プライベート旅行④
目が覚めると、視界いっぱいに麗華の寝顔があった。
長い睫毛、整った鼻筋。まるでフランス人形のような美貌だが、口元からは少しよだれが垂れている。
反対側を向けば、静が俺の腕を抱き枕のように抱え込み、すやすやと寝息を立てていた。
両腕の痺れと、胸を満たす多幸感。
これぞハーレム……と言いたいところだが、今の俺にあるのは、ただ「よく寝たなあ」という健全な充実感だけだった。
「んぅ……たつやくん、おはよ……」
「ふわぁ……よく寝ましたわ……って、龍弥!? 顔が近いですわよ!」
二人が目を覚まし、朝からひとしきりの大騒ぎ(主に麗華の悲鳴と照れ隠しの軽いパンチ)を経て、俺たちの二日目が始まった。
朝食はテラスで焼きたてのパンケーキタワー。
メープルシロップとフルーツが山盛りのそれを胃袋に収めると、俺たちは早速外へと飛び出した。
今日は島を遊び尽くす予定だ。
まずは港へ向かう。そこには、白い船体の豪華クルーザーが停泊していた。
「さあ乗って! 今日はトローリングで大物を狙いますわよ!」
麗華はキャプテンの帽子を被り(どこから出したんだ)、意気揚々と船に乗り込んだ。
海風を切り裂いて進むクルーザーの先端で、俺たちは釣り糸を垂らした。
狙うは南国の巨大魚、カジキマグロだ(と麗華は言っているが、本当にこのあたりの海にいるのかは不明)。
「来ましたわ! 竿が重いですの!」
開始早々、麗華のロッドが大きくしなった。
「ぬおおお!」
と、似合わない声を上げてリールを巻き上げる。
俺も慌ててサポートに入り、静がタモ網を構える。
「頑張れ麗華! あと少しだ!」
「絶対に逃しませんわ! 西園寺家の食卓に乗るのです!」
格闘すること十分。
水面から姿を現したのは、カジキ……ではなく、色鮮やかな熱帯魚と、それに絡まった巨大な海藻の塊だった。
「……あら?」
「……まあ、綺麗だからいいんじゃない?」
「そうですわね! 新種かもしれませんわ!」
結局、カジキは釣れなかったが、色とりどりの魚たちがバケツいっぱいに釣れた。
キャッチ&リリースをしつつ、食べられそうな魚だけを選別して港へ戻る。
昼食は、広大なガーデンでのバーベキューだ。
シェフたちが用意してくれた最高級の肉と野菜、そしてさっき釣った魚を、鉄板で焼いていく。
「龍弥、お肉焼いてくださる? わたくし、食べる専門ですの」
「ボクに任せろ。焼き加減はレア? ミディアム?」
「龍弥様、塩コショウはこちらです」
桜さんが完璧なタイミングで調味料を渡してくる。
俺は前世で培ったBBQスキルを遺憾なく発揮した。
ジュウジュウと音を立てて焼ける肉の香ばしい匂いが、食欲を刺激する。
「はい、どうぞ」
「あーん」
麗華が大きな口を開けて待っている。
俺が肉を放り込むと、目を閉じて幸せそうに咀嚼した。
「ん~っ! 美味しいですわ! 龍弥、才能ありますわね!」
「たつやくん、わたしも……あーん」
静も負けじと口を開けてくる。
まるで雛鳥に餌を与える親鳥の気分だが、二人が美味しそうに食べてくれるなら悪い気はしない。
俺自身の口にも、麗華と静が交互に野菜を運んでくれる。
「ピーマンも食べなさいよね!」
「にんじん、おいしいよ」
至れり尽くせりだ。これぞ王様の休日。
午後はアクティビティ三昧だ。
敷地内にあるテニスコートで汗を流した。
麗華はテニスも得意らしく、優雅なフォームで強烈なスマッシュを叩き込んでくる。
対する静は運動が苦手のようで、ラケットを振るたびに「きゃっ」と空振りをしたり、ボールを追いかけて転んだりしている。
俺は二人の間に入り、ハンデを調整しながらラリーを続けた。
「龍弥、そこですわ! 甘い!」
「おっと、まだまだ!」
「えいっ……あ、とんできちゃった!」
黄色いボールを追いかけて走り回り、大声で笑い合う。
何の変哲もないスポーツだが、三人でやればオリンピックより熱い。
汗だくになった後は、プールに飛び込んでクールダウン。
ウォータースライダーを滑り降り、水飛沫を上げてはしゃいだ。
そして、太陽が水平線に傾き始めた頃。
俺たちは再び浜辺へ出た。
麗華が用意してくれたのは、大量の花火セットだ。
「やっぱり日本の夏といえば花火ですわよね!」
まだ夏休み前だが、南の島なら関係ない。
俺たちはチャッカマンでロウソクに火を灯し、手持ち花火を楽しんだ。
シュウウウ、と音を立てて火花が散る。
「きれい……」
静が線香花火を見つめて呟く。
その瞳に、小さな火花が映り込んでいる。
麗華はドラゴン花火を両手に持ち、「二刀流ですわ!」と謎のポーズを決めている。
「ねえ、龍弥」
「ん?」
最後の線香花火がパチパチと燃え尽きようとする中、麗華が静かに口を開いた。
「この旅行、本当に楽しかったですわ。龍弥が誘ってくれなかったら……いえ、龍弥と出会わなかったら、こんな風にバカ騒ぎするなんて一生なかったかもしれません」
麗華の横顔が、火花の明かりで赤く染まっている。
「わたしも……」
静も頷く。
「本を読んでるだけじゃわからなかった楽しさ、たつやくんがおしえてくれた」
二人の言葉に、俺の胸が熱くなる。
俺の方こそ感謝したい。
男として生まれただけの、中身はただの凡人である俺を、ここまで大切に想ってくれる。
こんな最高の親友たちに出会えたことこそが、俺の転生チートだったのかもしれない。
「ボクもだよ。二人のおかげで、最高の修学旅行になった。ありがとう」
ポトリ。
線香花火の火玉が落ち、辺りが薄暗がりに包まれる。
しかし、寂しさはなかった。
空には満天の星が瞬いている。
夜。
部屋に戻ってシャワーを浴びると、急激な睡魔が襲ってきた。
体力の限界まで遊び尽くした反動だ。
昨日のようにゲームをする余力なんて残っていない。
「……もう、むり……」
「わたくしも……目が開いてられませんわ……」
俺たちは吸い寄せられるようにベッドへ倒れ込んだ。
着替える気力もなく、バスローブやパジャマが乱れるのも気にせず、泥のように沈み込んでいく。
「おやすみ、龍弥……」
「おやすみ、たつやくん……」
左右から聞こえる寝息。
俺もそれに答える間もなく、意識を手放した。
夢を見る隙間もないほどの深い眠り。
それは、何一つ悔いのない一日を過ごした証拠だった。
部屋の隅で、桜さんが俺たちに毛布を掛け直してくれる気配を感じながら、俺たちの特別な修学旅行の最後の夜は、静かに更けていった。




