちは三人で校門へ向かって歩いていた。
話題は自然と、四月から始まる新生活へと移っていく。
「いよいよ中学生だね。制服、どんな感じなんだろう」
俺が呟くと、静がはにかむように微笑んだ。
「わたし、試着したよ。セーラー服だった。たつやくんの学校セキュリティがきびしいから、制服にもICチップとか入ってるんだって」
「へえ、さすが国立の特別指定校だな。GPS付きってことか」
俺たちが進学するのは『国立高度安全教育機関・中等部』。
名前がいかにも堅苦しいが、要するに俺のような『希少な男子』や、国家の重要人物の子女を守るための要塞のような学校だ。
本来なら、一般家庭の静が入れるような場所ではない。
「静ちゃんが入学できるって聞いた時は、本当に安心したよ。また桜さんに無理言っちゃったかなって、心配したけど」
俺が言うと、背後をついてきていた桜さんが涼しい顔で口を挟んだ。
「お気になさらず、龍弥様。静様が龍弥様の精神安定に不可欠な存在であることは、過去のデータにより証明されております。公安局への申請書類には『最重要人物のメンタルケア担当官』としての適性を強調しておきましたので」
「メ、メンタルケア担当官……? わたし、ただのおともだち、だよ?」
静が目を白黒させている。
役所仕事を通すための方便とはいえ、桜さんの書類作成スキルは相変わらず恐ろしい。
「まあ、理由はともあれ、また三人で通えるのは嬉しいよ。麗華も一緒だしね」
麗華に視線を向けると、西園寺財閥の令嬢はフンと鼻を鳴らし、長い金髪をなびかせた。
「当然ですわ。わたくしにかかれば、あのような学校の入試問題など赤子の手を捻るようなものですもの」
麗華は桜さんの裏工作を使わずに、正面突破で合格を勝ち取っていた。
あの学校の一般入試枠は倍率数十倍の狭き門だ。
それを涼しい顔で突破するあたり努力と才能は本物だ。
「さすが麗華だね。ボクも負けてられないな」
「ええ、覚悟しておきなさい龍弥。中学のテストでも、わたくしはあなたに勝負を挑みますからね! 今度こそ、学年一位の座はいただきですわ!」
麗華はビシッと俺を指差し、不敵に笑う。
初めて会った頃は嫌味なライバルだったが、今ではこの負けず嫌いな性格が頼もしくすらある。
「望むところだよ。でも、ボクだって手加減はしないからね」
「ふふ、言いましたわね! 見てらっしゃい!」
麗華の高笑いが春の空に響く。
隣では静が「けんかはダメだよぉ」と困ったように、でも嬉しそうに笑っている。
その様子を、母さんが少し離れたところからハンカチを噛んで見守っていた。
「あぁ……青春ねぇ。龍弥にもこんなにお友達ができて……ママ、嬉しくてまた泣けてきちゃった」
「奥様、メイクが崩れますのでほどほどに」
桜さんが冷静にハンカチを差し出す。
俺は空を見上げた。
桜の花びらが風に乗って舞っている。
男が希少なこの世界に転生して、最初は戸惑うことばかりだった。
過剰な保護、歪んだ価値観、そして時には女装までさせられる波乱の日々。
けれど、こうして麗華や静、そして美月さんや桜さんに囲まれている今、俺は確かに幸せを感じていた。
「じゃあ、行こうか。みんな」
俺たちは歩き出した。
小学校という小さな箱庭を出て、少しだけ広くなった世界へ。
この先、中学生になれば、また新しいトラブルや騒動が待っているだろう。
それでも、この仲間たちと一緒なら、きっと退屈することはないはずだ。




