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男女比1:100の世界で生き延びる  作者: 功刀


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着せ替え

「残念だなぁ、本当に残念だ。母さんがいないんじゃ、着替えられないもんね」


 玄関先で、俺はこれ以上ないほど棒読みのセリフを吐いた。

 学校から直帰した俺たちを出迎えたのは、静まり返った廊下だけだった。

 母・美月は仕事で出払っており、帰宅は夜遅くになるという。

 俺にとっては天の助けだ。

 衣装の管理も、着付けも、全ては母さんの管轄だ(ということにしたい)。

 主不在のアトリエを勝手に荒らすわけにはいかないだろう。


「そんな……楽しみにしてましたのに……」

「うぅ……リュウちゃん、あえないの……?」


 麗華と静が目に見えて落ち込んでいる。

 肩を落とし、この世の終わりのような顔をしている親友たちを見るのは心が痛むが、こればかりは譲れない。

 俺の男としての最後の砦なのだ。


「仕方ないよ。また今度ね。さあ、お茶でも飲んで帰ろうか」


 俺が強引に話をまとめようとした、その時だった。


「お茶のご用意なら、衣装部屋にお持ちしましょうか?」


 背後から、冷たくも美しい声が響いた。

 振り返ると、そこには完璧な姿勢で佇む桜さんの姿があった。


「さ、桜さん? 衣装部屋って、鍵がかかってるんじゃ……」

「いいえ。奥様よりマスターキーをお預かりしております。『もし麗華ちゃんたちが来たら、好きなだけ見せてあげてね』との伝言も承っております」


 桜さんは懐からジャラリと鍵束を取り出し、不敵に微笑んだ。


「さ、桜さぁぁぁんッ!!」


 俺の絶叫が虚しく響く。

 裏切りだ。二度目の裏切りだ。

 このメイド、俺を守る気があるのか、それとも俺を弄んで楽しんでいるのか。

 おそらく後者だ。


「まあ! さすが桜さん、話が早いですわ!」

「桜おねえちゃん、ありがとう!」


 地獄に仏、ならぬ地獄への案内人を得た二人は、水を得た魚のように息を吹き返した。

 俺の両脇をガッチリとガードされ、引きずられるようにして廊下の奥へと連行される。


 ガチャリ、と重厚な扉が開かれる。

 そこは、俺にとっての処刑場であり、2人とっての楽園だった。


「わあぁぁ……!」

「すごい、おようふくがいっぱい……!」


 二十畳はある広い部屋の壁一面に、ラックが並んでいる。

 そこには、色とりどりのドレス、ワンピース、コスチュームが所狭しと吊るされていた。

 パステルカラーの洪水。レースのカーテンのようなフリルの海。

 甘い香りが漂ってきそうな、乙女の夢を具現化した空間だ。


「見て静! これ、雑誌の4ページ目に載っていた『妖精のワンピース』ですわ!」

「こっちは『アリス風エプロンドレス』……かわいい」


 二人はラックの間を駆け回り、宝探しのように衣装を手に取っては目を輝かせている。

 俺はその光景を、部屋の入り口で呆然と眺めていた。

 逃げたい。

 でも逃げたら、一生「意気地なし」と言われるかもしれない。

 いや、女装するよりはマシか?


「さあ龍弥、観念なさい! どれを着てもよくてよ? わたくしのおすすめは、このゴシックロリータ風の……」


 麗華が黒いフリルの塊を手に迫ってくる。


「断る! 絶対に着ないぞ! 母さんがいないのに勝手に着たら怒られるだろ!

 それに、着付けだって難しいし……」


 俺が必死に言い訳を並べ立てていると、桜さんがインカムに手を当てて何やら話し始めた。


「……はい。現在、ターゲットの確保は完了しております。……ええ、抵抗しておりますが、想定の範囲内です。……なるほど、アレですね。承知いたしました」


 通信を終えた桜さんが、キリッとした表情でこちらに向き直った。


「龍弥様、奥様より緊急指令が入りました」

「緊急指令!? 母さんと繋がってるの!?」

「はい。奥様曰く、『雑誌には載せられなかったボツ衣装があるから、ぜひそれを着せて感想を聞かせてほしい』とのことです」

「ボツ衣装……?」


 その言葉に、麗華と静の動きが止まった。

 ゆっくりと振り返った二人の目は、怪しく光っていた。


「ボツになった、ということは……世に出ていない、未公開の衣装ということですの?」

「世界でまだ、だれも見たことない服……」


 オタクにとって「未公開」「限定」「レア」という言葉ほど甘美な響きはない。

 二人のテンションが、音を立てて跳ね上がったのが分かった。


「桜さん! それはどれですの!?」

「こちらでございます」


 桜さんが部屋の奥から、恭しく一つの衣装カバーを持ってきた。

 ジッパーが下ろされると、そこには――


「…………これ、は」


 俺は絶句した。

 それは、雑誌に載っていたような「可愛らしいお出かけ着」のレベルを超えていた。

 純白の生地に、金糸で刺繍が施された、まるでファンタジーの聖女か姫君が着るような礼服。

 あるいは、魔法少女が最終決戦で着るような、神々しさすら感じるドレスだった。

 背中には、半透明の羽のような装飾までついている。


「デザインが凝りすぎて量産化できず、泣く泣くボツになった『聖天使ミカエル・モデル』です」


 桜さんが淡々と解説する。

 名前からして厨二病全開だが、クオリティは異常に高い。

 母さん……あんた何を作ってるんだ……


「す……素敵ですわ……!」

「かみさまみたい……」


 麗華と静が、拝むような姿勢でドレスを見つめている。

 そして、ゆっくりと俺の方を見た。


「龍弥。これを着なさい。いえ、着ていただくのです!」

「これを着た『リュウちゃん』……絶対に見たい」


 もう、拒否権などなかった。

「限定レア衣装」という餌を前にした猛獣たちに、無力な小動物が勝てるわけがない。


「……わかったよ。着ればいいんだろ、着れば」


 俺は半泣きで承諾した。

 桜さんの手によって簡易更衣室へ押し込まれ、またしても地獄の着せ替えタイムが始まった。


「うぅ……背中の紐がきつい……」

「我慢してください龍弥様。美しさには痛みが伴うものです」


 コルセットでウエストを締め上げられ、パニエを重ね履きさせられ、ウィッグをセットされる。

 仕上げに、頭上に光輪ハロのようなアクセサリーを装着された。


「完成です」


 カーテンが開かれる。

 俺はスポットライトの下に引きずり出された。


「おおぉぉ……!!」


 麗華と静の、魂の底からの叫びが聞こえた。

 鏡を見るまでもなく、二人の反応で分かった。

 俺は今、とんでもない姿になっているのだと。


「まさに天使……! 龍弥、あなたが神でしたのね!」

「まぶしい……直視できない……」


 二人はスマホを取り出し、連写を開始した。

 母さんがいない分、撮影係は彼女たちだ。


「こっち向いて!」

「祈るポーズをして!」


 という要求に応えながら、俺は虚空を見つめた。


 これが……ハーレム主人公の末路なのか。

 いや、ある意味では愛されている。

 歪んでいるかもしれないが、間違いなく愛されている。


「龍弥、最高ですわ! この写真、待ち受けにします!」

「わたしも……一生の宝物にする!」


 満足げな二人の笑顔を見ていると、不思議と「まあ、いいか」という気持ちになってくるから恐ろしい。

 俺は心の中で溜息をつきつつ、言われるがままに聖女のポーズを取り続けた。

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約束破ったから母親に制裁(罰)を与えないとまた調子の乗って同じことやりそう
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