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屋烏の愛  作者: 又一
14/16

レオンハルトとクラウス

「どうしたの?こんなところで立ち止まって」


背後から、どこかのんびりした声が聞こえた。

その一言に、衛兵の様子が変わる。

背筋を伸ばし、慌てて敬礼の姿勢をとる。


「…クラウス様っ…!それに殿下まで…っ!!」


その反応に、ヴィクトリアは思わず振り返った。そこに立っていたのは、二人の青年。

王城の明かりに照らされ、その姿がゆっくりと浮かび上がる。


一人は、まるで月光から切り取られたかのような青年だった。艶のある銀色の髪は、整えられていながらもどこか自然に流れ、光を受けるたび淡く輝く。その色は白にも近く、だが決して冷たい印象ではなく、静かなぬくもりを含んでいた。長い睫毛に縁取られた瞳は、薄く紫がかったアメジストを思わせる色。森の奥深くに湛えられた湖のように静かで、覗き込めばそのまま沈み込んでしまいそうな深みを湛えていた。感情を大きく表に出すことはないが、その瞳には確かな意志と優しさが宿っていた。整った顔立ちは中性的な美しさを帯びており、彫刻のように無駄がない。だがその均整の取れた姿に反して、ふとした瞬間に見せる表情は年相応にあどけなが残っている。すらりとした体躯は無駄な力みがなく、立っているだけで凛とした気配を纏う。騎士のように背筋を伸ばしたその姿は、自然と人を従わせるような気品があった。


そしてもう一人は、対照的に、春風のような柔らかな雰囲気を纏った青年だった。光を受けて淡く輝くブラウンの髪は、無造作でありながらどこか計算されたように整っており、前髪の隙間から覗く瞳は、鮮やかなエメラルドの色を宿している。穏やかに細められたその視線は、誰に向けられても優しさを帯びている。端正な顔立ちはどこか甘さを含み、整っているのに冷たさはない。むしろ、人懐こさすら感じさせる不思議な魅力があった。すらりとした体躯は、仕立ての良い衣装によく馴染み、余計な力みのない立ち姿が、その洗練された空気を際立たせている。指先の動きひとつ取っても無駄がなく、自然体でありながら、どこか育ちの良さを感じさせた。そして何より印象的なのは、その笑みだ。ふっと浮かべられる微笑は、春風のようにやわらかく、相手の警戒心をするりと解いてしまう。だがその奥に、ほんのわずか、底の見えない影が揺れた気がした。


「何かあったの?」


再び、ブラウンの髪の青年ークラウスが、気軽な調子で問いかける。その声音は驚くほどやわらかかった。低すぎず、高すぎず、耳に心地よく馴染む声だった。まるで相手を安心させるために紡がれたかのように、自然と胸へ落ちてくる。


衛兵は緊張した面持ちのまま、簡潔に事情を説明する。


「はっ。この者が開場時間を過ぎてから到着したため、規則に則り入場をお断りしているところであります」


その言葉に、クラウスは「へぇ」と小さく相槌を打ち、ちらりとヴィクトリアへ視線を向けた。


そして、少しだけ首を傾げる。


「そっかぁ…じゃあさ」


ゆるく笑みを浮かべたまま、衛兵へと視線を戻す。


「遅れてきた僕たちも入れないってこと?」


あくまで穏やかな口調を崩さず、衛兵へと詰め寄るクラウス。その横で、これまで沈黙していた銀髪の青年ーレオンハルトが、静かに口を開く。


「…遅れてしまいすまない」


低く、落ち着いた声だった。

短く発せられた言葉は、余計な装飾を一切持たない。それでも、不思議と冷たさはなく、どこか柔らかな温度を帯びていた。夜の森に流れる風のように静かで、決して威圧的ではない。


「だが…」


わずかに間を置き、真っ直ぐに衛兵を見据える。


「このままでは、舞踏会が始められなくなってしまうな」


その言葉は静かでありながら、確かな重みを帯びていた。レオンハルトの言葉に、衛兵は一瞬言葉を失った。


「…っ、い、いえ!殿下とクラウス様はどうぞお入りください!」


慌てた様子で、道を開ける。

先ほどまでの頑なな態度はどこへやら、今はただ二人を中へ通そうとすることしか頭にないようだ。


だがー


「…待ってくれ」


レオンハルトのはっきりとした声が、その流れを止める。


「同じように遅れてきたのに、僕たちだけが入れるのは不平等ではないか?」


ゆっくりと、レオンハルトの視線がヴィクトリアへと向けられる。


「し、しかし…規則が……」


衛兵の額に、うっすらと汗が滲む。

規則か、王族か。究極の二択を迫られているかのようだった。


レオンハルトは一歩、衛兵へと近づいた。

決して威圧するような動きではなかったが、それでも、その距離の詰め方ひとつで、逃げ場を失わせるような圧があった。


「規則は理解している。だが、それに則るのであれば、全員に等しくだろう?」


「……っ」


衛兵は言葉を詰まらせる。

規則に則るのであれば、レオンハルトたちも入場できない。しかし入場させなければ舞踏会が始まらない。王太子自らが平等にと認めた以上、それを覆すことはできないのだ。


数秒の沈黙の後ー


「…わかりました」


絞り出すように、衛兵は言った。


「その者の入場も許可いたします」


その言葉と同時に、重々しい音を立てて、閉ざされていた扉がゆっくりと開かれた。

そして、扉の内側で控えていた侍従が銀の盆を差し出してくる。


仮面を受け取ったヴィクトリアは、振り返った。その拍子に、会場から溢れる光がヴィクトリアの顔を照らし出した。琥珀色の瞳が、柔らかく揺れた。黄金にも、蜜にも似た深い輝きを纏い、助けてくれた二人をまっすぐに見つめた。


「ありがとうございました」


深く頭を下げるその仕草はどこか気品を感じさた。


「……っ」


レオンハルトの表情が、わずかに変わった。

ほんの一瞬だけ、目を見開く。

驚きにも似た感情が、その瞳をかすめた。

何かを言いかけたが、しかし言葉にならない。


その様子を隣で見ていたクラウスが見逃すはずもなかった。小さく意味深に笑い、興味深そうにヴィクトリアの背中を見つめた。


だが当のヴィクトリアは、その視線に気づくこともなく、仮面を顔へと当てる。

素顔を隠し、煌びやかな光に満ちた会場へと一歩を踏み出す。


(…ダニエルを探さないと)


ただそれだけを胸に、ヴィクトリアは人の波の中へと消えていった。

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