木を隠すなら森の中
「いい写真がたくさん撮れましたわね……ふふ、眼福ですわ」
撮影会が終わり、スマホの画面を眺めてうっとりしていた麗華が、ふと顔を上げて爆弾を投下した。
「ねえ龍弥。せっかく可愛く変身したのですもの。このまま街へお出かけしませんこと?」
「……は?」
俺は耳を疑った。
今、なんて言った?
街へ? この格好で?
「正気か!? 絶対に嫌だ! 家の中で着るのは百歩譲って許すとして、外に出るなんて自殺行為だろ!」
知り合いに見られたらどうする。
いや、知り合いじゃなくても、不審者として通報されるかもしれない。
それに何より、俺は「男」だ。
男が一人で外を出歩くことのリスクは、この世界では常識中の常識だ。
「あら、自殺行為だなんて大袈裟ですわね」
麗華は涼しい顔で人差し指を立てた。
「よく考えてごらんなさい。龍弥が外出を禁じられているのは、なぜですの? あなたが『希少な男の子』だと一目で分かってしまうからですわよね?」
「そ、そうだよ。だから危ないんじゃないか」
「ええ。ですが、今の龍弥はどう見えまして?」
麗華が手鏡を俺に向けた。
そこには、フリルのワンピースを着た、栗色の髪の可憐な美少女が映っている。
「……女の子、だな」
「そうですわ! 外見は完全に女の子。つまり、今のあなたなら、ただの『女の子同士の仲良しグループ』にしか見えませんのよ。これこそ究極のカモフラージュ、完璧なステルス迷彩じゃありませんこと?」
「……」
一応は理屈は通っている。
男を探している誘拐犯やストーカーも、まさかフリフリの服を着た少女がターゲットだとは思うまい。
「木を隠すなら森の中」理論だ。
「桜さん! 止めてくれよ! こんな滅茶苦茶な理屈、通るわけないよね!?」
俺は最後の砦である桜さんに助けを求めた。
この人なら警備のプロとして、このふざけた提案を却下してくれるはずだ。
しかし、桜さんは顎に手を当てて、真剣な表情で考え込んでしまった。
「……いえ。一理あります」
「嘘だろ!?」
「通常、龍弥様の外出には大規模な警備体制が必要となります。黒塗りの車列、十名以上のSP、交通規制……それらは逆に『ここにVIPがいる』と宣伝しているようなものです。対して、女装による偽装工作を行えば、敵の目を欺き、ロープロファイルでの移動が可能になります」
桜さんの目が、軍師のように鋭く光った。
「女性と誤認させることで、襲撃リスクをかなり低減できると推測されます。これなら、近場のショッピングモール程度であれば、少人数の護衛で対応可能です」
「そ、そんな馬鹿な……」
俺の希望は打ち砕かれた。
プロの目から見ても「女装外出」は有効な戦術だと認定されてしまったのだ。
「やったぁ! さっすが桜さん、話が分かりますわ!」
「やったね、リュウちゃん。デートできるね」
麗華と静がハイタッチをして喜んでいる。
俺はガクリと項垂れた。
デートって……俺は男だぞ。
「ですが、さすがにその『聖天使ドレス』では目立ちすぎます。外出用の衣装に着替えましょう」
桜さんがテキパキとラックから服を選び出した。
選ばれたのは、パステルブルーのオフショルダーブラウスに、白いフレアスカート。
頭には麦わら帽子風のキャペリンハット。
清楚なお嬢様風の夏コーデだ。
「うぅ……足がスースーする……」
着替えさせられ、玄関に立たされた俺は、羞恥心で消え入りそうだった。
鏡に映る自分は、どこからどう見ても、麗華や静のお友達の「可愛い女の子」だ。
「あら、とっても似合ってますわよ! 歩き方はわたくしがレクチャーしますから、内股気味に、小股で歩くのですわよ!」
「手をつなげば、こわくないよ」
麗華が右腕を、静が左腕を組んでくる。
二人の体温と、甘い香りに包まれて、俺は観念した。
「……わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
重い扉が開かれる。
外の世界へ。
俺は深呼吸をして、一歩を踏み出した。
東条龍弥としての外出ではない。
謎の美少女「リュウちゃん」としての、初めての街ブラが始まろうとしていた。




