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男女比1:100の世界で生き延びる  作者: 功刀


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1/10

転生先は異世界じゃなかった件

 暖かな闇から引きずり出された瞬間、世界は暴力的な光と騒音に満ちていた。


 肺に空気が流れ込む激痛に耐えかねて俺は叫ぶ。つもりだったが口から漏れたのは情けない産声だけだった。


 オギャア、オギャア。


 ……なんだこれは。俺は死んだんじゃなかったのか。

 霞む視界で必死に状況を確認しようとする。全身が重い。手足が思うように動かない。巨大な人影が俺を覗き込んでいる。


 なるほどな。流行りの転生ってやつか。

 前世の記憶を持ったまま赤ん坊からやり直し。よくある話だ。

 俺は内心でほくそ笑んだ。


 さあどんな世界だ。

 剣と魔法か? それともステータス画面が出るようなゲーム的な世界か?


「バイタル安定! 元気な子です!」


 ……は?


 聞こえてきたのは流暢な日本語だった。

 しかも電子音が鳴り響き、天井には無機質な蛍光灯が並んでいる。

 どこからどう見ても近代的な病院だ。少なくともドラゴンが空を飛んでいるようなファンタジー世界ではない。


 ……嘘だろ。まさかまた受験戦争や、就職活動のある現代日本に逆戻りなんて勘弁してくれよ。

 俺の期待は急速に萎んでいく。

 異世界チートライフの夢が潰え、俺はふてくされて泣くのをやめようとした。

 だがその時だった。


「……確認しました! 間違いありません!」


 取り上げた医者らしき女の声が裏返っている。

 まるで幻の宝石でも見つけたかのような、切迫した響き。


「ついています! この子には、ついているわ!」

「嘘……本当に? 本当に男の子なの!?」

「ええ、ええ! 正真正銘の男児です!」


 おいおい何だってんだ。

 男が生まれたくらいで大騒ぎしすぎだろ。田舎の跡取り息子じゃあるまいし。

 俺は心底呆れながら、抱き上げられる感覚に身を任せた。

 そこで初めて、俺は「母親」の顔を見る。

 汗に濡れた髪が頬に張り付き、疲れ切っているはずなのに、その瞳は異様なほどの輝きを放っていた。


「あぁ……あぁ、嘘みたい……」


 彼女は震える手で俺を受け取ると、壊れ物を扱うように胸に抱き寄せた。

 温かい。

 そして、雫が落ちてくる。

 ひとつ、ふたつではない。大粒の涙が滝のように溢れ出し、俺の頬を濡らしていく。


「夢じゃないのね……私の、私の赤ちゃん……」


 母親の顔が近づく。整った顔立ちの美女だ。だがその表情は単なる喜びを超えていた。

 狂信的とさえ言えるほどの、信仰に近い愛おしさ。


「よく生まれてきてくれたわ……ありがとう、ありがとう……」

「おめでとうございます! 奥様、これは国家的な慶事ですよ!」

「すぐに院長へ連絡を! 警備の増員も要請して!」

「マスコミはどうしますか!? 隠し通せるわけがありません!」


 周囲の看護師たちも興奮状態で走り回っている。

 全員、女だ。医者も、看護師も。

 俺の小さな脳みそは混乱の極みにあった。

 ただ男に生まれただけで、国家的な慶事?

 警備の増員?


 俺はただの赤ん坊だぞ。勇者でも魔王でもない。

 状況を整理したくても、口からは「あうー」という間の抜けた音しか出ない。


「見て、この可愛いお目々……この小さな手……」


 母親が俺の頬に頬ずりをする。その肌の熱さが、彼女の興奮を直接伝えてきた。


「絶対に守ってあげるからね。あなたは、この世界で一番大切な宝物なんだから」


 その「宝物」という響きが、比喩表現には聞こえなかった。

 彼女の瞳の奥にある、飢えた肉食獣のような、あるいは崇拝対象を見る信徒のような熱量。


 俺はようやく気づき始めていた。

 ここは現代日本に見えるが、俺の知っている日本ではない。

 何かが決定的に違う。


「……可愛い、私の坊や。誰にも渡さないわ」


 母さんの瞳孔が、少し開いている気がして。

 俺は本能的な恐怖と、それ以上の居心地の悪さを感じながら、再び大きな声で泣き出した。


 オギャア、オギャア!

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