男の宿命
季節は巡り、俺たちは小学校生活の最後の年を迎えていた。
ランドセルが小さく感じるほど背が伸び、顔つきも幼さが抜けて少年らしくなってきた。
だが、変わらないものもある。
俺と静、そして西園寺(最近は麗華と呼ぶようになった)の三人組の絆だ。
クラスメイトとも良好な関係を築き、俺はこの奇妙な世界の学校生活をそれなりに謳歌していた。
そして、六年生といえば最大のイベントが待っている。
修学旅行だ。
行き先は古都・京都。
新幹線に乗って、寺社仏閣を巡り、旅館で枕投げをする(これは禁止かもしれないが)。
漫画やアニメでしか見たことのない「ザ・修学旅行」を体験できることに、俺は数ヶ月前から心を躍らせていた。
しおりを見ながら、三人でどこのお土産を買うか、自由行動でどのスイーツを食べるか、計画を練る時間は至福だった。
しかし、その幸福な計画は、あまりにもあっけなく打ち砕かれた。
「――龍弥様の修学旅行への参加は、認められません」
夕食後、リビングでしおりに付箋を貼っていた俺に対し、桜さんが静かに、しかし断固とした口調で告げた。
手元のお茶が波打つほど、俺の手が震えた。
「……え? どういうこと、桜さん」
「言葉通りの意味です。政府および公安局の判断により、龍弥様の移動を伴う長期間の校外学習は『リスク過多』として不許可となりました」
桜さんの表情は能面のようだったが、その瞳の奥には微かな痛みが滲んでいるようにも見えた。
「な、なんでだよ! 小学校最後だよ!? みんなと一緒に行きたいよ!」
「お気持ちは痛いほど分かります。ですが龍弥様、ご自分の立場を理解してください」
そういってタブレットを取り出し、いくつかのデータを見せた。
そこには、直近で発生した「非公認の精子バンク襲撃事件」や「地下オークションでの男児売買未遂」といった、胸糞の悪くなるニュースが並んでいた。
「龍弥様はこの国の至宝です。学校という要塞の中であればお守りできますが、不特定多数の人間が行き交う観光地や、セキュリティの甘い旅館では、万全の警護は不可能です。新幹線一つとっても、狙撃や爆破のリスク、あるいは群衆による突発的な拉致……あらゆる可能性が考慮されます」
「ボクのために、警備を増やせばいいじゃないか! 今までだってそうしてきただろ!」
「限度があります。それに……」
桜さんが言葉を濁し、そして意を決したように続けた。
「もし龍弥様を狙ってテロが起きた場合、周囲にいるご友人――静様や麗華様を巻き込む可能性があります。彼女たちを盾に取られたり、最悪の場合、怪我を負わせてしまうかもしれません。それでも、行きたいと仰いますか?」
俺は言葉を詰まらせた。
卑怯だ。そんなことを言われたら、反論できるわけがない。
俺のエゴで、大切な親友たちを危険に晒すことなんてできない。
俺の存在が「特別」であるということは、時に祝福であり、時に呪いなのだと思い知らされた。
「……わかったよ」
俺はしおりを閉じた。
楽しげな京都の写真が、急に遠い世界の出来事のように思えた。
「ボクは、お留守番するよ」
◇
翌日、学校で二人にそのことを告げた。
昼休みの教室。周りが「何着ていく?」と盛り上がっている中で、俺たちの席だけがお通夜のような静けさに包まれた。
「そんな……嘘でしょ? 龍弥が行かないなんて」
麗華が信じられないといった顔で立ち上がった。
その手は怒りで震えている。
「おかしいですわ! 何のための修学旅行ですの!? 思い出を作るための行事でしょう? 龍弥を置いていくなんて、本末転倒ですわ!」
「ごめん、麗華。でも、ボクがいるとみんなに迷惑がかかるかもしれないから」
「迷惑なものですか! わたくしたちは、あなたと一緒に行きたいんですのよ!」
麗華の叫びが教室に響くが、誰も茶化す者はいなかった。
みんな、薄々感づいていたのだ。
俺という存在の特異性と、それに伴う不自由さを。
「……いやだ」
静が俺の袖をギュッと掴んだ。
俯いた顔から、涙がこぼれ落ちている。
「たつやくんがいなきゃ、いみないよ。わたし、たつやくんといっしょに、金閣寺みるってきめてたのに……」
静の涙を見て、俺の胸は張り裂けそうだった。
俺だって行きたい。
新幹線の座席を回転させてトランプがしたかった。
夜の部屋で、好きな人の話とかしたかった。
当たり前の小学生としての青春が、俺には許されない。
「ごめんね、静、麗華。お土産、楽しみにしてるから。ボクの分まで楽しんできてよ」
精一杯の強がりを言ってみたが、その声は情けなく震えていた。
諦めるしかない。
それが、希少種として生まれた俺の運命なのだから。
二人の悲痛な表情を見ながら、自分の無力さを噛み締めていた。




