リュウちゃん、街へ行く
ショッピングモールの自動ドアをくぐると、そこには懐かしくも新しい光景が広がっていた。
吹き抜けの天井、煌びやかなショーウィンドウ、行き交う人々のざわめき。
前世では週末になれば当たり前のように訪れていた場所だが、この世界に転生してから数年、俺にとっては画面の向こう側の景色だった。
「わあ……! 広いですわね!」
「うん、キラキラしてる……」
麗華と静も目を輝かせている。
麗華は家柄的にデパートの外商が来るタイプだろうから、こういう庶民的なモールは逆に新鮮なのかもしれない。
「さあ、行きましょう! まずはあのお店ですわ!」
「ちょ、引っ張るなってば!」
麗華に腕を引かれよろめきながら歩き出した。
すれ違う人々は、俺たちを「仲の良い女の子三人組」として微笑ましく見ているだけだ。
誰も俺が男だとは気づいていない。
桜さんは数メートル後方を、一般客を装って付いてきている。時折インカムに触れているのは、見えない場所に展開している警備班と連絡を取っているのだろう。
最初に訪れたのは、ファンシーな雑貨屋だった。
パステルカラーの文房具や、謎のキャラクターのぬいぐるみが所狭しと並んでいる。
「見て龍弥、このペンケース! ふわふわですわよ!」
「あ、本当だ。手触りいいね」
俺は努めて声を高くし、「女子」としてのロールプレイを徹底した。
もしここで「うわ、機能性悪そう」なんて地声で言ったら一発アウトだ。
「たつやくん、これ……」
静が持ってきたのは、黒猫のキーホルダーだった。
目つきの悪さがどことなく俺(の中身)に似ている気がしなくもない。
「可愛いね。静ちゃんとお揃いにしちゃおうかな」
「……うん! おそろい!」
静がパァっと笑顔になる。
こんな些細な買い物ができるだけで、こんなにも心が躍るなんて。
次はゲームショップだ。
ここでは俺のテンションが制御不能になりかけた。
棚に並ぶ最新ゲームの数々。
VR技術が発展した未来のゲームは、パッケージを見ているだけでワクワクする。
「ねえねえ、このRPG、評価高いんだよ! 一緒にやろうよ!」
「あら、面白そうですわね。協力プレイはできますの?」
「できるよ! ボクがタンクやるから、麗華は魔法使いね!」
ついつい早口で熱弁してしまう俺を、二人は楽しそうに聞いてくれた。
「リュウちゃん」としての演技を少し忘れて「ゲーマーの龍弥」が出てしまっていたが、周囲から見れば「ゲーム好きな女の子」にしか見えないだろう。セーフだ。
そして、鬼門はやってきた。
ティーン向けのファッションブランドショップだ。
「きゃああ! 新作が入荷してますわ!」
「かわいいふく、いっぱい……」
二人は吸い込まれるように店内へ入っていく。
俺も付き添いとして入らざるを得ない。
店内は甘い香水の匂いが充満しており、俺のアレルギー反応(男としての拒絶反応)が出そうだ。
「これなんかどうかしら? 静に似合いそうですわ」
「麗華ちゃんはこっちのほうがいいとおもう」
二人が互いの服を選び合っている姿は微笑ましい。
俺はそれを柱の陰から見守っていたのだが、麗華の鋭いレーダーが俺を捕捉した。
「龍弥! 隠れてないで、あなたも選びなさい!」
「えっ、ボクはいいよ。服はいっぱいあるし……」
「何をおっしゃいますの! これとか、今のあなたにピッタリですわよ!」
麗華が持ってきたのは、肩出しのニットとミニスカートのセットアップだった。
露出度が高い。高すぎる。
「ほら、あっちに試着室がありますわ! レッツトライ!」
「無理無理無理! 絶対に着ないから!」
俺は腕でバツ印を作って全力で拒否した。
店員さんが「あらあら、恥ずかしがり屋さんなのね」とニコニコ見ている。
違うんです、生物学的な問題なんです。
「ちぇっ、残念ですわ……。似合うと思いましたのに」
「……また、今度ね。別の日に、ゆっくりきてもらおう……」
静がボソッと不穏なことを呟いた気がしたが、俺は全力で聞こえないふりをした。
これ以上、母さんのコレクション以外の服まで着せられてたまるか。
買い物の後は、フードコートで休憩だ。
俺たちはそれぞれ違う味のアイスクリームを注文した。
俺はチョコレート、麗華はストロベリー、静はバニラだ。
「ん~っ! 生き返りますわ~!」
麗華がスプーンを口に運び、至福の表情を浮かべる。
「たつやくん、チョコ味、ひとくちちょうだい?」
「いいよ。はい、あーん」
俺がスプーンを差し出すと、静がパクりと食べた。
「おいしい……。わたしのバニラもあげる」
「ありがとう」
俺も静のスプーンからアイスをもらう。
間接キス……などと意識するのは野暮だ。
今はただの仲良し女子グループ(偽)なのだから。
端から見れば、可愛らしい女子たちがキャッキャとスイーツをシェアしている天国のような光景だろう。
中身が男だとバレなければ。
窓の外が茜色に染まり始めた頃、俺たちはモールの出口へと向かった。
両手には紙袋がいっぱいだ。
足は棒のように疲れているが、心は羽のように軽かった。
「楽しかったわね、龍弥、静」
「うん。夢みたいだった」
夕日に照らされた二人の横顔を見ながら、俺はふと思った。
普通なら、こんな風に友達と放課後に寄り道して、買い物をして、アイスを食べるなんて、当たり前のことだ。
だけどこの世界で男は、友達と買い物に出かけることすら難しい。
転生前ではありふれたごく普通の当たり前の光景。
でも男として生まれた俺には、その「当たり前」が許されなかった。
家と学校の往復。常に付きまとう警備。
籠の中の鳥のような生活。
けれど、今日。
この「女装」という仮面を被ることで、俺はその檻を抜け出すことができた。
誰にも特別視されず、誰も俺を狙ってこない。
ただの群衆の一人として、自由な空気を吸うことができた。
「……悪くないな」
自分のスカートの裾を見下ろした。
着る前はあれほど抵抗があった女装だが、この自由へのパスポートだと思えば、そう悪いものでもない気がしてくる。
もちろん恥ずかしさはある。
男としてのプライドも少し傷つく。
だが、それと引き換えに得られるこの「普通の青春」は、俺にとって何よりも代えがたい宝物だ。
「ねえ、龍弥。また来ましょうね?」
麗華が振り返って言った。
「こんどは、映画もみたいな」
静も期待のこもった目で俺を見ている。
俺は帽子を深く被り直し、ニッと笑った。
「ああ、もちろん。また三人で来よう。次はクレープも食べたいしね」
そして静も麗華も笑顔でうなずいてくれた。




