西園寺家の財力
沈痛な空気が流れる教室で、不意に麗華が顔を上げた。
その瞳には諦めではなく、燃えるような闘志が宿っていた。
「……そうですわ」
「え?」
「学校の修学旅行に行けないなら、わたくしたちだけで行けばいいんですのよ!」
麗華はバンと机を叩いて立ち上がった。
俺と静は目を丸くして顔を見合わせた。
「修学旅行の代わり? 自分たちだけで?」
何を言っているんだこのお嬢様は。
「待ってくれ麗華。ボクが許可されないのは『安全が確保できないから』だぞ? 個人的な旅行なんて、もっと危険だと言われるに決まってる」
俺の指摘に、麗華はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふふん、甘いですわ龍弥。一般の旅行プランだから危険なんですのよ。わたくしにかかれば、国家予算並みのセキュリティレベルでバカンスを提供できますわ!」
そういってスマホを取り出し、どこかと連絡を取り合っていた。
放課後。
麗華は俺の家にまで押しかけ、桜さんを呼び出した。
リビングのテーブルを挟んで、日本屈指の財閥令嬢と、国家公認の最強メイドが対峙する。
「単刀直入に申し上げますわ、桜さん。龍弥と静、そしてわたくしの三人で、西園寺家所有のプライベートヴィラへ旅行に行かせてくださいまし」
「……却下です」
桜さんは即答だった。紅茶を置く手つきすら乱れない。
「龍弥様の安全が最優先です。個人の所有地とはいえ、外部への移動にはリスクが伴います」
「ですが、このままでは龍弥の心に傷が残りますわ! 一生に一度の思い出を奪う権利が、国にあるんですの!?」
「心の問題と生命の危機を天秤にかければ、答えは明白です」
鉄壁のガードだ。
俺も横で聞いていて、これは無理だなと思った。
だが、麗華は怯まない。鞄から分厚いファイルを取り出し、テーブルに叩きつけた。
「ご覧になって! これがわたくしの考えた『特別警護プラン』ですわ!」
桜さんが眉をひそめつつファイルを開く。
「目的地は、西園寺家が所有する南の孤島『セレスティア島』。島には関係者以外、蟻一匹侵入させません。移動は西園寺家のプライベートジェットを使用。もちろん対空ミサイル防御システム搭載機です。現地では、我が家の私設部隊『黒百合隊』五十名が二十四時間体制で警備にあたります。さらに、島の周囲十キロ圏内の海域封鎖を海上保安庁へ要請済みですわ!」
「……」
桜さんの目が、ファイルの上を高速で走る。
俺は開いた口が塞がらなかった。
別荘ってレベルじゃない。要塞だ。
海上封鎖まで要請済みって、お前の家はどうなっているんだ。
「これなら不特定多数がいる京都の旅館より、よほど安全ではありませんこと? それに龍弥にはどうしても必要なのです。籠の中の鳥として生きる彼に、せめて空の広さを教えてあげる時間が!」
麗華の言葉は熱く、そして真剣だった。
単なるワガママではない。俺のことを本気で思いやってくれているのが伝わってくる。
桜さんはしばらく沈黙し、ファイルを閉じた。
「……少々、失礼します」
そして席を外し、どこかへ電話をかけ始めた。
漏れ聞こえる声は低く、緊迫している。
「はい……西園寺家からの申し出……セキュリティレベルはSランク相当……精神衛生上の観点からも……」
数分後、戻ってきた桜さんは、ふうと小さく息を吐いた。
「……許可が下りました」
「本当ですの!?」
「ただし、条件付きです。期間は二泊三日。私の同行はもちろん、政府側の護衛部隊との連携も許可すること。そして、万が一の事態が発生した場合は即時撤退すること。よろしいですね?」
「もちろんですわ! ありがとうございます、桜さん!」
麗華は満面の笑みでガッツポーズをした。
静も「よかったぁ……」と涙ぐんで喜んでいる。
俺は震える声で言った。
「すげえよ、麗華……お前、本当にすげえよ……」
「おーほっほっほ! 感謝なさい! さあ、そうと決まれば準備ですわ! 最高の修学旅行にしましょうね、龍弥、静!」
こうして、俺たちのための、俺たちだけの特別すぎる修学旅行が幕を開けることになった。
学校のみんなとは行けないけれど、最高の親友たちと過ごす時間は、きっと何にも代えがたい宝物になるはずだ。




