*恋心*
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一方その頃、洋館を出て森の道を早足で進んでいたダニエルは、大きく息を吐き出した。
(はぁぁぁぁぁ……僕の馬鹿。さっきの言葉、完全に勘違いするところだった…)
額を押さえながら、これまで耳にタコができるほど聞かされてきた父の忠告が、脳裏によみがえる。
『ヴィクトリア様には惚れてはいけない。彼女はハイム男爵家が代々守るべきお方なんだからな』
言われなくても分かっている。
何度も、何度も、心の中で同じ戒めを繰り返してきた。それでも、どうしても抑えられない。叶わない恋だと分かっていても。
(ヴィクトリアの心の中にいるのは…いつだって昔の恋人、アーデルハルト殿下なんだ)
父も若い頃、ヴィクトリアに恋をしていたらしい。
そしてその想いに区切りをつけるまで、何年もかかったと聞く。祖父もまた同じように、ヴィクトリアへ密かに想いを寄せていたという。
結果、ハイム男爵家の男たちは代々そろって晩婚だ。
(…まったく、惚れるななんて言っておきながら、自分たちだって思いきり同じ過ちを犯しているじゃないか)
思わず苦笑がこぼれる。
(もしかしてハイム男爵家の血筋って、ヴィクトリアに惚れるようにできているのか……?)
あまりにも馬鹿げた結論に至り、ダニエルは肩を落として小さく笑った。
だが次の瞬間、表情がきゅっと引き締まった。
胸の奥に、小さくとも確かな決意の灯りが戻る。
(……よし。落ち込んでいても始まらないし、僕にできることをしよう。まずは、ヴィクトリアに新しいドレスを贈ってあげよう)
頬を軽く、パンッと叩いて気合を入れ直す。
森を抜け、待たせていた馬車に乗り込むと、御者は勢いよく手綱を握った。
馬車はすぐさま走り出し、冷たい夜風が車体の隙間から入り込んでくる。
その風が、胸の奥に渦巻く熱をどこかへ散らしてくれたらいいのに。
そんな淡い願いを胸に抱えながら、ダニエルは家路へと急いだ。
叶わぬ想いを押し隠しながら。
それでもなお、ヴィクトリアのためにできる最善を尽くすために。
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