表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男女比1:100の世界で生き延びる  作者: 功刀


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/35

幼稚園の卒業

 桜の蕾が膨らみ始めた頃、俺は人生最大の危機に直面していた。

 幼稚園の卒業。それはいい。喜ばしい成長の節目だ。

 問題はその後だ。


「……たつやくんとは、別の小学校なんだね」


 お別れ会の日、静が悲しそうに眉を下げて言ったその一言が、俺の心臓を撃ち抜いた。

 俺が進学するのは『国立初等教育機関・本校』。

 最高レベルの教育と警備体制を誇る、選ばれし者(というか俺のような希少男児や超上級国民)のための学校だ。


 対して静が進むのは、地元の公立小学校。

 住む世界が違う、と言われればそれまでだが、俺にとってこの数年間、静のいない生活など考えられなくなっていた。


「イヤだ……」


 帰りの車中、俺はチャイルドシートに沈み込みながら呟いた。


「龍弥様? どうなさいました?」

「イヤだ! しずかちゃんがいない小学校なんて行きたくない!」


 俺は桜さんのエプロンを掴んで懇願した。

 子供のわがままだと分かっている。

 だが、これは俺の精神的支柱に関わる重大事だ。

 静と離れ離れになって、またあの飢えた女たちの群れの中に一人で放り込まれるなんて、想像しただけで地獄だ。


「お願いだよ、さくらおねえちゃん! ボク、しずかちゃんと一緒がいい! しずかちゃんがいないと、勉強も頑張れない! ご飯も喉を通らない! 不登校になる自信がある!」


 俺は必死だった。

 なりふり構わず、涙目で訴えかける。

 桜さんは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに冷静な表情に戻り、俺の手を優しく包み込んだ。


「……龍弥様のお気持ちは、痛いほど理解いたしました。静様は、龍弥様の精神安定において極めて重要な『アンカー』としての役割を果たしておられますからね」


 桜さんは懐から端末を取り出すと、素早い手つきで何かを入力し始めた。


「少々お待ちを。教育委員会および公安局と調整を行います」

「えっ、公安?」


 桜さんの指が残像が見えるほどの速度で動く。


「もしもし、こちら東条家付きメイドの桜です。コード・レッド。龍弥様の進路について緊急の変更要請です……ええ、予算は問いません……特例枠の発動を……」


 不穏な単語が飛び交う通話を、俺は固唾を呑んで見守ることしかできなかった。


 翌日。


 朝食の席で、桜さんが焼きたてのトーストと共に一枚の書類を差し出してきた。

 そこには『入学許可証』の文字と、静の名前があった。


「ご安心ください、龍弥様。常山静様の『国立初等教育機関・本校』への入学手続きが完了いたしました」


 さらっと言った。

 トーストにバターを塗るような気軽さで、国家レベルの特例措置をやってのけた。


「ほ、ほんとに!? でも、あそこは試験とか、学費とか……」

「学費に関しては全額免除の特待生扱いといたしました。試験に関しても、これまでの龍弥様との交友実績および知能検査の結果、十分な資質ありと判断されましたので、推薦入学という形で処理しております」


 桜さんは事も無げに言うと、コーヒーを注いでくれた。


「静様のご両親にも連絡済みです。お母様は受話器の向こうで泣いて崩れ落ちておられましたが、快諾いただきました」

「そ、そうなんだ……」


 響子さんが腰を抜かす姿が目に浮かぶようだ。

 地元の公立校から、いきなり超エリート校への特待生入学。

 まさにシンデレラストーリーだ。

 だが、俺にとってはもっと単純で、もっと大切なことだった。


「ありがとう、さくらおねえちゃん! 大好き!」


 俺は椅子から飛び降りて、桜さんに抱きついた。

 桜さんは一瞬ビクッと体を硬直させたが、すぐにおずおずと俺の背中に手を回し、優しく撫でてくれた。


「……もったいないお言葉です。龍弥様の笑顔が、私の何よりの報酬ですので」


 こうして、俺のわがまま(と国家権力の乱用)により、小学校でも静との日々が続くことになった。

 新しい制服、新しいランドセル。

 そして隣には、変わらず静がいる。

 それだけで、これからの六年間が輝いて見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ