自称ライバル
テスト騒動を経て、俺の学校生活は改善された。
朝、教室に入れば「おはよう」と声が返ってくる。
授業中に間違えれば「ドンマイ」と励まされ、正解すれば「やるじゃん」と称賛される。
それはごく当たり前の光景かもしれないが、男尊女卑(希少価値的意味での)が蔓延るこの世界において、俺が得た「普通」の扱いは奇跡に近いものだった。
静も、以前のような張り詰めた空気から解放され、心なしか表情が柔らかくなっている。
だが平和とは退屈と同義ではない。
特に、あのお嬢様がいる限りは。
「東条龍弥! 勝負ですわ!」
休み時間になるたび、高らかな宣言と共に現れる。
西園寺麗華。
かつて俺を無視していたクラスの女王様は、今や俺の自称ライバルとして、日夜戦いを挑んでくる挑戦者へと変貌を遂げていた。
「またかよ、西園寺さん。今日は何で勝負するんだ?」
「ふふん、今日はこれですわ!」
ポケットから取り出したのは、真新しいトランプの箱だった。
勉強で勝てないと悟ったのか、最近は戦場を「遊び」へとシフトさせている。
「ババ抜きで勝負よ! 心理戦なら、わたくしの右に出る者はいませんわ!」
自信満々に鼻を鳴らす西園寺さんの提案を受け、俺と西園寺さん、そして審判兼プレイヤーとして静を加えた三人でテーブルを囲んだ。
結果から言えば、俺の圧勝だった。
なぜなら――
「……っ!」
西園寺さんが俺の手札からジョーカーを引いた瞬間、目は見開かれ、頬がピクリと引きつり、額には玉のような汗が滲んだからだ。
つーか分かりやすい。あまりにも分かりやすすぎる。
お嬢様としてポーカーフェイスの訓練を受けているはずなのに、根が素直すぎるのか、感情が全て顔に出てしまっている。
「くっ……! な、何故ジョーカーだと分かったのですの!? わたくしの完璧な演技を見破るなんて……エスパーですの!?」
「いや、顔に書いてあるから」
「顔に文字なんて書いてませんわよ! バカになさって!?」
最後の札を俺に取られ、手元にジョーカーだけが残った西園寺さんは、悔しそうにテーブルを叩いた。
だが、決して「インチキだ」とか「運が悪かった」とは言わない。
そこが美点だ。
「負けましたわ……。ですが、明日はこうはいきませんことよ! 今日は湿度が低くてカードの滑りが悪かっただけですもの!」
捨て台詞は往生際が悪いが、その顔はどこか楽しそうだ。
またある日はリバーシ盤を持ってきた。
「盤上の戦争こそ、知性のぶつかり合いですわ!」
と、意気込んでいたが、これも俺の勝利に終わった。
定石通りに打ってくるのだが、俺が少し奇手を打つと途端にパニックになり、最後は四隅を全て取られて完敗した。
「ぐぬぬ……! わたくしの完璧な布陣が……! さてはあなた、軍師の生まれ変わりですのね!?」
「ただの小学生だよ」
「覚えてらっしゃい! 次は孫子の兵法を丸暗記してから挑みますわ!」
そして今日は、携帯ゲーム機での対戦だ。
どうやら最近の小学生女子の間で流行っているパズルゲームらしい。
「この日のために、家庭教師を雇って猛特訓しましたのよ。見てらっしゃい、わたくしの超絶連鎖を!」
西園寺さんは専用のシルクの手袋(!?)をはめてゲーム機を構えた。
画面の中でブロックが消え、派手なエフェクトが飛び交う。
確かに操作は正確で速い。相当練習したのだろう。
だが、元ゲーマーの俺からすれば、その動きはまだ甘い。
「そこだ、3連鎖!」
「きゃああっ!? お邪魔ブロックがこんなに!?」
俺がカウンターで大量のお邪魔ブロックを送り込むと、相手の画面はあっという間に埋め尽くされ、『GAME OVER』の文字が表示された。
「……うそ、でしょ……」
ガクリと項垂れる西園寺さん。
その肩が小刻みに震えている。
「あんなに練習したのに……指にマメができるまで頑張ったのに……」
「強かったよ、西園寺さん。最後、あそこで緑を消してたらボクが負けてたかも」
俺がフォローを入れると、バッと顔を上げた。
涙目で、でも強い眼差しで。
「慰めなんていりませんわ! 負けは負け! 実力不足ですもの!」
そういってゲーム機を丁寧にケースにしまうと、立ち上がって仁王立ちした。
「でも諦めませんわよ! いつか必ず、あなたをギャフンと言わせて、その涼しい顔を悔しさで歪ませて差し上げますから! それまで首を洗って待っていなさい!」
ビシッと俺を指差し、金髪の縦ロールを揺らして去っていく背中。
その潔さと何度負けても折れないメンタルの強さに、俺は自然と笑みをこぼしていた。
「……ふふ、れいかちゃん、おもしろいね」
隣で見ていた静も、クスクスと笑っている。
最初の頃は西園寺さんの剣幕に怯えていた静だが、最近ではこのやり取りを楽しんでいるようだ。
西園寺さんも、なんだかんだ静のことを気にかけていて、ゲームのコツを教えたり、お菓子を分けたりしてくれている。「東条さんのついでですわ!」と言いながら。
「ああ、面白いやつだよ。本当に」
俺は西園寺さんの去った方向を見ながら呟いた。
最初はただの高慢なお嬢様だと思っていた。「男」を敵視し、見下してくる嫌な奴だと。
だが、こうして正面からぶつかり合ってみれば、誰よりも真面目で、努力家で、そして裏表のない真っ直ぐな少女だった。
勝つために全力で準備し、負けたら言い訳せずに認め、そしてまた挑戦してくる。
その姿勢は見ていて気持ちがいいし、好感が持てる。
こんなライバルがいるなら、学校生活も退屈しそうにない。
「たつやくん、つぎはわたしと対戦して?」
「おっと、静ちゃんもやる気だな? 手加減しないよ」
「うん、負けないもん」
俺たちは再びゲーム画面に向き合う。
教室には笑い声が響き、窓の外からは春の暖かい日差しが差し込んでいる。
男尊女卑の歪な世界にも、こんな穏やかで対等な青春がある。
俺はゲーム機を握りながら、この日常が一日でも長く続くことを願わずにはいられなかった。
そして西園寺さんが、明日はどんな面白い「勝負」を持ってくるのか、密かに楽しみにしている自分がいた。




