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男女比1:100の世界で生き延びる  作者: 功刀


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12/12

2人の時間

 静との読書タイムは、俺たちの日常の一部として完全に定着していた。

 幼稚園にある絵本はあらかた読み尽くしてしまった頃、俺はある提案を思いついた。

 より深く、より広大な物語の世界へ彼女を連れ出したい。

 俺の前世の記憶にある、あの不朽の名作へ。


「ねえ、さくらおねえちゃん。タブレットつかっていい?」


 帰宅後、俺は桜さんに頼み込んだ。

 幼稚園への私物の持ち込みはあまりよくないが、そこはVIP権限という名の超法規的措置が発動する。


「龍弥様の情操教育に必要な教材であれば、問題ありません。どのようなコンテンツをご希望で?」

「えっとね、昔のまんが。『ドラ〇もん』っていうのが読みたいの」


 俺がタイトルを告げると、桜さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに端末を操作して検索をかけた。


「……検索ヒット。西暦二十世紀から二十一世紀にかけて日本で絶大な人気を誇った児童向けSF漫画ですね。現在は『古典文学アーカイブ』に分類されています」

「それ! それをしずかちゃんと一緒に読みたいんだ」


 桜さんは少し考えた後、「教育的価値ありと判断します」と頷いてくれた。


 翌日、俺の手には最新鋭の教育用タブレットが握られていた。


 幼稚園の自由時間。

 いつもの定位置である教室の隅に座ると、俺は勿体ぶってタブレットを取り出した。


「しずかちゃん、今日はすごいものを持ってきたよ」

「すごいもの……?」


 静が首を傾げる。

 俺は画面を点灯させ、ダウンロード済みの第一巻を表示した。

 机の引き出しから現れる、丸い頭の青いロボット。


「これ、なあに?」

「『ドラ〇もん』っていうんだ。百年くらい前の、すっごく面白いお話だよ」

「ひゃくねんまえ……」


 静は目を丸くして画面を覗き込む。

 俺たちは肩を寄せ合い、スワイプ操作でページをめくり始めた。


 最初は白黒の絵や、独特のコマ割りに戸惑っていた静だったが、すぐにその世界に引き込まれていった。

 何をやってもダメな少年と、未来から来たお世話ロボット。

 ポケットから飛び出す不思議な道具たち。

 それは、今の進んだ未来技術とは違う、夢と想像力に満ちた「未来」の姿だった。


「わあ……『タケコプター』。そらをとべるの?」

「そうだよ。頭につけるだけでどこへでも行けるんだ」

「すごい……わたしもとんでみたい」


 静の瞳がキラキラと輝いている。

 普段は大人しい彼女が、のび太の失敗に「ああっ」と声を上げたり、ジャイアンの理不尽さに眉をひそめたり、ページをめくるごとに表情をコロコロと変える。

 その横顔を見ているだけで、俺は満たされた気持ちになった。


「……たつやくん、これなんてよむの?」


 静が画面の一点を指差した。

 古い漫画なので、今の子供には馴染みのない漢字や言い回しが出てくることがある。


「これは『恐竜きょうりゅう』だね。大昔にいた、すごく大きな生き物だよ」

「きょうりゅう……」

「こっちは『空き地』。昔は子供たちが遊ぶ場所が街中にあったんだって」


 俺が教えるたびに、静は「ふうん」「そうなんだ」と小さく頷き、その知識をスポンジのように吸収していく。

 子供の知的好奇心は旺盛だ。

 俺の説明を聞く静の顔は真剣そのもので、そして俺が教え終わると、尊敬と信頼の混じったような、とろけるような笑顔を見せてくれる。


「たつやくんは、ものしりだね。なんでもしってる」

「えっへん、これくらい常識さ」


 中身はオッサンだからね。


 俺は少し得意げに胸を張る。

 二人の距離は、タブレット一台分よりもずっと近かった。

 互いの体温を感じながら、同じ画面を見て、同じ物語に心を躍らせる。

『どこでもドア』で世界中を旅するように、俺たちは教室の片隅から、時空を超えた冒険へと旅立っていた。


「つぎのページ、めくっていい?」

「うん、いいよ」


 静の小さな指が画面を滑る。

 その先には、まだ見ぬひみつ道具と、そして二人の楽しい時間が無限に広がっているようだった。

 俺はこの時、心から思っていた。

 この子と一緒に『ドラ〇もん』を読んでいる時間が、永遠に続けばいいのに、と。

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