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男女比1:100の世界で生き延びる  作者: 功刀


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17/35

原因

 翌朝の教室は、昨日よりもさらに冷え切っていた。

 俺が「おはよう」と言っても、返ってくるのは衣擦れの音と、気まずそうな沈黙だけ。

 静が心配そうに俺の袖を掴んでいるが、今日ばかりは俺も黙って引き下がるつもりはなかった。


「いい加減にしろよ……」


 俺の中の大人の部分が、堪忍袋の緒を切った音を立てた。

 理由も分からず無視され、犯罪者扱いされるのは御免だ。

 俺はランドセルを机に叩きつけるように置くと、教室の中央、一番目立つ席に座っている少女の元へ大股で歩み寄った。


「おはよう、西園寺さん」


 俺は机に両手をつき、覗き込むようにして声をかけた。

 西園寺麗華。

 金髪の縦ロール(地毛なのか染めているのかは不明だが)が特徴的な、クラスの女王様的存在だ。

 優雅に紅茶(教室に持ち込んでいるのが謎だが)を啜り、俺の存在などカケラも認識していないかのように、窓の外へ視線を向けた。


「……」


 無視。

 完全なる無視だ。

 その横顔には「汚らわしい」と書いてある。


「聞こえてるだろ? 西園寺麗華!」


 教室の空気がピリリと張り詰める。

 周囲の女子たちが息を呑む気配がした。

 ようやく、西園寺さんは億劫そうにこちらへ顔を向けた。

 その瞳には、かつてのような熱烈な好意はなく、氷のような冷徹さだけが宿っていた。


「……うるさいですわね。朝から大声を出さないでくださる? 耳が汚れますわ」


 そういってハンカチで耳を押さえる仕草をした。

 あまりにも芝居がかった、そして人を小馬鹿にした態度だ。


「なんで無視するんだよ。ボクが何をしたっていうんだ? 文句があるならハッキリ言ってみろよ!」


 俺は畳みかけた。

 子供の喧嘩かもしれない。でも、ここで引いたら俺の尊厳に関わる。

 すると、西園寺さんはカチャンと音を立ててティーカップをソーサーに戻した。

 そして、ゆっくりと立ち上がった。

 身長こそ俺と変わらないが、その纏っている覇気は小学生のそれとは思えないほど鋭かった。


「……よくそんなことが言えますわね」


 柳眉を逆立て、軽蔑の眼差しで俺を射抜いた。

 綺麗な顔が、怒りで歪んでいる。


「何をしたか、ですって? 何もしていないから、こうして呆れているのですわよ!」

「はあ? 何もしてない?」


 俺は呆気にとられた。

 何もしていないことが罪なのか?

 無遅刻無欠席、宿題も忘れずに提出しているし、授業態度だって真面目なはずだ。


「とぼけないでくださいまし! あなた、男の子でしょう?」

「そうだけど……それがどうしたんだよ」

「だーかーら! 男の子なら、わざわざ学校に来て、授業なんて受ける必要ないじゃない! 目障りなんですのよ!」

「……は?」


 授業を受ける必要がない?


 何を言っているんだ。義務教育だぞ。男だろうが女だろうが、学ぶ権利と義務があるはずだ。

 俺の困惑をよそに、西園寺さんの口撃は止まらない。

 堰を切ったように、溜め込んでいた不満が溢れ出してくる。


「どうせあなたなんて、勉強しなくたって将来は安泰でしょう? 国が勝手に守ってくれて、お金もくれて、何もしなくても偉そうにふんぞり返って生きていけるんですもの! そんな人が、なんでわたくしたちと同じ教室で、同じ空気を吸って勉強ごっこなんてしてるんですの!?」


 声が教室中に響き渡る。

 他の女子生徒たちも、西園寺さんの言葉に同調するように、静かに、しかし強く頷いているのが見えた。

 そうか。そういうことか。


「男でよかったわね、東条さん。わたくしたちはね、この学校に入るために死ぬほど勉強したのですわよ? 将来のために毎日毎日、塾に通って、ピアノも英会話も習って、遊ぶ時間なんてありませんの! なのにあなたは……男というだけで、特待生? 試験もなしに入学? ふざけないでくださる!?」


 西園寺さんはバンッと机を叩いた。

 その目には涙が浮かんでいるように見えた。

 それは悔し涙だ。

 不公平な社会構造に対する、子供なりの、しかし切実な怒りの露呈だった。


「男なら楽できるんだから、家でゴロゴロしてればいいじゃない! わざわざここに来て、わたくしたちの努力を嘲笑うような真似しないでちょうだい! 『男なのにすごいですねー』って褒めてほしいの? バカみたい! そんなの、ただの道楽でしょう!?」


 俺は言葉を失った。

 この子の言っていることは、この世界の歪みそのものだった。

 男性人口の激減により、男は「保護されるべき資源」となった。

 それは裏を返せば、「努力する必要のない存在」へと堕ちたことを意味する。


 社会の維持、労働、学問、政治。

 それら全ての重責は、圧倒的多数である女性たちの双肩にかかっているのだ。

 この子らは幼い頃から競争社会に放り込まれ、必死に努力して生き抜いている。

 そんな子達にとって、特権階級に胡坐をかきながら、のうのうと「お勉強」に来る俺の姿は、まさしく「道楽」にしか見えないのだ。


「……っ」


 俺は唇を噛んだ。

 今まで感じていた「モテ期」や「ハーレム」といった浮かれた状況の裏側に、こんな冷ややかな現実が横たわっていたとは。


 皆が俺を軽蔑していたのは、俺個人に対してではない。

「男」という、生まれながらにして勝ち組確定の、努力を放棄した(と見なされている)存在そのものに対してだったのだ。


 かつての西園寺さんが俺にアプローチしていたのも、純粋な好意などではなかったのだろう。

「男を手に入れれば勝ち組になれる」という、生存戦略の一環だったに過ぎない。

 だが、実際に同じ教室で学び、俺が普通に振る舞えば振る舞うほど、「不公平感」が刺激され、それが嫌悪へと変わっていったのだ。


「……もういいですわ。あなたと話しているとイライラしますの」


 言いたいことだけ言ってスッキリしたのか、西園寺さんはフンと鼻を鳴らし、ドカッと椅子に座り直した。

 再び、俺を存在しないものとして扱うモードに入ったのだ。


 俺は立ち尽くしていた。

 周囲の視線が、さっきよりも痛い。

 そこには「よくぞ言ってくれた」という共感の色が混じっている。

 俺は完全にアウェイだった。


 唯一の味方である静が、心配そうに俺の手を握ってくれるまで、俺はその場から一歩も動くことができなかった。

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