プライベート旅行⑤
別れの朝は、抜けるような青空だった。
エントランスの前には、行きと同じリムジンが待機している。
夢のような二泊三日は、瞬きする間に過ぎ去ってしまった。
「皆様、またのお越しをお待ちしております」
セバスチャンさんをはじめ、滞在中にお世話になったメイドやシェフたちが一列に並んで深々と頭を下げる。
その姿を見て、俺は胸がいっぱいになった。
「みんな、本当にありがとう! ご飯も美味しかったし、部屋も綺麗で最高のおもてなしだったよ!」
俺が大きく手を振ると、全員少し驚いたように顔を上げ、それから嬉しそうに微笑んでくれた。
本来、俺のような「守られるだけの存在」が、使用人に頭を下げることなど珍しいのかもしれない。
でも、感謝を伝えるのは人として当たり前のことだ。
帰りのジェット機の中では、行きのようなはしゃぎ声はなかった。
心地よい疲労感と、祭りの後の寂しさが漂っている。
窓の外、小さくなっていくセレスティア島を見つめながら、俺は隣に座る二人に向き直った。
「麗華、本当にありがとう。麗華が提案してくれなかったら、ボクは部屋で一人、腐っていたと思う。こんなに楽しい修学旅行、一生忘れられないよ」
麗華は窓の外を見たまま、少し鼻を啜った。
「……当然ですわ。わたくしが企画したのですもの、最高に決まってますわよ。
それに、龍弥や静が喜んでくれて……わたくしも、鼻が高いですわ」
強気な言葉とは裏腹に、その目元は少し赤かった。
「静ちゃんも、ありがとう。一緒にいてくれて嬉しかった。静ちゃんが笑ってると、ボクまで幸せな気分になれたよ」
「うん……わたしこそ。たつやくんと麗華ちゃんといっしょにいれて、夢みたいだった。おばあちゃんになっても、ぜったいわすれない」
静が俺の手をぎゅっと握る。その反対の手を麗華が握る。
言葉以上の想いが、手のひらを通じて伝わってくるようだった。
空港に到着すると、解散の時間がやってきた。
それぞれの迎えの車が待っている。
「じゃあ、また学校でな」
「ええ。宿題、写させてあげませんからね!」
「またね、たつやくん」
二人が車に乗り込み、見えなくなるまで手を振り続けた。
車内には俺と桜さんだけが残った。
俺は姿勢を正して、正面に座る桜さんを見た。
「桜さん」
「はい」
「本当にありがとう。ボクのわがままを聞いてくれて、許可を出してくれて。それに、旅行中ずっとボクたちの安全を守ってくれて」
今回の旅行、俺たちが無邪気に遊んでいられたのは、桜さんや警備チームが不眠不休で周囲を警戒し、あらゆるリスクを排除してくれていたからだ。
その苦労を、俺は忘れてはいけない。
「……龍弥様」
桜さんはいつもの冷静な表情を少しだけ崩し、柔らかな眼差しで俺を見た。
「今回の任務は、私のメイド人生の中でも、最もやりがいのあるものでした。
龍弥様の心からの笑顔をお守りできたこと、誇りに思います」
「黒百合隊のみなさんや、政府の護衛の人たちにも、よろしく伝えておいて。みんなのおかげで最高に楽しかったって」
「承知いたしました。彼らもきっと、龍弥様のそのお言葉だけで報われるでしょう」
車窓を流れる景色は、いつもの見慣れた街並みに戻っていた。
だが、俺の中には確かな熱が残っている。
写真には写らない、心に焼き付けた数え切れないほどの思い出。
そして、何よりも得難い二人の親友との絆。
明日からまた、騒がしくも愛おしい日常が始まる。
でも今の俺なら、どんな未来も笑顔で乗り越えていける気がした。




